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「踊れ!一歩前へ踏み出そう」 コロナ禍の中、ギネス世界記録に挑んだ中野駅前大盆踊り大会の100日。

イノマタトシ映像作家・CMディレクター・映画監督

新型コロナウィルスの流行で2020年から多くの盆踊り大会が中止に追い込まれていた。その中で盆踊り大会を復活させ、東京音頭でギネス世界記録に挑戦しようとした踊り手がいた。鳳蝶美成(アゲハビジョウ)。彼は、東京 2020 オリンピック競技大会の閉会式で自らのチームを率いて東京音頭を指導・踊った鳳蝶流家元だ。関東大震災の復興からの復活を祈願して作られた東京音頭を多くの人とともに踊ることで、コロナ禍からの復活を果たし「盆踊りで日本を元気づけたい」と挑んだ、3ヶ月間の挑戦を追った。

「生演奏で盆踊り大会をやりたい!」
2022年4月、パンデミックは収まりかけているようにみえた。鳳蝶美成は地元の中野で盆踊り大会を主催して10年になる。彼が盆踊りに目覚めるきっかけになったのは、郡上八幡の郡上踊りだった。大学の卒論のために訪れた郡上八幡で彼が目にしたのは、生演奏に合わせて、たくさんの若い人たちが参加する盆踊り大会だった。その賑わいとエネルギーに圧倒された。美成は、地元東京でもそんな生演奏の盆踊り大会をやりたいと10年前、勤めていた呉服屋を辞め、盆踊り大会を主催した。地元中野民謡連盟の当時の会長藤本生日和さんを訪ねた。「生演奏で盆踊りをやりたい」という美成に生日和会長は「あらいいわね、やりましょう!」と快諾してくれた。そして実現したのが、中野駅前大盆踊り大会だった。

「盆ジョビがネットで話題に!」
最初は小さな街の盆踊り大会だったが、2018年、DJ Cellyがボン・ジョビの曲をかけ、それに合わせて美成たちが盆踊りを踊ったのがネットで話題になり、その噂がボン・ジョビ本人にも届いた。ボン・ジョビがリツィートしてくれたことで、火がついた(その様子をツイートしたアクセスは現在500万超)。中野駅前盆踊りは一躍、若者たちの間で話題となり、中野を代表する夏のイベントに成長していった。翌年2019年にはTRFのDJ KOOもDJとして参戦。1万人を越える参加者を集めるようになった。しかし、2020年、パンデミックが盆踊り大会を襲った。野外でたくさんの人を集める盆踊り大会はできなくなった。それでも美成は諦めなかった。会場を室内に移してソーシャルディスタンスを保って開催しネットで配信した。

「毎日、盆踊りを届けよう!」
コロナ禍で、非常事態宣言が東京にも出た。盆踊り教室は開けなくなった。それでも何かできることがあるんじゃないか。
美成はYouTubeで誰もいない稽古場で一人盆踊りを踊り、50日間配信を続けた。今まで、盆踊りの映像がYouTubeで流れることは少なかった。民謡業界からは賛否が噴出したが、コロナ禍での配信は受け入れられた。ネットで盆踊りを配信したことで「盆踊りといえば、美成」と少しずつ評判も広がり、T VやC Mなどのメディアからのオファーも増えていった。中でも、auのTVCMで三太郎音頭を振り付け、自らCMにも出演して話題になった。

「東京2020オリンピック閉会式で東京音頭を踊る、鳥肌がたった!」
2021年4月、その話が来た時、最初は信じられなかった。コロナ詐欺じゃないかと疑ったが、それは正式なオファーだった。閉会式まで、3ヶ月あまり、大急ぎで踊り手を集め、練習会を開いた。閉会式で踊ることは守秘義務が課せられた。踊りの師匠の母にも伏せて、練習会を開いた。母親に伝えたのは、直前のことだった。何度も母から「本当にオリンピックで踊るの?」と聞かれたという。母親と一緒に国立競技場という最高舞台に立って、夢中で踊った東京音頭。盆踊りにこだわり、東京音頭の普及に努めてきた美成にとって、それは長年の努力が結実した瞬間だった。

「盆踊り大会を復活させ、東京音頭でギネスに挑戦する!」
2020年パンデミック以来、ほとんどの盆踊り大会が中止され、盆踊り大会自体の継続も危ぶまれる状況の中、野外での本格的盆踊り大会を復活させ、さらにギネス世界記録に盆踊りで挑戦すると美成は2022年頭に宣言した。最初、みんなに反対されたが、美成の熱情に次第に応援してくれる仲間も増えていった。「世界記録が目的じゃない!」と美成は言う。この挑戦をきっかけに日本を元気にしたい。東京音頭はそもそも、関東大震災で被災した東京の復興を願って作られた丸の内音頭がもとで生まれた唄と踊りだ。その当時もスペイン風邪の流行があり、第一次世界大戦後の世界大恐慌と世界情勢も現代に通じるものがある。「今、東京音頭で疲弊した日本を元気にしたい!みんなが前を向いて踏み出せる」そのための旗印にギネス挑戦と盆踊り大会がなればと考えた。
「あえて、逆境の今だからこそ、挑む甲斐がある。誰かがこの閉塞感のある日本に風穴を開けなければいけない。」たとえ、批判を受けてもやり抜くと美成は優しい笑顔でその覚悟を語った。
2022年、鳳蝶美成の暑い夏が始まった。

パンデミック第7波が、盆踊り大会とギネス挑戦を襲った。
7月中旬から次第に増えたコロナ感染者が連日記録を更新、盆踊り大会が開催される8月6、7日あたりにピークを迎えるという。小学校でも感染者が急増、学級閉鎖が相次ぎ、盆踊りの練習会も中止になった。ギネス挑戦の参加者の中には高齢者も多く、参加をキャンセルするグループが現れた。
7月21日、美成はギネスの会場となる中野セントラルパークにいた。
苦渋の決断をする時が来た。ギネス挑戦は来年に延期するが、中野駅前大盆踊り大会は感染対策をしっかりやって開催する。その決定に実行委員の中には「責任持てない」と協力を辞退する仲間も現れた。しかし、盆踊り大会は絶対にやる!
「この燈を消したら、日本はまた、逆戻りしてしまう。」不安を抱えての開催に向けて美成は、走り出した。

「しっかり感染対策をして盆踊り大会を実現させる。」
実行委員会は具体的な感染対策をどうするか紛糾したが、美成は「できる対策は全てやる」方針で自ら先頭に立って準備をした。会場をフェンスで囲み、検温・アルコール消毒をした人に腕にテープを巻いてもらう、屋台の列や密集が懸念されるところにはソーシャルディスタンスの取れるようテープを貼り、入場制限もできるようにガードマンを配置した。2022年8月に入り、連日の感染者更新のニュースに来場者が本当に来るのか不安もあったが、用意した1万のテープは初日でなくなり、急遽追加する事態に。
「この人出を見るとやっぱり、元気づけになったのか」と予想を遥かに上回る来場者に実行委員は嬉しい悲鳴をあげた。
DJ KOOも「コロナ禍ではあるが、久々の開催にみんなで元気にやっていこうというのが凄い伝わってきた。」と熱く語った。
2日目の来場者は1万人を越え、盆踊り大会の開催が人々に求められていたことを実感した。
「本当にとても大変な決断でした」と苦労を語る美成の顔には清々しい笑顔があった。
しかし、彼の挑戦はまだ、終わらない。
祭の翌日、後片付けの終わった鳳蝶美成は来年の世界記録達成に向けて、再び踊りはじめた。

受賞歴

映画
「OYAKO present to the future」2015 International Film Award Berlin Festival /Best Documentary受賞
テレビ番組
NHK World Forbidden Kyoto「禁断の京都」シリーズ、シカゴ映画祭 テレビ部門銀賞受賞
TVCM
HITACH / Panasonic カンヌ国際広告賞ブロンズ受賞 など。

クレジット

監督・撮影・編集:イノマタトシ(猪股敏郎)
プロデューサー:井手麻里子
撮影:黒田大介・榊原優生
写真提供:杉浦弘太郎
M Aミキサー:柳田敬太
協力:鳳蝶会・日本盆踊り協会・中野区民謡連盟

映像作家・CMディレクター・映画監督

TVCM制作会社ティ・ワイ・オーを経てフリーディレクターとして活躍。数百本のTVCMを企画演出。様々な広告賞を受賞。CM以外にもテレビ番組や映画、PV、Web Movieなどを監督。高い評価を得ている。テレビ番組では、フジテレビ「世にも奇妙な物語」などからNHKのドキュメンタリー番組まで幅広く演出。NHK Forbidden KYOTO(禁断の京都)で、シカゴ映画祭 テレビ部門銀賞。ドキュメンタリー映画「OYAKO」International Film Awards Berlin Best Documentary賞など受賞をしている。

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