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現代のアウシュビッツ~中国新疆ウィグル自治区・強制収容所からの告発~

平野愛ドキュメンタリスト

筆者が初めて新疆を訪れたのは2006年9月。『西遊記』で有名な火焔山のあるトルファンはこの時期、名物である翡翠色の葡萄がたわわに実っていた。葡萄農家の女性たちに交じり、連日40度を超す昼間の熱射を避けて、葡萄棚の下で車座に寝っ転がって互いの膝を枕に目を閉じると、かすかな葡萄の香りが漂ってきた。
今回、来日したオルム・ベカリさんは、そのトルファン出身。ウィグル人とカザフ人を両親に持ち、地方公務員を務める父親もビジネスで大成功した兄も中国語が堪能で、およそテロや過激派とは縁遠い存在だった。
 オムルさん自身も語学が堪能で、カザフスタンにある大手の旅行会社で副社長を務め、カザフスタンの国籍も取得する。たびたび中国と行き来し、高い収入と3人の子供にも恵まれて何不自由のない暮らしが2017年3月25日まで続いていた。
 それは、5日間の出張予定でウルムチを訪れた時のことだった。無事に仕事を終えたオムルさんは実家のあるトルファンへ向かい、家族に会うことにした。
 翌朝、突如武装した警察官5人がオムルさんの実家に踏み込み、オムルさんの両手を縛り上げて黒い布を頭にかぶせ、一切の法的手続きも説明もないまま連行。訳が分からないまま連れて行かれた先は、まさに“収容所”だった。鎖に両足をつながれた、10代から90代のウィグル人やカザフ人の男女がずらりと並んでいた。
 通称“虎の椅子”と呼ばれる鉄製の椅子に座らされ、手足を固定された状態で“テロ行為に加担した”ことや“国家分裂を図ったこと”を自白するように迫られたという。
「私はカザフ国籍を持っている外国人だ!弁護士と家族と連絡を取らせてくれ!」と何度も懇願したが、一切受け付けてもらえなかったという。その後、鎖でつながれた状態で3か月を過ごし、おかゆや野菜スープだけのわずかな食事も、排泄も全て同じ部屋で行われたという。病気や栄養失調で亡くなる人もいた。
 8か月に渡る収容所生活ではさらに、国家や共産党に忠誠を誓う文言や紅歌と呼ばれる党を称える革命歌を一日中強要され、全員が大声でそろっていなければ何度でもやり直しをさせて“再教育”を行っていたという。
「今でもその言葉が頭から消えないのです。」とオムルさんは硬い表情で語った。

 そもそも、なぜこのような強制収容所が必要なのだろうか。明治大学兼任講師でウィグル問題に詳しい水谷尚子さんは、講演会でこのように語った。「政府は一帯一路政策に力を入れたいが、ウィグル人からは発言権を奪いたいということ。著名な学者、作家、音楽家、ジャーナリスト、スポーツ選手、芸能人、経済界の人々がことごとく捕まっている。」
 今回、来日したヌーリ・ティップさんは、名門・新疆大学の元学長であるタシポラット・ティップ教授を兄に持ち、兄と共に日本に留学した経験を持つ。ティップ教授は昨年、強制収容されて執行猶予2年の死刑判決を受けている。

 「私にとって、日本は第二の故郷なのですよ」と流暢な日本語でヌーリさんは話し始めた。1997年、故郷で起こった抵抗運動が原因でヌーリさんはアメリカに亡命、兄は帰国して著名な教授となる。兄弟は立場や意見の違いから、互いの身を案じてそれ以来連絡を取ることを避けてきたという。たった一度だけ、学会が開かれたアメリカでこっそり会った。
「兄貴、中国政府は信用できないよ。アメリカに来ないか?」とヌーリさんが誘うと、「文革の時代でもあるまいし。私は党員なのだから大丈夫だよ」と答えたという。
 今回の拘束も、簡単な取り調べで解放されるだろうと楽観視していたヌーリさんに、絶望的なニュースがもたらされたのは2017年10月5日。アメリカの人権団体であるRFA(ラジオ・フリー・アメリカ)から、お兄さんは死刑になったようだと連絡が入った。ヌーリさんの絶望は計り知れない。

 2018年10月5日、ペンス米副大統領がこの強制収容所の存在に触れ、100万人以上のウィグル人・カザフ人が拘束されていると指摘。これに対抗するように、CCTV(中国中央電視台)は、職業訓練センターだと説明して内部を取材した番組を放送した。
整った環境や栄養豊富な食事を無償で用意し、法律の知識や中国語の学習を行った上、裁縫や木工の技術を教えることで収入が安定したといった内容を伝えている。

 「子供たちは電話が鳴っても、玄関の扉を誰かがノックしても、怖がって泣くのですよ。パパがまた連れて行かれて、会えなくなると。私の幸せな家庭は壊れました」と笑うことのないオムルさんは、一筋の涙をこぼした。
 トルファンでは今、収穫されることのない葡萄が畑で腐っているという話をヌーリさんから聞いた。あの美しい葡萄棚の夢のような一瞬が思い出されて胸の潰れる思いをしている。
(協力/アムネスティ・インターナショナル日本)

ドキュメンタリスト

上海師範大学卒業後、ドキュメンタリー制作会社に入社。現在は自身が取締役を務める制作会社AsianComplexで放送番組を手がける。満州からの引き揚げの背景に迫った『NHKスペシャル/引き揚げはこうして実現した〜旧満州・葫蘆島への道〜』や69年ぶりに帰国を決めた残留孤児に密着した『ハイビジョン特集/最後の帰郷〜旧満州開拓団・姉妹の69年〜』をはじめ、『シリーズ辛亥革命100年/ラストエンペラー・真実の溥儀』など歴史をテーマにした番組のほか、2016年には『チャイナブルー/ある企業家の記録』でATP優秀賞を受賞。