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牡蠣不毛と思われた海で「あまべ牡蠣」を産んだ男の挑戦

DAISUKE KOBAYASHI

マルチクリエイター

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四国南東の徳島県海陽町は、温暖な気候に恵まれた漁師町だ。一方で、年々低下する漁獲量は、町を支える産業の課題でもある。水産研究会社への就職を機に沖縄から移住した岩本健輔さん(38)は、会社の新規事業で「この海では無理」と言われていた牡蠣養殖をスタートさせた。漁獲量を少しでも回復させる狙いがあったが、採算を合わせることができずに撤退を迫られた。岩本さんは、世話になった漁師らからの恩にも報いたいと、新たに水産ベンチャーを起ち上げて事業を継続。特産の「あまべ牡蠣」を誕生させる。その挑戦を追った。

・「牡蠣養殖は無理だ」と言われる海で

海陽町周辺の海は、北海道や宮城、広島などの有名産地よりも南に位置することから水温が高く、生き物の餌となるプランクトンも少ない。サンゴや熱帯魚が生息するほどで、天然の牡蠣はいても、養殖には全く不向きとされている。この海に携わる多くの人々の共通理解だ。過去に周辺の海域で牡蠣養殖に実験的に取り組んだ漁師はいたが、採算が合うだけの量産化に成功した人はいない。

牡蠣養殖には向かない海をなぜ選んだのか?岩本さんは、もともと水産物の「種」(卵や稚魚、稚貝)を扱う海部郡内の水産研究会社に勤めていた。その会社が新規事業として2014年から実験的に取り組んだのが牡蠣養殖だった。徳島県南部の新たな産業へと育てる狙いがあり、県も補助金を出した。これが、岩本さんが牡蠣に取り組むきっかけとなった。
実験的に始めてはみたものの、当初は苦難の連続だった。漁師に間借りした漁場の生簀筏に、育てた牡蠣の種を吊るす。あとは放置しておけばプランクトンを食べて勝手に育っていくのが牡蠣の養殖だが、種からほどよく育ってきたところで突然、全滅してしまう。水温が合わないのか、プランクトンが足りないのか。全滅する確かな原因がわからず、これがこの海で牡蠣養殖をする難しさなのかと身を持って経験した。

・シングルシード生産方式との出会い

それでも試行錯誤を繰り返すうちに、わずかに生き残る牡蠣も出てくるようになった。転機となったのは、日本の牡蠣養殖で常識とされている「垂下式養殖」だけではなく、オーストラリアなどで主流の「シングルシード生産方式」を並行して採用したことだ。オーストラリアの海域も高水温でプランクトンが少なく、サンゴ礁もあるいわゆる「美しい海」として知られている。こうした環境が徳島県南部の海と似ているところがあり、シングルシードを採用しない理由はなかった。

シングルシードとは、それぞれの種を1個ずつに分けた状態で育てていく生産方式だ。海底にポールを立ててワイヤーを張り、種を入れた1mほどのバスケットを横に吊るして、海の干満を利用して育てることから「干潟養殖」とも言われている。フジツボや野生の牡蠣の付着を防ぎ、それにより餌の少ない海域でも育つ環境を用意することができる。1個ずつ育てるため見た目が美しく、ウイルスも着きにくいことから、オイスターバーなどで生食用として消費されるのが一般的だ。また、垂下式養殖では荒天によって壊れた牡蠣養殖用のプラスチックの海洋流出が環境問題となっているが、シングルシードならこの問題を解決できる可能性があるのだ。

シングルシード導入のきっかけとなったのは、東京の水産養殖展示会でのある出会いだ。オーストラリアの養殖設備メーカー「BST」の輸入代理店を経営する野崎雅史さん(79)に「試してみたら?」と勧められた。早速導入し、牡蠣に最適な環境を研究し、元気に育つ方法を試していった。そうして日々研究を重ねていくことで、徐々に牡蠣が育てられるようになったという。船の上で食べた牡蠣を「美味しい」と思えるようになったのはこのころだ。この海での牡蠣養殖の可能性を、わずかながらも感じたという。

・撤退から退職、そして起業へ

一方で研究者としての本業もあり、現場に出て養殖業の成長を見守ることが難しくなってきた。県からの補助も終わり、会社は2018年に牡蠣養殖からの撤退を決める。「いろいろお世話になって、やらせてもらって、やめますって撤退するだけだと……」。牡蠣養殖に可能性を感じ始めていたと同時に、世話になった漁師や組合員の存在も岩本さんの頭の中にはあった。「やめます」の一言で終わらせることはできず、会社を離れ、独立する決断をした。

シングルシード方式なら育つことが分かった。これを頼りに、独立後は1人でも細々とやっていくつもりではあったが、同じ移住者仲間の早川尚吾さん(34)、高畑拓弥さん(32)と意気投合。同年5月に会社を起ち上げた。これが「世界一おもしろい水産業へ」をコンセプトにした水産ベンチャー株式会社リブルの誕生となる。仲間2人は会社運営の資金調達役になることで、岩本さんは現場に専念することが可能になった。

前職時代には美味しい牡蠣を育てるところまではできた。ただ、もっと美味しく、質が高い牡蠣を量産するには、もっと知見を得る必要があると感じていた。そこで、シングルシード養殖の本場であるオーストラリア・南オーストラリア州カウエルという小さな町の「Shuck me oysters」と「Turner’s oyster farm」に行くことにした。コーディネートしてくれたのは代理店の野崎さん。オーストラリアの牡蠣産業は日本とは比べものにならないほど小規模だが、天然牡蠣の種すらないような環境で養殖を成功させている技術には驚かされたと岩本さんは振り返る。

「オーストラリアに足を運ぶ前から写真や動画、メールでのやり取りである程度分かってはいたが、実際に行ってみたら予想以上に海水がきれいで餌がない」。そうした環境での育て方や水温、水質の違いなどを自分の目で見て、経験して、1週間の修行で多くを学んだ。「実際に見てみないと分からないことばかりだったから、行ってみたことで答え合わせできて良かった」。それまで正しいのか正しくないのか分からない、手探り状態でやってきていたが、現地の養殖業者と一緒に働くことで、自分がやってきたことが間違いではなかったことが確認できたという。今でも世話になった現地の人たちとこちらの状況をメールでやりとりをしているそうだ。

・「海陽町だからできた」

牡蠣養殖に向かない海である一方、海陽町だからこそできたと、岩本さんは考えている。水域を使って漁や養殖をするには、それぞれ管轄する漁協組合の許可が必要になる。水域の権利を得るのは、一般の人が想像する以上に難しい。牡蠣養殖にも組合の許可がもちろん必要だが、誰にでも許可を出してもらえるわけではない。岩本さんのような県外からの移住者にはなおさらだ。

ところが、海陽町の漁協組合のひとつである宍喰漁協組合に相談したところ、「やってみたらええわ」と許可をくれた。この町には穏やかで気さくな人が多い。移住者も多いことから、多様な視点で物事が捉えられる人が多いのかもしれない。町に住む岩本さんも「干渉はしないけど実は遠くで見守ってくれている」と話す。

岩本さんたちは、自分たちが育てている牡蠣を「あまべ牡蠣」と名付けた。この地域への敬意を込め、その昔漁業に習熟した「あまべ」と呼ばれた漁民から名前を拝借した。

・目標は「世界一おもしろい水産業へ」

2021年、岩本さんらが牡蠣の養殖に携わるようになって7年目、株式会社リブルは創業3年目を迎えた。当初は3人だった従業員は8人にまで増えた。2019年と20年には台風で漁場が壊滅的被害を受けたが、20年に出荷した養殖牡蠣は、目標にはほど遠いながらも1万2000個に達した。順調に右肩上がりとなっている。

リブルは牡蠣の養殖だけでなく、「牡蠣の種」も手がけ、20年は300万個出荷した。今後は「牡蠣養殖は無理だ」と言われた海で培った養殖のノウハウと自社で育てた種を使い、養殖が難しい海で自分たちのようにチャレンジしたいという人たちと連携して、シングルシード生産方式での牡蠣養殖を盛り上げていきたいと考えている。

クレジット

監督 / 撮影 / 編集 / ライター:小林 大介
プロデューサー:高橋 樹里
アドバイザー:長岡マイル

撮影協力:株式会社リブル / 宍喰漁業協同組合 / 合同会社みつぐるま

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