パンの街と言われる神戸の中でも、「コム・シノワ」の名前はよく耳にします。この日、パンの種類が多く並ぶという11時頃に合わせてお店に行くと、レジの横には既に行列ができていました。

人気の理由のひとつに、ここでパンと一緒に食事を楽しめるというのがあります。コム・シノワの代表でもあるシェフの荘司さんが、店内で毎日お料理を作っているんです。

荘司さんは、南京町で40年近くフレンチレストラン「ビストロ コム・シノワ」という有名店をされていました。そんな凄腕のシェフの作るお料理とパンが楽しめるお店とあれば、行かない手はありませんよね。

それにしてもなぜ、パンなのでしょうか。「レストラン時代に気づいたのが、神戸の人にとってパンというものがとても大切なものなのだということだった。当時からパンを求める声が多かったのでね」

そんな理由から、震災をきっかけに移転した場所でパンやケーキの販売も始めたオーナーシェフの荘司さん。「料理屋のパンは、他のお店のパンとはちょっと違うジャンルだと思っています」

「ゼロから手間暇かけて作ったものを中に入れたり、上にかけたりしているから、例えばクリームパンでもシュークリームのように充実感を感じてもらえるかと」

では、ランチ時間になったのでさっそくオーダーします。「ラクレットチーズをのせたミートローフ、サラダとパン」を頂くことに。まず、運ばれてきたサラダのたっぷりしたサイズ感に驚きました。

底の深いお皿に入ったサラダはとても新鮮で食べ応えがあります。きっとここの料理は全てが美味しいのだろうという予感がしました。

パンをちぎって口に入れると、予感が確信に変わります。間違いない美味しさ。シンプルなパンほどその凄さが伝わってくるようで、オリーブオイルがかかったパンをじっくりと噛みしめます。

そして、ミートローフ。「これは元々まかない料理だったんだよ」と、荘司さんがニコニコしながらテーブルに出してくれたミートローフはオーブンで焼き上がったばかり、器の中で色とりどりに盛られていました。

付け合わせの人参はグラッセしてあり、きめ細かでしっとりクリーミーなマッシュポテトと共に、丁寧さを感じます。チーズとマイルドなソースの下に隠れたミートローフはジューシーで食感も良く、味がしっかりしているのにどこか優しい。

メイン料理と一緒に食べても引けをとらないパン。脇役ではなく存在感があり、主役と横並びにいる感じがします。サラダも含めて、全体がバランス良く一体感があるのがさすがですね。

メニューの中には40年前から作り続けている料理もあるそうで、レストラン時代からの長いお付き合いの常連さんもいらっしゃるとか。そんな様々な料理を作るにあたって荘司さんが大切にしていることがあります。

「笑顔のある料理を作ること。パンも、お菓子も。このお店のコンセプトはそれです。料理には人の心、想いが反映されないとね。だからスタッフにはいい表情で働いてもらいたいから、まかないを作るのは私の一番大事な仕事」と言うから驚きです。

実は、ランチ前の少しだけ余裕のある時間に荘司さんが準備していたのは、何とスタッフさん15人分のまかない料理だったんです。有名シェフ自らが皆のまかないを作るなんて、とっても素敵じゃないですか？

キッチンのカウンター越しにそんな話を伺っていたら、若い女性が荘司さんに挨拶をしに来ました。学生生活が終了して、ここでの仕事が終わったのだそう。

「またいつでもまかない食べにおいで」と、笑顔で送り出されていました。ここのスタッフさんが皆心も体も満たされていることに間違いはなく、コンセプトはしっかりと反映されているようです。

帰り際にまた私がキッチンを覗くと、荘司さんが振り返りざま「満ち足りた？」とひとこと。そうそう、まさにそれなんです、食べ終わって私がしみじみ感じたことは。完全に満ち足りました！

「そう、その笑顔が見たかった」と言われて思わず「最後までここで、料理を作り続けますか？」と聞いてしまった私に、不思議そうな顔をしながらも「もちろん」と頷いてくれました。

いつまでもここで、笑顔で料理を作り続けて欲しいと感じているのは、きっと私だけではないと思います。ここに至るまで様々なチャレンジを続け、プレッシャーを感じながらも常に料理と向き合ってきた荘司さん。

「この歳になってようやく料理が好きになったよ」と、いい笑顔です。料理を心から想うその姿勢、「コム・シノワ」が愛され続ける理由がそこにありました。

ブランジェリー コム・シノワ

＆オネストカフェ