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「なくした友達の代わりはない」14歳がカメラで映し出した被災後のトルコ

伊藤詩織ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

「人は死んだし、僕も、あなたも、みんないずれ死ぬ。神だけが知るのみだ」。14歳の男の子にとって、死はとても近い存在になった。2023年2月6日午前4時、トルコシリア大地震が発生した。5万6千人以上が命を落とし、トルコでは今でも250万を超える人たちがテントで避難生活を余儀なくされている。地震発生から1カ月半たった頃、倒壊した家屋やビルのはざまをジャングルジムのように軽々と飛び回り、近所の住人の遺品探しを手伝っていた14歳のエフェくんに出会った。そしてある日、エフェくんはカメラを手にとった。彼の目線から映し出される震災後の世界とは。

<エフェくんとの出会い>
シリア国境に近いトルコ南部のハタイ県にある地中海沿岸の港町イスケンデルンは、大きな被害を受けた。3月21日に街に入ると、瓦礫(がれき)の撤去や傾いた建物の取り壊し、壊れた家から愛する人の遺品や家財を運び出す人の姿が見受けられた。倒壊しかけている家の中に、小さな体でひょいっと瓦礫をかき分けながら、探し物をしている男の子がいた。14歳のエフェくんだ。

今にもつぶれそうなその家は、エフェくんの自宅ではない近所の家。そこでは、住んでいた男性とその息子がエフェくんの助けを借り、亡くなった妻の形見となりそうな「日常のかけら」を探していた。

エフェくんが、きれいな箱に入った香水を見つけた。「妻が使っていたものなんだ」と、男性は大切そうに手に包む。「今は形見になってしまった」

私たちが街でさまざまな人たちに話を聞いていると、遺品探しを手伝い終えたエフェくんが、弟のデニスくんを抱いて私たちを探しに来た。さっきまで瓦礫の中で黙って手伝いをしていたエフェくんが、少しずつ自分のことを語り出した。

「地震が起きてなかったら、みんな今でも生きていて、変わらず一緒に学校にいけるのに」

それまで遊んでいた公園を見せたいと、エフェくんは私たちを案内してくれた。友達との思い出がたくさんつまった公園は、瓦礫の山になっていた。エフェくんは2つに割れた滑り台を指差しながら、かすかに面影が残るかつての公園について語り始めた。

「親友が死んじゃったんだ。いつも一緒にネットカフェでゲームしたり、サッカーしたりしてた友達。彼の体はおへそのところから2つにちぎれちゃったんだ」

<エフェくんカメラマンになる>
エフェくんは、私たちが見かける時はいつも瓦礫の撤去や家財道具の運び出しに忙しい両親に代わって妹や弟の面倒をみているか、近所の手伝いをしていた。ある時、1人になったエフェくんが、私たちに「カメラの使い方を教えてほしい」と言ってきた。

1眼レフのカメラは、エフェくんの手には少し大きかった。それでもファインダーをのぞいては、ワクワクした様子でいろいろなものを撮影し始めた。

次の朝、小さくて使いやすい「GoPro」を渡すと、「これで街中を撮影したい!」と目を輝かせた。その日からエフェくんは、自分の時間を見つけてはGoProを手に、自分の中の街の記憶やお気に入りの場所を映し始めた。

友達とサッカーボールを追いかけた小道、もうクラスメイトが集まることはない学校、壊れたものをなんでも直せるシリア人の修理屋、世界一おいしいケバブ屋の優しい目をした店主、避難テントでいっぱいになった公園で踊る子どもたち。その映像には、14歳のエフェくんの視点からのぞいた震災後の世界が映し出されていた。この世を去った友達、この街を去った友達、そして自分の思う「ホーム」について、カメラを手に少しずつ語った言葉も記録されている。

エフェくんは、両親と妹、弟の5人家族。母は妊娠中で、もうすぐ新しい家族が増える予定なのだという。震災直後はテント生活をしていたが、大雨や寒さで弟のデニスが病気になってしまったことや妊娠中の母の負担も考慮し、今はモスクで避難生活をしている。

ただ、家族は近いうちにモスクを離れなくてはならない。イスラム教徒に礼拝を呼びかける「アザーン」が流されるミナレット(塔)が、いつ倒壊するかわからないからだ。モスクには10年前にシリアから戦火を逃れ避難してきた家族も一緒に暮らしている。シリア人女性は「地震は天災で神がきめたこと。でも、戦争はアサド政権が決めたこと」と話す。家を失ったことは同じでも、その責任のありかは違うのだという。

取材中、私たちはたくさんの人から「震災前のイスケンデルンに遊びにきてほしかった」と聞かされた。地中海に面するこの美しい港町は、彼らの自慢の街だったのだ。

<人災だったのか>
トルコは地震の多い国で、1999年の大地震では1万7千人の命が奪われた。それを機に定められた新たな耐震基準は、「世界最高に近い」と言われている。しかし、今回の地震での死者の多さの原因のひとつは、多くの建物が耐震基準を満たしていなかったからだと指摘されている。政府も耐震基準にのっとった適切な安全対策をとらなかったと見られ、「人災」との見方が強い。人口密集地で発生したため救助活動の手が足りず、適切なインフラや緊急時の備えがなかったことも死者が増えた要因に挙げられている。

不適切な建築が許されてしまったのは汚職が大きな要因であったとの報告もある。多くの建物が適切な許可や検査を受けずに建てられ、基準以下の材料が使われたケースもあったという。英国BBC放送は、前回の大統領選が行われた2018年にはこうした許可や検査の免除申請が全国で700万件以上あったと報じている。これらの報道を受け、エルドアン政権への批判も高まっている。

同様の被害が発生しないよう、こうした構造的な問題への対処が求められる中で実施されたのが、大統領選挙だ。

2023年5月14日の第1回投票では、2003年から20年にわたって政権の座にあった現職のエルドアン氏と、6つの野党の統一候補として初めて立候補したクルチダルオール氏との接戦となった。両候補とも当選に必要な過半数には届かず、5月28日に決選投票が行われる見通しだ。復興の行方を左右しかねないその結果に、世界の注目が集まっている。
<大統領選の先には>
接戦の翌週、5月18日の為替市場では、トルコリラが1ドル=19.8050リラまで下落し、史上最安値を更新した。苦戦が予想された現職のエルドアン氏が想定外の強さを見せたことが影響したと見れられる。

エルドアン政権が低金利政策に固執した結果、トルコではこのところインフレ率が急上昇していた。昨年は85%に達し、トルコリラの対ドル価値が5年間で80%も下落していた末の安値更新だった。エフェの母も、牛乳の価格が以前に比べ2倍以上も上がったため、最近ではなかなか手が出ないと言っていた。

どちらが大統領になるにせよ、経済は長らく続いているインフレと震災による打撃からどう抜け出すかが大きな課題になる。 クルチダルオール氏はインフレ率の低下、汚職の撲滅を約束している。教育の充実、中央銀行の独立性の回復、議会の権限回復を公約に掲げ、長らく続いたエルドアン時代からの脱却を訴えている。
外交面では、エルドアン氏がロシアのプーチン大統領と親密であることから、トルコはNATO加盟国の中で特異な存在と見られてきた。クルチダルオール氏は西側諸国との関係改善を主張しており、政権交代となれば外交政策にも変化が生まれるだろう。

<エフェの街はこれから>
「生き残った友達は街の外に逃げていっちゃった」

エフェには命を失ってしまった友達だけではなく、ほかの街へ避難したり移住したりしたことで会えなくなってしまった友達もいる。

トルコのアンカラ・ユルドゥルム・ベヤジット大学の調査によると、3月の地震発生から1カ月ほどたった時点で330万人が被災地を離れ、戻ってきた人は10%に満たないという。

「来年もまた遊びにきてね! 新しいおうちに引っ越したら、ちゃんとお母さんのごちそうでおもてなししたいから」

別れ際にエフェくんは、こう言って私たちに手を振った。1年後、イスケンデルンでエフェくんはどんな暮らしを送っているのだろう。学校は再開され、友達は戻ってくるのだろうか。

「新しい友達はきっとできるけど、なくした友達の代わりには絶対にならない」
新しい大統領が選ばれるその先には、これからの時代を生き抜いていく子どもたちの存在があることを忘れてはならない。

クレジット

Directed and Filmed by
SHIORI ITO

Edited by
TAKAHIRO KAWANA

Editing Consulted by
YUTA OKAMURA

Produced by
MAI HOSOMURA

Executive Produced by
YUSAKU KANAGAWA

Translated by
YAREN KARAIRAHIMOGL
FAITH SOLMAZ
EREN BUFURA BILER

Special Thanks
MOHAMMED EFE ASLAN
PEACE WINDS JAPAN

ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

イギリスを拠点にBBC、アルジャジーラなど主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2018年にHanashi Filmsを共同設立。初監督したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)がNew York Festivals で銀賞を受賞。著書の『Black Box』(文藝春秋社)は第7回自由報道協会賞で大賞を受賞し、6ヶ国語で翻訳される。2020年 「TIMEの世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。

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