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アカデミー賞7冠の話題作 伝記映画「オッペンハイマー」鑑賞法【歴史家解説】

濱田浩一郎歴史家・作家

アカデミー賞作品賞を受賞したクリストファー・ノーラン監督の映画『オッペンハイマー』が、2024年3月29日、日本で公開されました。アメリカの天才科学者(理論物理学者)で「原爆の父」と称されるロバート・オッペンハイマー(1904〜1967)の生涯を描いた歴史・伝記映画です。3時間の大作ですが「長いな」とは私は感じず、映画の世界に没入することができました。しかし、物語の進行は難解です。時系列に物語が進行せず、話が行ったり来たりするからです(カラーシーンかモノクロシーンかで区別は付けていますが、それでも分かりにくいでしょう)。

しかし、物語を大きく3つに大別すると、①実験は苦手だが理論に才能を持つオッペンハイマーがドイツのゲッティンゲン大学に移り、大成していく、②第2次世界大戦が始まり、アメリカでは原爆開発を目指す「マンハッタン計画」が開始(1942年)。オッペンハイマーが原爆開発チームを主導し、実験を成功(1945年7月)に導いていく、③核兵器の脅威に気が付いたオッペンハイマーは、戦後、水爆開発には反対。そのことにより、ソ連のスパイ・共産主義者の疑惑をかけられ、反対派に追い詰められていくというものになるでしょう。

この3つの物語が、途中、ロマンス(恋愛)を挟みつつ、行きつ戻りつしながら展開されるのです。よって、これから映画を見ようという人は、オッペンハイマーの生涯の概略をネット検索でも良いので調べてから、劇場に臨むと良いでしょう(理想は、映画の原作本『オッペンハイマー』ハヤカワ文庫を読み込むことです)。

さて、本作品は原爆の被害描写がないことからそれを軽視しているのではないかとの批判が日本公開前からありました。しかし、劇中では原爆の惨禍を直接的ではないにしろ描かれており、その非難は当たらないと私は感じました。オッペンハイマーの目線から話が進行することも、原爆の惨状を直截的に描かなかった理由でしょう。

「一人の天才科学者の創造物は、世界の在り方を変えた。そしてその世界に、私たちは今も生きている」とは、映画のパンフレット(『オッペンハイマー』ビターズ・エンド、2024年)に記されている文言ですが「核の時代」に生きる我々人類が、核兵器にどのように向き合っていくかを更に考えていく契機を与えてくれる映画だと思いました。オッペンハイマー役の俳優キリアン・マーフィーは「そう、この映画にはみんなそれに関係しているという普遍性があるのです」(前掲書)と述べています。本作品を見た人が、核兵器について主体的に考えるきっかけになればと思います。

歴史家・作家

1983年生まれ、兵庫県相生市出身。皇學館大学文学部卒業、皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『北条義時』『仇討ちはいかに禁止されたか?』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)ほか著書多数

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