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【大河ドラマ光る君へ】藤原道長は甥・藤原伊周との弓争いになぜ勝てたのか?

濱田浩一郎歴史家・作家

大河ドラマ「光る君へ」第15回は「おごれる者たち」。藤原道長とその甥でライバルとも言うべき藤原伊周の「弓争い」(競べ弓)の場面が描かれました。「弓争い」は、平安時代後期に成立した歴史物語『大鏡』に記載されている逸話です。それによると、ある日、伊周が南院にて、人々を集めて弓を射て遊んでいました。すると、突然そこに道長がやって来たのです。その場には、道長にとって兄に当たる藤原道隆(伊周の父)もおりました。道長の突然の来訪に驚いた道隆でしたが、弓射に参加するように促します。道長と伊周が弓争いをすることになるのです。最初の勝負は、伊周が2本の負けとなります。

しかし、伊周をこのまま負けさせる訳にはいかないと思った道隆と取り巻きの者は「もう2回勝負しては」と持ちかけます。さすがの道長も卑怯なやり方にムッとしたようですが、それに従います。そして「道長の家から、帝と后が出るならば、この矢よ当たれ」と道長は言うと、弓を射るのです。すると見事、的の真ん中に弓が命中したのでした。次に伊周が弓を射たのですが、道長の迫力に気後れしたのか、手がブレてしまい、見当はずれなところに弓は飛んでいきます。余りのことに、父・道隆の顔は真っ青だったそうです。それでも道長は容赦はせず「この道長が摂政・関白となるならば、この矢よ当たれ」と言うが早いか、弓を発射します。弓はまたもやど真ん中に命中。

続いて弓を射ようとする伊周を制したのは、父・道隆でした。道長は何事もなかったかのように弓を返すと悠々と立ち去っていったとのことですが、その場には白け切った空気が流れたようです。道長は弓術の腕に優れていたということもありますが「道長の家から、帝と后が出るならば、この矢よ当たれ」などという奇抜な言葉を発したことで、場の空気を支配し、伊周の度肝を抜いて圧倒したのです。これが道長の勝因と言えましょう。

歴史家・作家

1983年生まれ、兵庫県相生市出身。皇學館大学文学部卒業、皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員、姫路日ノ本短期大学講師、姫路獨協大学講師を歴任。『播磨赤松一族』(KADOKAWA)、『北条義時』『仇討ちはいかに禁止されたか?』(星海社)、『家康クライシスー天下人の危機回避術ー』(ワニブックス)ほか著書多数

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