ショートフィルム

表現の場を失ったコメディアンの葛藤 混乱の中での笑いの意義とは

土生田晃

テレビディレクター

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“コロナ禍”の今、コメディに何ができるのか――。
アメリカの「お笑いの街」として知られ、数多くのコメディクラブがひしめくシカゴで、コメディの新たな可能性を追求する27歳の日本人スタンダップコメディアンがいる。アメリカでは異例の「外国人」コメディアンとして活動を続ける柳川朔(やながわ・さく)だ。新型コロナウイルス感染症が拡大する中、柳川は計画していた米全土の巡業公演がとん挫。他方、業界でオンライン上でのコメディ公演などが広がる中、柳川はそうした形式のショーには踏み込まなかった。コロナ禍で表現の「主戦場」を失った若きコメディアンは今、何を思うのか。「こんな時こそ、届けられる声がある」。柳川の自撮りの報告などをもとに、その答えを探し求める姿を伝える。

【柳川朔とパンデミック】
柳川はコメディアンとしては若手の扱いになる27歳、ブルース・ブラザーズやビル・マーレイなど数々の有名人を輩出したシカゴのコメディクラブを中心に活動している。この地での活躍はコメディアンとして“箔が付く”ことを意味し、他の都市での公演ではギャラが一気に跳ね上がる。

柳川は最近、コメディショーのヘッドライナーとしてシカゴ以外の地域からも声がかかるようになり、今年は腕試しとしてアメリカ全土を巡業しようと考えていた。
アメリカは人種や文化の違いを持つ人々で構成されているだけでなく、その土地による“笑いの境界線”も違う。

例えば柳川曰く、「シアトルでトランプ大統領への皮肉がきいたジョークが賞賛された事がありましたが、同じジョークをテキサスで試してみたらビール瓶が飛んできました。笑いとは誰にでも伝わる普遍的なものというよりは、とても“ローカルなもの”だと考えています」
柳川がマイク一本でアメリカ全土を笑わせるためには、各地の笑いの境界線を肌で感じる必要があったのだ。

だが全世界を混乱に陥らせたコロナウイルスによって、その予定が白紙となってしまった。

コメディクラブは全て閉鎖。イベントや大型フェスも中止や延期の措置が取られ、柳川は表現の場を模索していた。
観客の反応がショーの大事な要素であるスタンダップコメディにおいて、閉鎖されたコメディクラブで“無観客”のショーを行うことに柳川は抵抗があった。また、Zoomなどのオンラインツールを使った“バーチャルスタンダップコメディ”という新しいショーの形も登場したが、観客の反応が感じ取りづらい点で柳川はそこに踏み込まなかった。
「舞台というコメディアンにとって神聖な場所でのショーを、他の方法で代替する事は不可能だと思っています。舞台の真似事のような陳腐なことはしたくないんです」

舞台で観客と対峙し、笑いの境界線の“ギリギリのライン”を攻め続けてきた柳川は、その主戦場に代わるものが安易に登場するはずがないと考えていたようだ。そして、舞台の外(オンライン上など既存とは別の場所)でスタンダップコメディを行うことに対して柳川のプライドが許さないようにも僕には見受けられた。
このコロナ禍の中で自身に何が出来るか、決して安易な行動に出ずにコメディアンの意義を再考するその姿にプロフェッショナルの気迫を感じた。

そもそも柳川は、アメリカで活動するアジア系のスタンダップコメディアンとしては異例の“アメリカに住む外国人”である。どういう事かというと、アジアをルーツに持つアジアン・アメリカンや、アジアで生まれアメリカで育ったコメディアンはたくさん存在している。だが柳川は、大学在学中に初めて舞台に立つまでろくに英語も話せなかった完全な“異国の人”という立場だ。
ひときわ言葉の壁と文化の壁が大きく立ちはだかるコメディの世界で、これまで外国人としてアメリカ全土を笑わせられるのは“ノンバーバル”なコメディが主だった、アメリカの人気オーディション番組『Got Talent』を見ればよく分かる。

一方で柳川は現在、“言葉の笑い”で勝負している。

新聞やテレビのニュース、そしてネットの情報を毎朝欠かさずチェックすることで、外国人としてのハンデを補う柳川。だが、異国の人であることは決してハンデだけではないとも話す。
「自分にしか代弁できない声があると信じている。それは外国から移り住んできた人の不安の声や、差別に遭った人の悲しみの声など。このような事実をそのまま伝えるのは僕の仕事じゃない、笑いを通して伝えるのが僕の仕事だ」

当初、CDC(米疾病対策センター)は「マスクは予防効果なし」と世間に訴え、ペンス副大統領も「一般的なアメリカ人は、マスクを買いに出かける必要はない」と呼びかけた。日本のような“マスク文化”ではないアメリカでは、非白人層が顔を覆うことは不審者・犯罪者と勘違いされるリスクも指摘され、マスクを推奨する動きに後ろ向きな見解も目立ったのだ。
逆を言えば、日常的にマスクを着用する日本や韓国などのアジア系の人たちは、早くからマスクを着用することで謂れのない差別を受けやすくなってしまった。
柳川はマスクの着用が正解かどうかではなく、外国人という立場からマスクを通してアメリカ社会の分断を見たのだ。

「スタンダップコメディアンとは、自分の視点を“笑い”を通して届ける仕事」だと言う。自身の持つ異国の視点を武器に、このコロナ禍の中で見聞きしてきたことをネタにしようと考え始めていた。そして伝え方としては、無理に舞台でのショーの形に近づけるのではなく、スタンダップコメディの精神を形にする新たな手法がないかと柳川は必死に模索した。

そして4月後半、YouTubeで『Saku Yanagawa 100 Questions』という企画を開始。異国出身のコメディアンである柳川が次々に質問に答えていくことで、自身の視点を届けるというものだ。
他にも、『Comedians of The World with Saku Yanagawa』という世界中のコメディアンと柳川がオンライン上で繋がり、今のコメディアンの意義について語り合うという企画も始まった。

柳川や他のスタンダップコメディアンたちは今、それぞれに手法は違えど、スタンダップコメディの精神を舞台とは別の形で表現し始めている。
そこには、こんな時にこそ“笑いの意義”を見出そうとするコメディアンの闘いがあったのだ。

【取材して感じたこと】
スタンダップコメディといえば、フリートークに近い形でタブーに踏み込んだり、過激なことを話すという印象を持つ人も多いのではないだろうか?
その裏で、“表現の自由”という言葉に逃げず、自由だからこそつきまとう“表現の責任”とここまで絶えず向き合うことを僕は知らなかった。ひとつひとつのジョークを吟味し、厳選し、タブーを理解し、どう踏み込むのか、それは表現者としての責任ゆえに最後まで考え抜かれた言葉の結晶だった。

「自分の視点が不特定多数のもとへ届くという点で、コメディアンはメディアだと僕は考えています。メディアである以上、誰かから反感を買うかもしれないし、誰かを傷つける可能性もある。だから最後の最後まで考え抜くんです」
上記は取材の終盤で柳川から聞いた言葉だ。

僕はテレビ業界で働く人間として、伝えるべき物事が思考停止の自主規制によって世間に届くことなく失われていく様子を数々見てきた。異国の地でスタンダップコメディアンとして芯を通す彼の姿から見えてくることは、今のメディアにとって、とても大切な事な気がしてならないのだ。

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