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生配信でセレブを目指す女性たち、中国でバブル状態の業界の今

Hu Xutongドキュメンタリー作家

「何を言えばいいかわからないよ…」。
スマートフォンの画面に映し出された濃い化粧をした女性が助けを求めるようにつぶやいた。ネット生配信デビューの一幕だ。中国ではこうした生配信を行う業界全体の年間売上は4400億円に近づき、バブルの様相を呈している。1分間で1500万円稼ぐ人気配信者も現れ、業界の門をたたく女性はあとを絶たない。彼女たちはなぜカメラの前に立つのか。配信を始めた2人の女性のドキュメンタリー映像から探った。

「信じたいけど 疑ってしまう 好きだよ」
と2008年に流行した台湾の歌手の曲を歌うのは人気急上昇中の配信者、朱子萱さん(21)。生歌唱だけでなく、「髪が長いのが好きなの?私みたいな?」などとネット上の視聴者とやり取りも交わす。視聴者から課金アイテムが送られると、朱さんはすかさず「ギフトありがとう」と手でハートを作り、微笑んだ。この日、たった3時間の配信で送られたギフトの総額2万円に上った。
中国で女性がネット上で生放送を行い、視聴者が課金アイテムをギフトとして送るサービスが産声を上げたのは2015年。昨年には、人気配信者がネット通販の大規模セール日「独身の日」に5時間で11億円の売上を叩き出すなど業界の影響力はとどまるところを知らない。生放送を行う企業は300社を越え、年間売上は計4400億円に上り、業界は空前のバブル状態ともいえるほどの活況を呈している。
同時に配信者も社会的に地位が確立され始めた。トップクラスの人気を誇る配信者は生配信中に宣伝した商品が爆発的に売れるなどすることから、「網紅」と称されインフルエンサーとしてセレブ同然の扱いを受けるほどだ。また、生放送の配信者は「主播(ネットキャスター)」と呼ばれる新職種として認知が広がっている。

中国のネット上では女性たちが日夜しのぎを削り合う裏で、過激な内容が配信されることも少なくない。
「この業界は政府から厳格に管理されている。例えば性的なこととか過激なことはしてはいけない」。
昨年11月に生配信サービスを立ち上げた劉國強CEOは毎回、新たに加わった女性たちにこう呼びかけている。視聴者数を増やすために、性的な表現やギャンブル、薬物といった違法な行為に手を出す女性もいるからだ。こうした配信は社会問題化しており、政府が目を光らせている。
しかし、この業界の門をたたく女性はあとを絶たない。オウカカさん(22)もその一人だ。美容外科で看護師をしていたが、転職を決意し、「自分にチャレンジがしたい」と業界に飛び込んだ。
入社後すぐに教わるのは人気になる秘訣だ。「メイクは濃いほうが良い」、「薄い色の服装だと、顔がきれいに映る」。スタッフから教わることは座り方やカメラの写り方、話す内容など細部に及んだ。入社してから、2日で挑んだ初の配信。小さな一室でスポットライトを浴びながら、緊張した面持ちで話し始めた。
「こんにちは、私はオウカカです。22歳です」。
事前に事細かな説明を受けたはずでも、頭の中はすぐに真っ白に。思わず、不安が漏れる。「何を言えば良いんだろう。何を言えばいいかわからないよ…」。ついには「下書きを準備しておけばよかった」と本音を吐露した。
はじめての配信は失敗に終わった。今も諦めずに続けて、少しずつファンが増え、着実に人気者の道を進んでいるという。

中国で網紅や主播として活動している人は100万人を超え、ファン数は6億に達するほどになった中国の生配信業界。配信者の8割が女性で、容姿が整っている、歌が上手いだけでは生き残れない厳しい世界になっている。女性たちは食レポやゲームの実況、メイクの実演などいろいろな企画を立てて配信していかないとすぐにファンが離れてしまう。ファンがいないと食っていけないだけに、常に不安に追われ続けている。
また、配信時間の平均は1日3~4時間。その間、視聴者と話して、笑顔を居続けることを強いられ続ける。女性の多くはかなりのストレスを抱えているという。
それでも、朱さんは生放送を「好きです」と断言する。朱さんはほぼ毎日7時間、カメラに向かう。機材やギターやソファなどが所狭しと並ぶ部屋から見知らぬ人々とコミュニケーションを取り続けている。1日の3分の1近くを配信に費やしても、「人生はいろいろな挑戦があって、その中で私はエンジョイしている」から耐えられるのだという。
「どうせ遊びみたいなものだからね」。朱さんはおどけた笑顔を見せ、軽い足取りで小さな部屋に入っていった。

ドキュメンタリー作家

1995年生まれ、中国出身。日本映画大学に入学。現在はドキュメンタリーの制作をしている。