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「子どもを空腹にさせない」 “悪魔のような国”ベネズエラから亡命した父、危険な国境を越え再会した家族

Anais Michel

ドキュメンタリー監督/エディター

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「私たちがコロンビアへ来たのは、もはや食べ物も薬も高すぎて買えなくなったからです」
ベネズエラから亡命してきたディオメ・ロペス(30)は、母国の惨状をそう語る。ベネズエラでは2013年のマドゥーロ政権の発足から政治的な混乱や経済破綻が続き、食糧や医薬品も不足する人道危機に陥った。国連の推定では約2800万の人口のうち700万人もの人々へ緊急支援が必要とされ、内戦が続くシリア難民の半数にも及ぶ難民が生まれていると言われている。ディオメは、2人の子どもが生まれて間もなく、家族にとってよりよい未来のためにコロンビアへ単身移住するという苦渋の決断をした。ところが新型コロナウイルスのパンデミックに襲われ、ただでさえ綱渡りだった生活がさらに困難を極めることになる。「家族を呼び寄せたい」。その一心で奮闘するディオメと彼の家族に密着した。

ベネズエラの国内情勢は悪化の道をたどる一方だ。国の経済は2ケタのマイナス成長の年が続く。経済破綻の要因は、主に3つある。国の主な収入源だった石油会社PDVSAを含む何百もの企業や事業が収用され、破綻にいたるまで搾取されていったこと、政府による数千億ドル規模の汚職、そして与党候補の選挙資金にするための過剰な紙幣発行と浪費である。これらがみなベネズエラの大きな人道的危機につながっている。反対派を投獄し、抗議する者を殺害する権威主義的な政府。送電網が崩壊寸前のため日常的に停電が起き、食糧は不足し、薬や医療物資は市中からほとんど消えた。犯罪がはびこり、インフレは留まるところを知らず、ガソリンは足りず、仕事も就業機会も不足。そこで暮らすことがまさに悪夢のような国となっている。

このため、国外へ脱出する人たちが後を絶たない。新型コロナウイルスの流行前は、1日に5,000人のベネズエラ人が出国していた。パンデミック以降、コロンビアとの国境は閉鎖されたが、人々はコロンビアへ秘かに入国する方法を探り、400から500人のベネズエラ人が国境を毎日越えている。いまでは180万のベネズエラ人がコロンビア国内で暮らしていると見られる。国連機関によれば、そのほかペルーには100万超、エクアドルに48万、チリに44万、ブラジルに20万、そして米国には30万のベネズエラ人がいて、メキシコとの国境経由でさらに増え続けているという。

第2子を授かったディオメは、生活に行き詰まっていた。ベネズエラでは家族のために食べ物や薬を見つけることも、買うこともできない状態で、食事は1日1回、炭水化物のみの日々が続いた。2017年、働き口とチャンスを求めて単身ベネズエラを出た。

ディメオは国境近くの都市ククタで暮らし始めたが、コロンビアで合法的に就業するために必要な書類を得られておらず、働き口を見つけることができなかった。ひとまず行き着いたのは、炊き出し所でのボランティアだった。ククタの教区が運営するこの炊き出し所では、残った食材を持ち帰ることが許されている。そこで彼はその食材を自宅で調理して、ラ・パラダの市場地区で販売している。

「私たちは自宅でアレパ(パンの一種)を作り、午後から夜にかけて売ります。家に帰るのは毎日夜の12時頃です」

この炊き出し所は当初、1日数十人程度に食事を提供するというささやかなアイデアから始まったが、規模はどんどん大きくなり、2019年には1日5,000食を提供するまでになっていた。ここにはベネズエラからの移民だけでなく、ベネズエラに住みながらも、ひと皿の温かい食べ物を求めて国境を毎日越えてくる貧しい家族も姿を見せた。ここで2年働いて、ディオメもベネズエラの家族をコロンビアに呼び寄せられるだけのお金がようやくできた。

新型コロナウイルスの流行で、ベネズエラの状況は悲惨さを増している。政府はこれを口実に国民への統制をさらに強め、すでに機能不全に陥っていた医療制度は大打撃を受けている。情報の透明性に欠けるため、実際にどの程度のダメージを受けているかはわからないままだ。

コロンビアのロックダウンは世界で最も長いと言えるほどの期間続き、炊き出し所は感染蔓延の恐れから閉鎖を余儀なくされた。「とても悲しい。もう仕事ができなくなったからです。困っている人たちを助ける仕事が」とディオメは言う。パンデミックは、多くのベネズエラ人から唯一の生計の手段を奪った。

「もともとひどい状況だったところに、新型コロナが襲ったのです。私たちは何日も、何週間も、何か月も、家の中に閉じ込められました。」

職を失い、家賃を払えなくなった彼と家族は、より小さな住まいへ移らなければならなくなった。

長男のセバスティアンにとって、コロナ禍の新たな現実に適応するのは難しかった。彼はほとんど外出せず、勉強も自宅でする。夫が先にコロンビアに渡って不在の間、妻のアナはセバスチャンの祖父母である自分の両親に子育てのかなりの部分を頼っていた。セバスチャンはせめて祖父母に会いたいと願うが、ただでさえカネがかかるのにパンデミックのため交通手段がなく、国境が閉鎖されてさらに困難になってしまった。

「祖父母は何とか生活しているけど、ベネズエラではいろんなことが厳しくなっている。2人もここで僕らと一緒に暮らせたらいいのに」

数か月後、ようやく外出できるようになったディオメは、とにかく職を探した。調理人として数日間の働き口を見つけ、その後ようやく地元のレストランでいまの仕事に落ち着いた。

「この仕事が見つかって、私はとても幸運です。店では肉を焼く担当をしています」

安定した給料をもらえる仕事を見つけ、いまのところディオメは家族と問題なく暮らしている。家賃を払える家に住み、セバスティアンは再び学校へ通えるようになった。末娘のサマンサも入学を心待ちにしている。そして何より、子どもたちの祖父母はいま、コロンビアで一緒に暮らしている。

祖父母は苦しい決断の末、ベネズエラから徒歩とヒッチハイクでコロンビアに向かった。年老いた身にはことさら厳しい旅である。道中はさまざまな障害と危険に満ちている。警察を装う者から身に付けている物を盗まれることもある。突き刺すような太陽に疲れはたまり、熱中症の危険は増す。国境に到着すると、コロンビアに渡るための架空の「料金」を請求する武装集団に出くわすこともある。残念ながら多くの人にとって、これがベネズエラから脱出する唯一の手段なのだ。祖父母にとって幸運なことに、彼らには少なくとも到着する場所があり、家族が再び一緒になれたことに喜び、感謝している。

ディオメは、自身と家族がコロンビアで合法的に暮らし、働いていくための書類がもうすぐ手に入ることを大いに期待している。一家は、コロンビアでの未来に希望を持っている。

「これだけの犠牲を払ってきたのだから、子どもたちにできる限り高い教育を受けさせ、家族が前に進んでいけると信じています、私たちの新しい故郷、コロンビアで」

クレジット

共同ディレクター・プロデューサー
 Braulio Jatar
 Anais Michel

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