Yahoo!ニュース

【宝塚市】これ、なにで出来ている? さわって楽しむ展覧会―建築家・宮本佳明展

ぶらっと地域情報発信ライター(宝塚市)

地上に鉄の船をつくり、地面に穴を掘る。人や環境と対話しながら、自由で温かい居場所をつくり続ける建築家・宮本佳明(みやもとかつひろ)さん。その代表作を集めた貴重な展覧会が終了間近です。原寸大から掌サイズまで様々な模型に触れ、そのあいだを自在に行き来すれば、見えてくるのは新しい世界。イマジネーション溢れるダイナミックな空間で、あなたも遊んでみませんか。

左からSacrificatio、SHIP、ゼンカイハウス
左からSacrificatio、SHIP、ゼンカイハウス

先日ご紹介した入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」展(宝塚市立文化芸術センターで開催中。2023年10月22日まで)ですが、後日、展示模型はすべて触っていいことを知りました。
むしろ「素材はなんだろう?って想像しながら触ってほしい」とのこと。実は触りたくてたまらなかった筆者、さっそく再訪しました。というわけで、あらためて見どころをご紹介です。

可愛すぎる答え

会場に入るとまず目に飛び込んでくるSacrificatio。震災後に建設された被災者向け団地内にある、防潮堤を模したアートです。

かつて、向こう側は海でした
かつて、向こう側は海でした

「どんな素材か」を考えながら、そっと触ってみました。ひやりとした感触にとてつもない重量感は、コンクリートで作られていると言われれば信じてしまうほど。断ち割られた断面の粒つぶは、発泡スチロールを連想させます。ちなみに宮本氏絶賛のユニークな答えは5歳の男の子による、全体が「消しゴム」、粒つぶが「ごはん」。子どもの発想は自由で豊かですね。言われてみればたしかに美味しそうです。

超絶技巧過ぎて誰にも修復できない模型

続いてはSHIPです。鉄片(正確には12mm厚のコールテン鋼)をはじめて使った住宅建築で、鉄筋コンクリートを使うと地面が耐えられないという事情から採用されたそう。平面図だけでは力の加減がわからないからと、鉄を使った模型がつくられたのだとか。台座は木でしょうか。まさに船を思わせるざらりとした質感と曲線の美しさに惚れ惚れで、今回のいち押し模型のひとつです。

実はこの模型、壊れているのです。製作された方がすでに退所され、超絶技巧すぎるがゆえに誰も修復できないまま保存されているのだそう。完全な形は、同時展示の写真で見ることができます。見事な造形に感嘆し、振り返ればSHIPの原寸大が。本物はこれが鉄でできているのか、と口を開けて眺めるしかありません。軽く叩いたときの感触から、模型の中は空洞でしょうか。それもまた船っぽいです。

右側。大きく張り出したSHIP原寸模型
右側。大きく張り出したSHIP原寸模型

地球にすっぽりと包まれるクローバーハウス

展覧会では、壁から浮き出したレリーフ模型だけでなく、地面に「仕切り」の形を再現した枠を置いた展示もあります。イタリア語で「弾力」を意味するelasticoは、美容室の間仕切りを再現したもの。枠は鉄っぽいですが柔らかく、こんなに自由に曲がるんですね。くねくねとしたラインで区切られたスペースが居心地よく、大胆に枠を飛び越えれば、未踏の地に足を踏みいれた探検家の気分。

美容室全体の模型。この仕切りは紙が使われている?
美容室全体の模型。この仕切りは紙が使われている?

クローバーハウスは、3人家族の個々のスペースを確保するためにつくられた間仕切りを、やはり同じように鉄枠で再現。実際の建物は、専門用語を大胆に翻訳すれば、地面を縦に掘って居住空間をつくりだしたもの。地球にすっぽりと包み込まれるような穴ぐら感があり、天井の設置前にハウス内から見上げたら、木々と空が見えて「屋根がなくてもいいくらい」ナイスな景色だったとか。

手前の白い枠線がクローバーハウス
手前の白い枠線がクローバーハウス

掘削の過程がみえる模型
掘削の過程がみえる模型

ご近所で「もうじき動物園ができるらしい」と噂になったユニークな形状は、会場に設置された掘削模型で立体的に確認できます。この素材は美術の授業で使う、石膏でしょうか。がりがりと削られた跡は小動物のいたずらみたいで面白かったです。

屋根の寸法が入った

壁一面に美しいカーブを描く澄心寺庫裏(くり)の「屋根」。今回いちばんのスケールを感じさせる展示です。かしこまって陳列された展示物をのぞきみるのではなく、何か新しい展示ができないか模索したという宮本氏。はじめに、日本各地からそれぞれの建築物が飛んできて一つの部屋に到着するというイメージが湧き、澄心寺庫裏の屋根の寸法を確認したところ、会場に「入る」ことがわかって今回の展示を決めたのだとか。ひとりの建築家の頭の中で生まれ、日本各地に根付いた建物たちが、長い時を経て一堂に会する。そう考えると、出雲に年に一度集う八百万(やおよろず)の神々のようにも見えてきます。

ダイナミックな曲線
ダイナミックな曲線

できることなら、この屋根に座ってほしかったのだそう。触ってわかる滑らかな表面と曲線は、なるほど座ってみたくなる心地よさ。目線が上がるのもいいですね。建物と戯れる。そんなわくわくするような展示を、いつか実現してほしいです。

線上を走る誘惑にかられます
線上を走る誘惑にかられます

そのほかにも、たくさんの斜めのラインで区切られたスペースが秘密基地みたいなこまめ塾や、おはじきみたいな形がついついさわりたくなる香林寺のパンチング見本など、楽しい展示がたくさん。世の中にはたくさんの素材があり、用途に合わせて様々に利用されていることを実感です。同時に、目的にあわせて建築家が知恵を絞り、たくさんのスタッフの手によってつくりだされた建築たちが、実際にどのような形をしているのか、見てみたくなりました。

重層的な記憶

今回の10作品のなかで、最初に展示されているSacrificatioだけは他の展示と異なり、人が暮らす建築物ではありません。震災を経た埋立地に設置されている、元の海岸線を模した、いわばアートです。タルコフスキーの映画「サクリファイス(原題:Offret / Sacrificatio)」を連想させるタイトルで、震災の犠牲という負の記憶を、その地に楔のように打ち込んだモニュメント。原寸模型の横には現在の写真も展示されていて、そこでは震災の記憶を持たない子どもの日常に、モニュメントが無言で寄り添っています。
この海岸線は、村上春樹の小説の重要なシーンに登場し、宮本氏自身が学生時代によく通った場所でもあるそう。喪失の記憶は、それぞれの胸にいまでも刻み込まれています。
ひとつの風景に様々な人々の記憶が重層的に重なり合う。失ったものは永遠に戻ってこないけれど、新しい記憶が積み重なることで、癒しが生まれるのかもしれません。
もしこの地を訪れることがあれば、辛い記憶に胸が詰まると同時に、「消しゴムとごはん」と答えた男の子をきっと思い出します。そして、その無邪気さに救われる気がします。

さて、駆け足でご紹介してきましたが、いかがでしたか。建築家の頭の中を覗けるユニークな展覧会。会期は残りわずかです。このチャンスをお見逃しなく!

展覧会情報

「入るかな? はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」
(Full Size is oversized: KATSUHIRO MIYAMOTO Architecture Park)
■ 会期:2023年9月16日(土)~10月22日(日)
■ 会場:宝塚市立文化芸術センター2階メインギャラリー
 (〒665-0844 兵庫県宝塚市武庫川町7-64)
■ 開館時間:10時~18時(入場は17時30分まで)
■ 休館日:毎週水曜日
■ Tel:0797-62-6800
公式ホームページ

地域情報発信ライター(宝塚市)

カフェ、庭園、美術館、ときどき神社。新しい出会いを求めて、カメラ片手に足の向くまま、気の向くまま。歴史のあるまち、宝塚の「いま」をお届けします。

ぶらっとの最近の記事