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「出張できない」出張料理人の戦い コロナ禍に届ける200円弁当にかけた想いとは?

細村舞衣映像ディレクター/編集マン

「アイデンティティーをかけた戦いだよ」――。無人島でも病院でも、呼ばれればどこでも駆けつけ、その場にぴったりな料理を作る。それが出張料理人、吉田友則(49)の仕事だ。イタリアの郷土料理を学んで磨いた腕と、出張先の食材を生かした料理が評判を呼び、約20年で全国3000カ所以上を飛び回ってきた。だが今年4月以降、コロナ禍で依頼のキャンセルが相次ぎ、「出張ができない」。今月19日には東京都内でも休業要請が全面解除されたが、飲食業界の危機は続く。「出張料理人として今、何ができるのか」。美味しい料理で人々を幸せにすることを、ひたむきに考え続けるシェフの姿を追った。

「子供たちへ届けた200円弁当」

2月末のこと。Facebookで吉田はこんな投稿をしていた。「もしお困りの方がいらしたら。遠慮なく声をかけてください。1食200円 困っているならお届けもしますので」新型コロナウイルスの感染者が増え、政府による学校の休校要請が出された直後のことだった。急な要請に仕事を休めない親を持ち、給食もなくご飯を食べられない子供たちがいるかもしれない。200円なら支払いに困らないだろうとこの値段にした。(※200円弁当は4月で終了。)
東京・羽村市に出張の拠点として構えるレストランを訪ねると、吉田は自家製パンチェッタやイタリアから取り寄せたチーズ、秘伝のフォンドボーを惜しげもなく使って弁当を作っていた。「これ、200円・・・ですよね?」と問いかけると、「出張料理人はおいしい料理で客を楽しませるのが仕事。出張できない今、どうやってみんなを楽しませることができるのか、これはアイデンティティーをかけた戦いなんだ」と答えた。

「 “お皿で届けてくれて嬉しかった” テイクアウト」

4月。東京都で緊急事態宣言が発令されると人々は自宅で過ごす自粛期間に入った。ニュースでは、経営不振に陥り閉店を余儀なくされた飲食店や、客が来ないならと始めたテイクアウトの様子が連日伝えられた。吉田も「シェフのまかないめし」という名前をつけたポークジンジャーライスや、クリームパスタのテイクアウトを始めていた。
 そんな最中、吉田をはっとさせたのは客の子供からの何気ない一言だった。「シェフ、お皿にごはんが載っていて嬉しかった」。自粛期間中にテイクアウトが続く子供にとって、皿に載った料理はレストランのごちそうに見えたのだろう。そんなささいなことが特別だったのだと気付かされた。以後、吉田は料理を皿で提供し、自ら出前のように回収してまわるようになった。

「給食用の玉ねぎ200キロをオニオンスープに」

5月になると、吉田は厨房でひたすら玉ねぎを刻んでいた。このころ、シェフの傍らにはいつも玉ねぎがうず高く積まれていた。給食で使うはずだった玉ねぎが行き場を失い、二束三文で売られているところを買い込んだのだと言う。売れなければ経済的に卸業者も農家も困るだろうと考え、毎日大量の玉ねぎを炒めてはオニオンスープに仕立てた。客には「鍋を持って買いに来てね」とFacebookで告知した。まるで昭和の豆腐屋のように、家から鍋を持って買いに来た客たちはウキウキして見えた。「あの時、コロナで大変だったけど、シェフのところに鍋持ってスープ買いに行ったよねと、いい思い出になれば」と吉田は笑っていた。

「お父さんが娘に作るオムライス」

「小学校を休校中の娘に美味しい料理を作ってあげたい。」ある日、吉田は電話で相談を受けていた。相手は10年以上の付き合いになる友人だった。在宅ワークが続く中、妻から「家にいるならお昼は作ってね」と要望され、プレッシャーを感じているという。加えて休校が続く愛娘に、何としても美味しいと言ってもらいたいとの相談だった。吉田は「在宅勤務に伴い家族の食事を作るのが大変だ」とテイクアウトに駆け込んで来た女性客の姿を思い出していた。「旦那さんが料理をするようになれば、奥さんも楽になるだろうに」。
 吉田は、テレビ電話を使ってリモートで友人に料理を教えることにした。メニューは、オムライス。上に載せるオムレツの材料は、卵と砂糖・塩だけ。工夫すれば、スフレのようにふわふわに仕上がるコツがあるという。奥さんにも子供にも喜ばれるだろうと考えた。「自分が作るわけじゃないけど、スマホの向こうに食べてもらいたい人がいて、喜んでもらえてっていうのはいいものだ」。吉田は久しぶりに出張した時に味わう喜びを感じていた。

「緊急事態宣言が解除されて改めて考える 料理とはー」

6月。緊急事態宣言が解除されると、少しずつ出張の依頼が戻ってきた。しかし、まだ戦いは終わっていない。「第二波、第三波があるかもしれない。飲食店がつらい時期はまだまだ続く。今度は、出張で出すようなコース料理を家庭に配達する、少人数のケータリングをやってみたい」。
 新型コロナウイルス感染症が流行の兆しを見せた2月から現在に到るまで4ヶ月。「美味しいは楽しい」を追求してきた吉田のもとには、やはり客が帰ってきつつあった。料理とはやはり人を幸せにするものだと、目の当たりにした日々だった。

クレジット

制作:株式会社ビデオユニテ 東京制作部

協力: 出張料理 きまぐれや

    コバラスキー by FOOD LABO.

    マリンFM 末飛登のWeekend Garage House.

映像ディレクター/編集マン

1989年生まれ。埼玉県行田市出身。読売テレビ「遠くへ行きたい」やテレビ朝日「食彩の王国」を制作。日本各地の漁業や農業の現場を訪ね歩き、漁船で荒波にもまれて魚を捕ったり、山村の棚田で稲刈りをしたり、生産者の苦労を肌で感じてきた。「本当に美味しいものを食卓に届けたい」という一次産業に携わる人々の想いや、それを表現する料理人の技をドキュメンタリーにしたい。好きな靴は長靴。いつでも、畑仕事手伝えます!