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【平安時代】毛虫を手のひらに乗せ、うっとり!宮崎駿がナウシカと重ねる謎ヒロイン「虫めづる姫君」とは?

原田ゆきひろ歴史・文化ライター

むかし、むかし。

ある貴族のお屋敷に、たいへん聡明で、うつくしい容姿のお姫様がいました。

ところが・・。

「お、お、おまえは!何というモノを手にのせておるのだ!」

なんと姫様は、毛虫をまじまじと見つめて、愛でています。

「あら、お父様。でもこの子、とっても賢そうな顔立ちですのよ」

さらに姫様は、侍女たちに言いました。

「わたし、もっと色々な生きものを観察したいわ。そうだ、あなたたち森に行って、虫を取って来て貰えないかしら?」

悲鳴をあげて、後ずさる侍女たち。

「仕方ないわ。それじゃあ、そこら辺の男の子に、捕まえて来させましょう」

男の子たちがカマキリやカタツムリなど、たくさんの生きものを持ってくると、姫様は目を輝かせました。

「このツノは何で生えているの?成長したらどんな姿になるのかしら?ああ、興味が尽きないわ!」

姫様は虫を観察しやすいよう、いつも前髪を耳の後ろにはさみ、虫かごの中を覗き込んでいたのでした。

(※当時、高貴な女性の髪の扱いとしては特異)

このエピソードは、平安時代に書かれた堤中納言(つつみちゅうなごん) 物語という短編集のひとつ、「虫愛づる姫君」に記されているものです。

原作はもちろん古語で書かれていますが、ここではわかりやすく、筆者が超訳させて頂いています。

常識破りのおてんば姫

この型破りな姫様。

お年頃にも関わらず「人間ありのままが一番!」と言ってお化粧もせず、

世間の「可愛い、うつくしい」とは違うものを愛でる・・と、物語には書かれています。

ただし“お化粧”といっても、この時代では眉毛をぜんぶ抜き、黒丸を描きます。そして歯は、お歯黒で塗りつぶすのが常識。

眉毛はナチュラル、白い歯を見せて笑う姫様は、むしろ現代でこそ可愛いと思われるでしょう。

まさに何百年単位で、時代を先取りしたヒロイン・・と言えるかも知れません。

とはいえ、今よりはるかに“常識”にうるさい時代。

しかも仕来たりだらけの貴族となれば、周囲が咎めないわけがありません。

しかし、「毛虫なんて触るな!」と言われても

「あら、あなたが着ている服も、カイコの幼虫が出した糸で、出来ていますのに」と切り返し、屈しません。

「花や蝶みたいに、美しいものを愛でなさい!」と言わても・・

「蝶だって、もとは毛虫。ほんとうの姿が成長していく様こそ、趣がありますわ」

と返すなど。絶妙に本質をついた答えで、相手を言いくるめてしまうのでした。

わが道を行く姫様

しかし、そんな姫様を良く思わない人達も、少なくありませんでした。

とくに間近に仕える侍女たちは

「ちょっと。あの趣味、なんとかならないのかしら!」

「ああ、まともな姫君に仕えている侍女が、うらやましいわあ」

・・などと愚痴を言い合います。さらには

「冬くれば 衣たのもし寒くとも 烏毛虫多く 見ゆるあたりは」

(冬が来て寒くなっても、ここなら着物の心配は大丈夫。ほら、毛虫の毛がいっぱいあるから ※皮肉)

という和歌が作られるなど、散々にこき下ろされます。

しかし当の姫様は、まったく気にしません。

「ウワサで考えや行動を変えるなんて、それこそ可笑しいことだわ。

世の善悪なんてカンタンに変わる。なにごとも本当の姿を見つめ、本質を追求するのが、素晴らしい生き方よ」

何だか、悟りの境地にあるようなことを言い、完全にわが道を突き進むのでした。

姫様に恋の予感?

そんな姫様のウワサが、とある名家の御曹司(イケメン)の耳に入ります。

「ほう、それは面白い姫君だ!」

いたずら心が沸いた彼は「ふふ、いくら虫が平気でも・・これならどうかな?」。

ヘビに見立てた作り物を、“贈りもの”と称し、姫様の屋敷に届けます。

姫様が包みを開けると、中からヘビ(可動式のニセモノ)が、首をもたげました。

侍女たちは一斉に、悲鳴をあげます。

さて、当の姫様ですが・・

「あ、あわてることはないわ。ほ、ほら、あれよ!

前世を考えれば私の親だって、ヘビだったかも知れないのよ」

などと、口にしていますが・・その声は震え、挙動にも、いつものキレがありません。

本心ではかなり驚かされたのが、周囲にはバレバレ。侍女たちにも、笑われてしまいます。

さすがの姫様も「こ、この男!」と思ったにちがいありませんが・・いちおう相手は名のある貴公子です。

手紙を書き「あなた様がヘビのお姿とあっては、さすがの私も近づき難く。

ご縁があれば、極楽でお会いしましょうね(怒)」と、ウィットに富んだ返事を送ります。

それを読んだ貴公子は、「ますます興味が湧いた!」と、姫様に夢中。

ひと目姿を見ようと屋敷を訪れ、あれこれ画策・・といった具合に、

なんだか物語的には、恋愛の予感にも発展しそうな展開です。

2人の関係はどうなっていくのでしょうか。そして物語の結末は?

そのラストは「2巻に続く」という文言で、締めくくられているのですが

しかし、実際の続きはザンネンながら、どこにも書かれていません。

あえて、読者の想像に任せたのか、何かしらの理由で発表できなかったのか?

真相は謎に包まれていますが、大昔の物語ながら、続きが気になってしまいます。

“ナウシカ”と“虫愛づる姫君”の共通点

スタジオジブリ「写真提供」ページより
スタジオジブリ「写真提供」ページより

さて、スタジオジブリの名作「風の谷のナウシカ」は、とあるギリシャ神話と

「虫めづる姫君」を融合させ、そのモチーフにしたと、宮崎駿監督は明言しています。

一見すると舞台となる地や、主人公の容姿も別物。しかし、ナウシカも谷の周辺を治める族長の娘です。

そうした立場でありがら、異形(一般の人には)のオームと心を通わせ、皆が怖れる腐海の動植物を愛でます。

スタジオジブリ「写真提供」ページより
スタジオジブリ「写真提供」ページより

何より、優れた観察眼や好奇心あふれる性格。

だからこそ周囲から孤立しやすい危うさも、ぴったり重なると言えるでしょう。

「2人は同一の存在に思えてならない」。宮崎監督も過去、そのように語っています。

君たちはどう生きるか?

この夏、ジブリの「君たちはどう生きるか」がリリースされましたが、

姫様とナウシカ、2人のヒロインもまた、このメッセージを問いかけているように思えます。

「虫めづる姫君」の作者は、名も性別も不明です。

しかし、現代であっても「毛虫を手に乗せる」とは、かなりの虫好きであっても、ハードルが高い行為。

まして平安時代に、お姫様をそのような設定で描くのは、けた違いに突きぬけています。

「決まりきった常識に、一石を投じたい」。

そうした思いは、今も昔も変わらずに、存在しているのかもしれません。

誰かの価値観に染まれば安心感を得られますが、自分を押し殺さなければならず。

わが道を行けば自由ながら、奇異に見る目にも晒される・・。

どちらの道も良い事ばかりではありませんが、その上でどのような人生を歩むのか?

宮崎監督、そして「虫めづる姫君」の作者も、時代を超え

私たちに問いかけている気がしてなりません。

歴史・文化ライター

■東京都在住■文化・歴史ライター/取材記者■社会福祉士■古今東西のあらゆる人・モノ・コトを読み解き、分かりやすい表現で書き綴る。趣味は環境音や、世界中の音楽データを集めて聴くこと。鬼滅の刃とドラゴンボールZが大好き■著書『アマゾン川が教えてくれた人生を面白く過ごすための10の人生観』

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