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東京で「儲かる林業」は実現するか――森の管理、木材のブランド化に取り組む若者たち

後藤秀典ジャーナリスト

「危ない思いをして伐採して、重機で引き出して、トラックに積んで市場に持っていっても、1万円そこそこにしかならない。それだけでは林業をやっていくことは難しい」。地価も人件費も日本で最も高い東京で、林業を生業にする若者たちがいる。目指すのは「儲かり、自立できる林業」。東京で持続可能な林業は成り立つのか。

●東京の木をブランド化する

「林業の世界では、いまだに全国で毎年40人前後の方が労働災害で亡くなっています。7割の方がアルバイトのような形で働いている。労働環境、働く場として、なかなか厳しいというのが現状です」

そう語るのは、青木亮輔さん(45)。青木さん率いる「株式会社東京チェンソーズ」は、「儲かる林業、きちっと産業として自立できる林業」を理念として掲げている。2006年の設立以来、黒字経営を続けてきた。スタッフの平均年齢は35歳。現在いるスタッフ19人のうち、14人は正社員だ。ボーナスや退職金もある。

「樹齢60年以上の太い杉でも、1本1万円から1万5千円。60年経って、危ない思いをして伐採して、重機で引き出して、トラックに積んで市場に持っていっても1万円そこそこにしかならない。それだけでは林業をやっていくことは難しい」

「森林や林業の実状を人々に知ってもらい、森林資源を利用してほしい」。青木さんはそんな思いから、「TOKYOWOOD普及協会」に参加している。「TOKYOWOOD普及協会」は、東京産の木材を天然乾燥させ、1本1本の強度、乾燥度をチェックして製品化。川上の林業会社、製材業者から、川下の工務店までが手を組み、東京の木をブランド化している。

2020年10月には、これから家を建てる人たちとともに、東京の森や製材所を回る「TOKYOWOODバスツアー」が行われた。青木さんが森林や林業の現状を解説し、参加者たちは実際に東京の木に触れ、匂いを嗅いだ。「この木が家に来たら、森にいるような感じがするかもしれない」と話すのは、ツアーに参加した小学6年生の女の子だ。

東京チェンソーズは、木材の高付加価値化に力を入れている。毎月、「6歳になったら机を作ろう」というイベントを開催。東京チェンソーズが切り出した木材を使って、親子で机を作る。机を作る前には、山で木を切る木こり体験に参加する。親子は慣れない手つきで、のこぎりやトンカチを使って机を制作。参加費は、机代込みで9万3500円。丸太で売ったら1万円にしかならない木に、大きな付加価値が付くのだ。

●“緑の砂漠”が、台風や集中豪雨の被害を拡大する

青木さんは冒険家の植村直己に憧れ、東京農業大学に進学し探検部に入部。日本の自然を遊びつくした後、チベットでメコン川源流下り、モンゴルで洞窟探しなどに挑戦した。そこで気付いたのは、日本の森林の豊かさだった。日本の森のために何かしたいと思い、林業に就いた。

東京多摩地区の森林組合で働いた後、2006年、島しょ部を除くと東京唯一の村、檜原村に「株式会社東京チェンソーズ」を設立した。最初は森林組合の仕事を請け負っていたが、2014年に10ヘクタールの森林を購入。間伐、枝打ちなどを繰り返し、管理の行き届いた森を維持している。

「日本の島ができて以来、一番ボリューミーな森がある」と青木さんは言う。第二次世界大戦で焼け野原となった日本は、戦後、森林を大量に伐採し、住宅を建設した。今、その後に植えられた木が樹齢60~70年となり、使い頃だ。しかし、木材価格が低迷し、林業に従事する人が減り続けるなか、その豊かな資源は放置されている。

青木さんは、檜原村小沢地区にある杉林を案内してくれた。

「ここなんか、最高に悪い山ですね……」

森の中は真っ暗。木々が密集し、上層部で枝が重なり合って、蔓が巻き付いている。下層部には植物がほとんど生えていない状態で、地肌がむき出しになっている。地肌は土ではなく砂利ばかり。多くの倒木も目に付く。木が密集して蔓でつながっているため、1本倒れると、連鎖的に複数の木が倒れてしまうのだ。

「“緑の砂漠”といいます。空から見た時は緑豊かな森に見えるけど、中に入ると林床は砂漠状態なんです」

緑の砂漠を放っておくと、川下の大都会の人々にも大きな影響をおよぼす。森に保水力がなくなるため、降った雨が一挙に川に下り、洪水の原因になる。荒れた森を放置すると、台風や集中豪雨の被害が拡大するのだ。

東京チェンソーズが管理する林は、この杉林とは明らかに異なる。何よりも明るい。木と木の間隔が広くとられ、日光が森の下層部まで届き、広葉樹が生え始めている。青木さんは、管理が行き届いた森には大きな役割があると言う。

「大雨が降っても、ここで吸収して、川にいきなり流れていかない。このあたりだと、雨水は多摩川に流れていきます。近年多発している集中豪雨や台風の時には、川下の大水の抑制になっているでしょう。天然のダムのような機能を果たしているんです」

●地に足をつけて、自分たちで市場を作り出す

真っ暗だった小沢地区の森にチェンソーの音が響き渡る。この森は集落への日照も遮るため、住民にとって“厄介もの”だった。そこで檜原村は、村のお金でこの森を伐採し、広葉樹に植え替え、山菜やキノコの採れる憩いの森にすることにした。伐採、植林、その後の管理をするのは、東京チェンソーズだ。

伐採された木材は、今秋オープン予定の「檜原 森のおもちゃ美術館」の建設に使われる。東京チェンソーズは、枝など通常の林業では捨てられてしまう未使用材を利用して、積み木など木のおもちゃも製造している。

青木さんは、檜原村の将来、林業の将来についてこう語った。

「木のおもちゃの自給率は、数パーセントといわれていて、すごく伸びしろがあるなと感じています。おもちゃ美術館にやってくるのは、子どもたちです。その子どもたちが、檜原村は『自然が豊かな、木のおもちゃの村』と認知してくれる。20年後、彼らが大人になって子どもができた時、『檜原に行けば木のおもちゃが買えるよね』って、またここに来てくれる。林業は木を植えてから収穫するまで、60年かかります。きちっと地に足をつけて自分たちで市場を作り出していく。そういうことが向いているのかもしれません」

クレジット

取材・撮影・編集 後藤秀典
プロデューサー 伊藤義子

ジャーナリスト

社会保障関連、原発事故被害、貧困問題、労働問題などを取材。

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