【目黒区】「支那そば 勝丸 目黒本店」が6月30日(金)で閉店、最後に思い出の一杯を
目黒通り沿いにある煮干しラーメンの老舗「支那そば 勝丸 目黒本店」が、店舗の老朽化もあり2023年6月30日(金)で閉店することになりました。
目黒での営業は38年間続いたそうです。閉店のお知らせには、今後お弟子さんの育成に当たりながら、地元横浜に新たな店舗オープンを計画中とのメッセージが書かれていました。
ラーメンのテーマパーク「新横浜ラーメン博物館」、オープン当時を支えた銘店のひとつ
「支那そば 勝丸」といえば思い出すのが、1994年3月にオープンした「新横浜ラーメン博物館」。その開業時に出店したお店が、札幌「すみれ」、喜多方「大安食堂」、阿佐ヶ谷「げんこつ屋」、環七「野方ホープ」、目黒「支那そば 勝丸」、横浜「六角家」、博多「一風堂」、熊本「こむらさき(現在も出店中)」の8店舗でした。
当時横浜に住んでいた私もオープンしたての頃行列に並び、ラーメンを食べに行った客の1人。大行列に並び、食べたのがなんと「支那そば 勝丸」でした。
2024年で30周年を迎える「新横浜ラーメン博物館」では、過去に出店した約40店舗の銘店を2年かけて3週間のリレー形式で出店するプロジェクト「あの銘店をもう一度」をスタート。
「あの銘店をもう一度 94年組」としてトップバッターを飾ったのが「支那そば 勝丸」です。
店主である後藤さんは1942年(昭和17年)生まれ。80歳を迎え、引退に向けた最後の舞台として約20年ぶりに「新横浜ラーメン博物館」に復活し、大きな話題を呼びました。
「新横浜ラーメン博物館」に出店中は、「支那そば 勝丸 目黒本店」をお休みして全力投球していたのを覚えています。
1994年当時の味を再現する「マイワシ」をふんだんに使った「極上煮干しラーメン」を提供(現在はカタクチイワシでだしをとっているそうです)。懐かしさに胸をアツくしたファンも多かったのではないでしょうか。
青森県北津軽出身、ラーメン職人歴50年を迎える後藤勝彦さん
屋台時代を含めるとラーメン職人歴50年を迎えるという「支那そば 勝丸」の店主・後藤勝彦さん。
たっぷりと煮干しを使った濃厚だしと豚骨・鶏ガラ・野菜などを使ってとったスープ、特製醤油、独特のちぢれ麺、たっぷりのネギが特徴の「昔ながらのしょうゆラーメン」は、私を含め多くのファンを魅了してきました。
後藤さんが作るラーメンの原点は青森県にあった「秋常食堂(現在は閉店)」の煮干しだしラーメンなのだそう。ここで半年アルバイトをしたときに食べた味が心に残り、いつか自分で煮干しだしのラーメンを出すお店をやりたいと思ったそうです。
1972年(昭和47年)に軽トラックを改造した移動式屋台で、初めてのラーメン店を東京で開業。その味が評判を呼び大繁盛店となります。
その後1984年(昭和59年)、港区白金に念願の店舗をオープン。現在の場所(目黒)に移転したのは1992年(平成4年)頃だそうです。
「支那そば 勝丸 目黒本店」閉店まで残りあとわずか。ぜひ、思い出の1杯を味わいに訪れてみてはいかがでしょうか。
【店舗概要】
支那そば 勝丸 目黒本店
営業時間:11時~15時、日曜休み
住所:東京都目黒区目黒2-8-10 アーバン目黒ビル 1F
問合せ先:03-5434-5320