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「戦いは英雄を生んだだけ」クルド人自治区で“普通”の人々がそれでも戦う理由

日向史有

ドキュメンタリーディレクター

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 「IS(イスラム国)の兵士の死体を見た時、とてもうれしかった」
 イラク北部・クルド人自治区を守る自治部隊「ペシュメルガ」の青年兵士、タシン(27)はそう話す。タシンは、シンガル地方で、一介の自動車修理工をしていた。だが、2014年に自分の故郷がISに襲撃されると、武器を手に取り、ペシュメルガの一員としてISと戦う決意をした。2017年にイラクのアバディ首相(当時)は「イラク全土をISから解放した」と勝利宣言したが、ISによる攻撃の傷跡は今なお深く残っている。元々は「普通」の生活を営んでいた人間が、なぜ武器を取り戦うことを選んだのか。そして、戦いは人々に何をもたらしたのか。現地を取材した。

■イラク・クルド人自治区の英雄「ペシュメルガ」とは
 筆者の私が初めてイラクに渡ったのは2018年10月。航空チケットは、拍子抜けするほど簡単に手配できた。
それは「イラク」という響きに私が抱いていた「危険で入国が困難な国」というイメージからはかけ離れていた。「こんなに簡単にイラクに行っても大丈夫なのか?」。外務省の安全情報を確認し、現地のコーディネーター、知人のジャーナリストからできるかぎりの情報をかき集めた。危険は少なそうだと判断し、渡航を決めた。

 クルド人自治区の北部、ドホーク県でひとりの青年と会う約束を取りつけた。「エジアンキャンプに来てほしい」。指定された場所は避難民キャンプだった。青年は「ペシュメルガ」というクルド人自治区の自治部隊に所属していた。ペシュメルガとは、クルド語で「死に向かう者」を意味する軍事組織であり、もとはオスマン帝国が滅亡(1922年)した後に形成されたイラクの反政府ゲリラである。この集団(部隊)が、イラクでクルド人の自治が認められた1990年頃から次第に組織化され、現在ではおよそ20万人規模と言われている。

 市民のあいだでは「ISから自由を取り戻してくれた英雄」と称える声が多く聞かれる。そんなペシュメルガ兵士が、なぜ難民キャンプで暮らしているのか。そこから取材が始まった。

■「邪教徒」としてISの標的にされたクルド少数派・ヤズディ教
 エジアン避難民キャンプを訪ねると、1万4千人を超す人々がテントで生活をしていた。その多くが「ヤズディ教徒」だという。イスラム教スンニ派が多いクルド人の中でもヤズディ教徒は少数派だ。ヤズディ教徒たちは、シリア国境に近いシンガル地方(一般的に「シンジャール」と呼ばれるが、クルド語の発音に合わせて「シンガル」と表記する)に多く暮らしていた。2014年8月、そのシンガル地方でISによる虐殺が起きる。「邪教徒」とみなされ、標的にされたのである。シンガル地方といえば、2018年にノーベル平和賞を受賞したナディア・ムラド氏の故郷でもある。ナディア氏はISに家族を殺され、奴隷とされた自身の体験を実名で世界に告発した。

 クルド人自治区のドホーク県が発行する資料(IDPs and refugees in Duhok Governorate Jan,2018)によると、2018年時点でドホーク県には難民キャンプが27カ所あった。そのうち4カ所はシリア人など外国から逃れてきた難民のキャンプ。残り23カ所はクルド人自治区内で、故郷を失った国内避難民のためのキャンプだ。避難民の総数は16万人を超え、うち15万人がヤズディ教徒で占められている。私が出会った青年兵士もそのひとりである。

■シンガル地方をISが侵攻、5000人の虐殺も 「故郷には何も残らなかった」
 青年兵士の名はタシン。ISにより故郷を破壊され、妻シティと2人の子どもとともに、北東に100キロ以上離れた現在のキャンプに逃れてきた。タシンのテントを訪ねると、食料が手に入りにくい中、フルーツを大皿に盛りつけて歓迎してくれた。
 しばらくすると妻のシティが、故郷の写真を取り出す。「ISに奪われなかったから、写真は持ってくることができました」と微笑む。「写真は、幸せをくれるんだ」と、タシンも懐かしそうにシンガルで暮らした当時の写真を見つめた。同級生と肩を組む姿や、夫婦のデートや結婚式の様子が写されていた。2人で筆者に見せる写真を選びながら、「一番良い写真を見せよう」「写真のシャツは君からのプレゼントだね」などと笑い合う。私の目の前にいる夫婦は、どこの国にもいるであろう若い夫婦の姿だった。
 タシンは故郷で、自動車の修理工として暮らしていた。タンカーの運転手をしていた父と自動車の修理工だった兄から技術を学んだという。シティとは2007年頃に知り合う。兄の勧めもあって2010年、18歳で結婚した。ISによる虐殺が起こる以前の故郷を「世界で一番美しい場所だった」とつぶやいた。
シンガル地方にISが侵攻したのは、2014年8月。タシンたちが結婚して4年後のことだった。黒服姿の兵士が、彼らの自宅に押し入り、イスラム教への改宗を迫ってきたという。シティは「改宗するから殺さないでほしい」と懇願した。ISからの脅迫の隙をつき、シティは幸運にも山に逃れることができた。その時、タシンは別の場所で戦闘に参加しており不在だった。夫婦が互いの無事を確認できたのは一週間後だった。
 このISの侵攻では、シンガル地方では5000人を超すヤジディ教徒が殺され、子どもや女性ら7000人が奴隷として連れ去られたとされる。タシンの兄もISとの戦闘に参加し、殺された。「ISは土地を奪い、同胞を殺し、女性たちを連れ去った。(故郷には)何一つ残らなかった」とタシンはまっすぐに私を見つめて言った。

■「私たちの戦争は勝つか負けるかではない」 タシンたちが武器を取る理由
 タシンはなぜ武器を取り、戦うのだろうか。
 10歳の頃に彼の父親がテロリストに殺された。「学生時代からペシュメルガに憧れていた」自動車の修理工として働きながら、予備兵としてペシュメルガに入隊。2014年、ISの勢力拡大に危機感を抱き、正式な兵士となった。
 「誇り高く死にたい。英雄として」。そう語るタシンは、難民キャンプに逃れてからも、ペシュメルガの一員としてISと戦い続けた。「どの戦場にも向かいました。パーティーに行くように高揚して」と誇らしげに話す。カラシニコフやBKC(機関銃)、デシーカ(重機関銃)など、どんな武器ででも戦ったという。
「ISの死体を見た時、とても嬉しかった」ともタシンは言った。生まれた時から周辺地域のどこかでは、いつも戦争があり、日常生活の一部が「戦争」と「死」で記憶されている。故郷での幸せな日々さえも、ISに破壊された。「IS」はタシンにとって、「人間」ではなく、残忍さや野蛮さを象徴する「記号」だったのかもしれない。
「ISとの戦いで何を得ましたか」と私は尋ねた。タシンは答える。「何千人もの英雄が生まれました。でも愛した人たちが殉教してしまった。それだけです。私たちの戦争は勝ち負けではないのです。戦うしかないのです。奪われたものを取り戻すには戦うしか道がないのです」

■今なお終わらないISによる虐殺の苦しみ
 2017年、イラクのアバディ首相(当時)はISに対する勝利を宣言した。しかし、タシン一家は故郷に帰ることができない。なぜなら、ISが残した地雷が今もシンガル地方のいたる所に埋まっており、安全ではないからだ。それからシンガル地方には、イラク軍やISの残党、シリアやトルコなどの勢力が競り合って進出していて、情勢は今なお不安定だ。それに、タシンとシティの新居も瓦礫に埋もれている。「いつか一緒に、シンガルに帰ろう。何かに恐れることなく暮らしたい」。そうタシンが語りかけると、シティは「難しいよ。あそこにはいろんな勢力がいるから」と答えた。ISによる「虐殺」の傷は、6年経った今も癒えていないのだ。
 タシンは自動車の修理技術を生かし、ペシュメルガで軍用車両の点検や修理、運転手などを担う車両部に所属している。しかし再び戦闘が起きれば、また戦場に向かう可能性もある。

 2020年、タシンたちはいまだにキャンプで暮らしている。ただ、ひとつ、変わったことがある。それはタシンの故郷に対する思いだ。以前はシンガル地方に帰ることを望んでいたが、今は欧州に渡りたいという。キャンプに逃れてすでに6年が経過した。だが故郷のシンガル地方の治安は相変わらず不安定なままだ。
欧州行きを望む理由を尋ねると、「子どもは学校に通え、病気になったらすぐに病院に行くことができる。空腹で悩むこともない。欧州には全てがある。それに、もう故郷に未来はない。未練は捨てるよ」という答えが返ってきた。そして、「欧州なら、家族を殺される心配もない。私が誰かを殺さなくてすむ」と。

 タシンはその理由について多くを語らなかった。「いつか故郷に帰ることができる」という希望にすがり続けることに疲れたのかもしれない。そして、終わりの見えない戦いに、この土地で生きる気力を折られてしまったのかもしれない。
他方で、私には、「新しい人生」を生きる決意を抱いたようにも思えた。それは、「国家」や「民族」という大きなものの為に戦ってきた彼が、「タシン」という個人の人生を家族と共に生きようとする決意だ。「欧州に行きたいと」語る彼の言葉は静かだった。だが、とても力強い意志の力を感じた。

クレジット

プロデューサー:牧 哲雄・井手 麻里子
コーディネーション:テリー・バルワリ(Telly Barwari)
翻訳監修:ワッカス・チョーラク(Vakkas Colak)
EED/MA:織山臨太郎
協力:M Bekas・於保清見
演出・撮影・編集:日向 史有

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