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【武蔵小杉】丸子橋に祈る夏の終わり 失われゆくスピードウェイの観覧席で束の間の夢花火

Ash

俳優・吟遊詩人(川崎市)

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丸子橋近くの河川敷の上に上がった花火を、みなさまご覧になりましたか?

19時すぎ、フロンターレの試合の終了に合わせてほんの10分間の、夜空の饗宴。

コロナ禍のなかで、密を避けるために、まったく告知もされませんでしたが、人間にとって、同じ夜空を見上げることが、どれだけ心を温めることなのか、改めて感じるきっかけとなりましたので、記録として残すためにも、記事化しておこうと思いました。

花火は静かに、されど強い思いで遂行された

私のスケジュール帳には、数ヶ月も前からこの日、10月24日の欄に「丸子橋花火」と書いてありました。川崎経済新聞の取材の中で、その情報を得ることができたのは間違い無いのですが、どこからその情報を教えていただいたのかは、正直なところ思い出せないのです。

私は本業は芸能活動をしているので、本番が入ってしまったりしたら、取材はもとより観ることすらできません。時間もよくわからないまま、10月24日の花火は本当に上がるのか?と自問自答する日々でした。

ですが、現場からの呼び出しもなく、この日の夕方〜夜が自由になりそうだと思った時、新丸子に住んでいる友人に連絡を入れてみました。

「ねえ、24日に花火があがるって話があるけど、なんか知ってる?」

そうしたら、友人は即こちらの画像を送ってくれました。

ああ、そうか。

コロナ禍で失われたものも多かったけれど、コロナ禍だからこそわたしたちが得られるものももここにあったのだ、とここに書かれている文章を読んで思いました。

また別の友人が、タイムリーにもこちらの記事をシェアしてくれました。

メディアの端っこに関わる人間としては、この花火のことは記事として残しておかなければいけない、と直感的に思いました。コロナ禍でなければ、おそらくもっと多くの方が情報に接することができて、直接花火を観ることができたのでしょう。

花火を見ることができなかった方も、もしもこの記事を読んで、自分の住む地域にこれだけ素敵な試みが行われていることを知れば、地域に対する誇りを持つことができるのではないかと私は思います。

祭りは、古くはまつりごとでした。

つまり、政治(地域の人々が繋がり、共同体として自分たちの生活を保持するために協力し合うこと)につながってくるものだということを、私は信じています。

多摩川スピードウェイ観覧席の最後の活躍

そして、もうひとつ大切なこととして、私は多摩川スピードウェイの観覧席遺構のことを考えていました。

多摩川の治水のために、スピードウェイの観覧席がなくなってしまうことに関しては、この春くらいから話が急に持ち上がり、(私も、いままで便利に使っていたこの段々状のベンチのような場所が、そんな歴史がある場所だと知って驚いたのでした)ニュースにもなっていたので、ご存知の方も多いと思います。

詳しくは、多摩川スピードウェイの会のフェイスブックページ(https://www.facebook.com/TamagawaSpeedwaySociety)などでぜひチェックしてください。

ほんのわずかな間、その遺構に腰をかけて、かつてレーシングカーの爆音に心を躍らせたように、腹の底に響く花火の弾ける音に身を任せた十数分。

たまたま打ち上げを知った人々はまばらに、スピードウェイの遺構に腰をかけて、夜空を見守った
たまたま打ち上げを知った人々はまばらに、スピードウェイの遺構に腰をかけて、夜空を見守った

それぞれの人が見上げる瞳に映る、鮮やかな煌めきは、同じ地域で生きる人たちへのエールを、自分自身が美しいと思うもので送るのだという信念を、今日この日、花火をあげることをで示した人たちの心意気に、心からの謝意を宿して照らし返すようでありました。

それには、私自身も大きな勇気をもらうことになりました。

花火は、誰の心にも平等に、安寧を願う気持ちをもたらします。

それは、演劇でできることに比べたら100倍、いや、1000倍の威力を持っていて、私は高校時代にはいつも、身の程知らずにも花火に嫉妬していました。

大人になってからは、花火のワクワク感をどうやったら芝居に取り入れられるだろうと考えていました。

そこにまだ答えは出ていませんが、50年以上途絶えていた花火を、この時期だからこそ復活させようと発起するひとがいて、それを支えようと立ち上がる地元のボランティアがいて、そうして、密をさけながらも、その心意気を称えようとかつての多摩川スピードウェイ周辺を「散歩」する人々がいる。

私は、そんな地域に住めたことを誇りに思い、そしてそのエッセンスをこそ、次の芝居づくりに生かしていきたい、と考えるのです。

(花火のあいだ、丸子橋の横を通っていく東急線がお客さんに花火を楽しんでもらえるように、みたことがないほど減速していくその姿に、わたしなぜだかすこし涙ぐんでいました)

小規模かつローカルに、そして、その美しさはいつだって世界共通のものになるように。

(あっという間の10分ちょっと、明日になったら「あれはひょっとしたら夢だったのかな」と思ってしまいそうなので、なんとか今夜中にこれを書いてから、布団に潜るのです…)

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