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交通事故多発の絶滅危惧種カンムリワシに「非常事態宣言」発出、島で苦闘する獣医師「もう限界」

広田麻子

映像ディレクター

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沖縄県石垣島。自然豊かなこの島に生息する希少な猛禽カンムリワシが、危機に直面している。交通事故による救護件数が2022年は年明けから3カ月で8件に上り、既に2021年の事故総件数と並ぶ勢いを見せていた。史上最悪のペースに、環境省は初めて「カンムリワシ交通事故非常事態宣言」を出した。カンムリワシは環境省レッドリストの中でトキやコウノトリと同じ絶滅危惧IA類に指定されている。野生での絶滅の危険性が極めて高いとされるが、公的な保護施設や組織は存在しない。

救護されたカンムリワシを治療しているのは、この島で17年前から県認定の野生動物救護ドクターとして活動している土城勝彦獣医師(48)ただ一人。「ほとんどの場合、人間のせいで傷ついている。それに対して傷つける側の僕たちが何もやらないのは考えられない」。少しでも多くの動物たちにできることがないか。こんな思いでほぼ無償で救護にあたる獣医師の日々を追った。

【 車にひかれるカンムリワシ 】
2022年1月17日、石垣市真栄里。土城獣医師が運営する「たまよせ動物病院」に、1本の電話が入った。山道のトンネル近くの路上で動けなくなっていたカンムリワシの救護要請だった。間もなく環境省の担当者によって運ばれてきた鳥はやせ細り、骨が浮き出ていた。カンムリワシの体重は通常800gほどだが、この鳥はわずか420g。羽ばたく力さえ残っておらず、地面にうずくまっていた。右大腿骨の骨折痕がレントゲンで確認された。自然界では考えにくい状況で強い衝撃を受けたことが原因で、交通事故が疑われた。

カンムリワシの交通事故には季節性がある。12月から3月には幼鳥がひとり立ちを始め、繁殖期を前に成鳥の餌採りが活発になることから、事故が増える。今年はその時期に長雨が続いたことが事故頻発の原因の1つだったと考えられている。

なぜ、鳥が車にひかれるのか。長い雨の間、森でじっとしていたカンムリワシは、晴れて気温が上がると一斉に餌を探しに動き出す。地面をはう小動物を探しているうちに道路に出てきたり、路上で車にひかれた小動物を獲りに降りたところで別の車にはねられたりするようだ。低空飛行で森から飛び出し、走行中の車のフロントガラスギリギリを横切っていくカンムリワシがドライブレコーダーに記録されることも多い。

島内にあるカンムリワシの救護施設は、土城獣医師が営むたまよせ動物病院に確保してあるケージ2羽分、観光施設である「石垣やいま村」が無償提供しているリハビリケージ2羽分の計4羽分しかない。1月17日に搬入されたカンムリワシで、救護スペースは満床を超えた。

カンムリワシは東南アジアで広く生息している。石垣島で見られるのは日本固有の亜種で、隣の西表島と合わせてもその数は200羽程度と推測されている(2011年度環境省一斉調査)。幼鳥は頭と腹が真っ白だが、成長すると茶色の羽に変わる。主にカエルやヘビを食べ、田んぼが絶好の餌場だ。島では田んぼ近くの電柱の先にいつも止まっている身近な鳥だと考えられていたが、生物学的には大変貴重な種であり、国の特別天然記念物に指定されている。

年にひとつずつしか卵を産まず、その中で成鳥になるのは5割に満たない。繁殖が可能になるには3年かかると言われ、1度数が減ると回復には時間がかかる。そこに交通事故が重なり、絶滅の可能性が現実味を帯びてきた。

【 カンムリワシの救護医は島にただ1人 】
土城獣医師は野生動物救護ドクターとして、野生動物全般の救護要請を受け入れている。リュウキュウアオバズクなどの鳥類を中心に、30~40種類の野生動物を年間100件ほど救護・保護している。

毎朝7時に出勤。ペット診療が始まる前に、野生動物の世話をする。ケージの掃除や餌やりなどをしているいうちに9時の開院となる。同僚の獣医師と看護師との3人でのペット診療では30分刻みで来院が途切れず、合間を見て手術もする。ペットの飼い主が傷ついた野生動物を連れてくる事も。救護された野生動物が運ばれてくると、ペットには待ってもらって初期対応にあたる。

救護活動のゴールは自然に帰すことであり、そこにたどり着けるルートを作ることが大切だという。体力が回復し、野生復帰できる見込みが出てくると、運動能力回復のためリハビリをする。リハビリでは飛べるかどうかの判断をするため、病院から車で30分ほど離れた観光施設「石垣 やいま村」にある広いケージを使う(リハビリケージは非公開)。ここでリスザルの飼育をしている渡久山恵さんも、カンムリワシの救護に携わるボランティアの1人で、リハビリ管理を担当している。

「リハビリでは、これといって特別なことはしません」と渡久山さん。カンムリワシの動きを見守り、自ら飛ぼうとする力が出てきたら、それを伸ばしていけるよう止まり木の位置を調節し、次の段階へ進む環境を整えていく。「ここでは人間のリハビリのように、無理に動きをつけたり、飛ばそうとしたりはしません。何らかの後遺症が残った体になっていたとしても、彼らはその体での動き方を自ら習得し、うまく飛べるようになります。長期戦になりがちですが、人間が限界を決めてはいけないと、常に思って管理に当たっています」

治療がうまくいかず、放鳥できないこともある。1月17日に救護された1羽は、足のけがのため餌が採れなくなり、衰弱したと見られた。1カ月ほどの栄養補給と安静で回復し、運ばれてきた時は420gしかなかった体重も700gほどに戻り、近く放鳥できると考えられていた。ところが、2月後半から少しずつ元気がなくなり、3月4日に亡くなった。
国立環境研究所が行った解剖検査の結果によると死因は腎不全が疑われるということだった。一時は回復に向かったものの、コブがある足で体を支えきれずに寝たきりになったことで再び食欲が落ち、脱水に陥ったことが原因と考えられるという。限られた設備の中では内臓の病変に気づくことは困難だが、狭いケージの中でその命を終わらせてしまったことへの悔いは大きい。

もちろん、もうダメだと思った鳥があっという間に回復して大空へ飛び立つ姿を見送ることもある。こうした経験をひとつ一つ積み重ねながら、土城獣医師は命の現場を見つめてきた。

「野生動物はすぐ死んじゃうので、はじめは本当にわからないことばっかりで。それでも先輩の先生に聞きながらやってましたけど」

野生動物の治療は、ペット診療とは全く異なる。人慣れをさせないため、治療や検査は必要最小限にとどめる。治療によるストレスで死んでしまうこともあり、「これ以上はダメだ」という一線を見極める感覚も必要だという。日本では野生動物医療が職業として成り立っている例はほとんどなく、土城獣医師自身も報酬はなく、後継者も見当たらない。

【 動物の生き方にひかれ、「ありのままの動物」がいる石垣へ 】
土城獣医師は、3歳の時に河原で拾ったウズラのひなを育てたことがきっかけで動物に興味を持った。幼稚園児のころには動物に関わる仕事に就くことを決めていたという。

「人間界の生き方が難しすぎるって思っていて、動物のストレートな生き方に何かヒントを求めるみたいな、そんな興味があった」

小学校の時に読んだ『シートン動物記』が、あまりに人間本位の描写が多いことに違和感を覚えた。やがてコンラート・ローレンツの『ソロモンの指輪 動物行動学入門』に出会い、人間の願望を含まない、動物そのものに対するフェアな目線に「これだ」と感じた。動物に関わる仕事として、研究にも生かせる医療を学ぼうと獣医師を志した。

やがて獣医師となり、富山や東京の動物病院に勤務するうちにペットブームが到来した。ペットビジネスが盛り上がるにつれ、医療現場も動物より獣医師や飼い主の願望を優先させるものになりつつあることに疑問を感じるようになる。

「動物の立場で考えたら、手術をしてもつらい時間が長くなるだけだったりすることがたくさんあった。自分は獣医師としてなるべく動物側についてあげたい、味方してあげたいなと思って」

独立を考え始めた30歳の時、学生時代からよく訪れていた石垣島に旅したことが転機となった。たまよせ動物病院を創業した玉代勢元太獣医師と出会い、島にはまだ「ありのままで生きている動物が多く残っている」と興味をおぼえ、2005年秋、島の獣医師となった。すぐに県の野生動物救護ドクターの認定を受け、野生動物救護に関わるようになる。

【 相次ぐ事故発生に苦心する現場 】
2月4日、また瀕死のカンムリワシが搬送されてきた。すでに満床を超えていたため、新たに段ボールで居場所をつくり、温めながら様子を見ることにした。さらに数日後、十分に回復したと見られていたリハビリケージの1羽の放鳥が失敗。予想外の困難が続いた。

「野生動物はこちらの都合で生きているわけではないですから、うまくいかなくても落ち込むことはないんですけど、今ちょっと(ケージが)過密になってしまっているので、この先どうするかは考えないといけない。広い場所があればなあ」。土城獣医師から、ため息がこぼれた。2月28日からは1日おきに救護要請が続いた。病院ではダンボールを活用し、リハビリケージでは短期間だけの約束でケージ内を布で仕切り、1部屋増やす裏技まで駆使して何とかしのいでいた。だが3月5日、「1日3羽が交通事故、そのうち2羽は死亡」という前代未聞の悲劇が起きた。これで環境省は「非常事態宣言」を出すのだが、その6日後にも1日で2羽のカンムリワシが事故に遭い、1羽は即死した(その後、「カンムリワシ交通事故非常事態宣言」は2022年3月31日に解除)。

土城獣医師はこの時のことを「このペースで来られたらもう、終わりだな、という気持ちしかなかったですね」と振り返る。有志による保護活動は限界を迎えていた。

【 人間社会と自然環境の新たな関わりを目指したい 】
目下の課題は、島で不足するリハビリケージの増設だ。島ではケージが設置されている「石垣やいま村」が主体となり、5月31日までクラウドファンディングで新設ケージの建設費用を募っている。
しかしカンムリワシの救護に関わる土城獣医師ら有志の願いは、一刻も早く島に専門的な野生動物保護施設をつくることだ。十分な数の救護スペースだけでなく、命は救えても自然に返すほどには回復できない鳥の居場所も確保する必要がある。自然には帰せない鳥の研究を後継者育成に生かすなど、研究教育機関としての機能も期待されている。

土城獣医師はこうした施設を、できれば行政だけでなく、島の民間企業がともに運営できるような道を模索したいという。そこに関わる全ての人に経済的な報酬が生まれ、持続可能なモデルを作ることが、いま最も必要なことだと考えているからだ。

クレジット

企画・撮影・編集 広田麻子
撮影(沖縄本島) 大浦康二
音響効果     猪俣功一
プロデューサー  前夷里枝

記事監修     国分高史

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