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CO2の大規模削減の裏側で 国際NGOが目指す「地球益」

土生田晃映像ディレクター

国際NGO『WWFジャパン』に在籍する気候変動・エネルギープロジェクトのリーダー、小西雅子さん。彼女は未だかつてない忙しい日々を送っていた。その理由は、去年2020年に菅首相が発した“2050年 温室効果ガス 実質ゼロ”という宣言。
人間の経済活動によって生み出されるCO2をはじめとした温室効果ガス、だが経済そのものを止めることは出来ない。この難問に立ち向かう小西さんは今、国際NGOという立場から、一国の利益にとどまらない“地球に良いこと”を研究者や企業と模索している。その奔走ぶりにカメラを向けた。

【小西さんの仕事 “アドボカシー活動”について】
小西さんはいつも走っている。

ディレクターの私が初めて撮影に臨んだ日のスケジュールは、朝から新聞社の取材を受け、それが終わると省庁関係者との打ち合わせ、その後は昼食を食べながらWWFジャパン・気候変動グループの打ち合わせを2時間以上行い、夕方には別の打ち合わせのために足早に事務所を去っていった。
そんな嵐のような忙しさに見舞われる小西さんだが、仕事内容で多くを占めるのが“アドボカシー活動”である。

政府が決めた“2050年 温室効果ガス 実質ゼロ”という目標に向けて、小西さんは研究者と実現可能な道筋を探り、そこで得た知見を企業や金融機関に広め、省庁や議員に政策の後押しを求めている。これら社会を変えるための働きかけはアドボカシー活動と呼ばれていて、WWFジャパンの中で重要な業務の1つとなっている。

そもそも温室効果ガスとは、太陽からの熱を地球に封じ込めて地表を暖める大気中のCO2やメタンなどのことを指し、温暖化の要因の1つと考えられてきた。
その削減に向けての大きな一歩が、2015年に世界約200カ国で合意された『パリ協定』と呼ばれる国際条約。その内容は…

“世界の平均気温上昇を産業革命前と比較して、2度より充分低く抑え、1.5度に抑える努力を追求すること”

これを受け、世界の100以上の国と地域が2050年までに温室効果ガスの実質ゼロを目指し、日本も去年から舵を切ったのだ。
ところが、取材当初(※2021年4月)での各国の削減目標では、地球上にて2050年実質ゼロを達成することは不可能であった。温室効果ガスの排出は経済活動に直結していて、その削減は国益を大きく左右する。
各国の科学者で構成される『IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)』によると、既に世界の平均気温は産業革命前に比べて約1度上昇していて、早ければ2030年に1.5度の上昇に達し、このまま新たな対策を取らなければ、2050年には4度程度の気温上昇も考えられる状態となっている。

小西さん曰く「気候変動などの“国境を超えた問題”を解決するのは難しい。それは各国が自国の利益を第一に考えるからであり、それは国として仕方がないこと。だからこそ国際NGOが“地球益”を提案していく。」

【WWFとは?】
WWFは約100カ国で活動している環境保全団体で、その日本支部としてWWFジャパンは1971年に設立。長年にわたって野生生物を守り、森や海の保全に務めてきたが、近年では温暖化対策についてのアドボカシー活動の重要度が増してきている。それは政府や国際機関とは異なる“民間”の立場であり、利益を目的とせず取り組むNGO(Non-Governmental Organization)だからこそ。

本作品でも、研究者と一緒に未来のエネルギーの在り方を探り、企業に温室効果ガス削減を呼びかけ、国会で既存産業について問う小西さんの動きが収められている。それらは一国の利益を超えた地球のためであり、背景には世界約100カ国で活動するWWFの仲間たちの存在がある。
「各国の仲間と毎週連絡を取り合い、それぞれの国の状況を共有し、その中で地球益を導き出すことが私たちの仕事。私たちには“タップ”という言葉があって、7000人ものWWFの仲間が世界100か国以上で活動していて、タップ(※肩を軽くたたく意味)すれば知恵を貸してくれる」

今、小西さんに知恵を求める企業や金融機関が続出している。というのも、世界各国が炭素を出さない脱炭素社会を目指す中で、そこに取り組まない企業に対して“機関投資家からの出資を受けられない”という厳しいケースも出てきているのだ。削減方法に悩む日本企業は決して少なくないのが実情で、小西さんは各地をまわって削減についての専門的なアドバイスや最新事例の紹介を行なっている。
企業によって悩めるポイントはそれぞれで、産業の種類によって解決策も異なる。なので小西さんは日々勉強を欠かさない。各企業ときちんと対話できるように、そしてキレイごとの押し付けにならないように。

時には、これまで日本を支えてきた既存産業の抜本的な見直しを求めることもある。
本作品に国会(参議院 環境委員会)にて2030年に石炭火力の廃止を求める場面もあるが、そこでは議員のひとりが石炭の悪者扱いに“待った”をかけた。石炭を大量に使う鉄鋼業は、日本の戦後復興の原動力でもあった。鉄を取り出す際に必要となる石炭を水素など他のやり方に移行するということは、今の技術ではまだ見通せない。鉄鋼業界出身の柳田稔議員の身からすると難しさを訴えずにはいられないように見受けられた。
これに対して小西さんは「私でも同じ立場なら同じことを言う、今の雇用を守らなければいけないし、儲けを出しながらでないとイノベーションに振り向ける原資もない。ただ、日本の温室効果ガスを2030年にまでに半分にしなければならない。2030年には46%減、2050年には100%減(実質ゼロ)を目指すためには、かつての産業革命のような歴史に残る変革が必要」と、その時をふり返り、覚悟を語った。

求められる大変革を産業界だけに強いることは難しい。温室効果ガス削減についての日本の予算は欧米に比べると低く、その事実についても柳田議員は指摘した。つまり、政府からのより強い後押しがないと産業界も動けないのが実情なのだ。

だからこそ、この小西さんと柳田議員の一連のやりとりが国会で行われたことに意義があった。
何故かというと、国会での発言は議事録として一言一句記録されて公開されるため、例えばメディアの目に止まって“政府の後押し無しで変革ができない”という旨が大きく報道されたり、はたまたこの記録がきっかけで“予算の少なさ”に国会が注目したり、社会を変える1つの要因になり得るのだ。
これこそまさにアドボカシー活動なのである。

地球益とは、環境のことだけを重視したものではなく、経済活動も含めて考えなけえればいけない、地球と人間が調和して生きる将来の利益のことだ。

2030年と2050年目標に向け、小西さんはさらに忙しくなるようだ。
地球と人間、その両者の未来にとって最善の道を模索するために。

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本作品は【DOCS for SDGs Sponsored by CONNECT】で制作された作品です。
【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/
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クレジット

取材/撮影/編集
土生田 晃

プロデューサー
井手 麻里子

映像ディレクター

1984年生まれ、神奈川県出身。大学卒業後、NHKを中心としたドキュメンタリー番組に携わる。アンタッチャブルにされがちな“性”の問題や、先端テクノロジーである“ブロックチェーン”などのテーマを「クローズアップ現代+」や「NHKスペシャル」で番組化。最近ではダイヤモンド・オンラインなどの経済メディアのネットコンテンツや、ショートフィルムも製作中。他にも、拡張家族「Cift」に参加し、新たなコミュニティの形やクリエイティブの在り方を模索中。

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