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「故郷の森と東京の街は似ている」――建築家・藤本壮介が考える「自然と建築の間」

柿本ケンサク映像作家/写真家

建築家・藤本壮介。独創的ながら心地よい作品は国内外から注目され、世界各地で多数の大型プロジェクトが進行中だ。2025年の日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、会場デザインプロデューサーを務める。

この夏、東京で、雲の形をしたパビリオンを設置した。場所は、代々木公園の広場と高輪ゲートウェイ駅改札内の2カ所。同じ「雲」が自然の中と最新の駅舎に置かれることで、場所の違いが浮かび上がる。

北海道に育った藤本は、故郷の森と東京の街に共通点を見出しているという。藤本の目に、東京はどう映るのだろうか。

●東京は、唯一無二の街

「Cloud pavilion(雲のパビリオン)」は、Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「パビリオン・トウキョウ2021」というプロジェクトのために制作された。新国立競技場の周辺を中心とする複数の場所に、建築家やアーティストが建物やオブジェを設置する試みで、9月5日までの間、新たな都市の風景を提案する。

プロジェクトの中心人物は、現代アートの私立美術館・ワタリウム美術館を運営してきた和多利恵津子と和多利浩一だ。藤本は2010年にワタリウム美術館で、「山のような建築 雲のような建築 森のような建築」と題した個展を開催している。以来、和多利姉弟とさまざまな形で交流を続けてきた。今回の企画を持ち掛けられ、確実に面白くなると感じたという。

「東京の持つポテンシャル、面白さを、建築家や芸術家の視点から示すことができるのではないかと考えました」

東京を「唯一無二の街」だと語る。面白さをどのようなところに感じているのだろうか。

「巨大な都市でありながら、村みたいな人間らしいところが同居している。歩いていると、いろいろな小さいものがある。家の前に植木鉢があったり、自転車が停めてあったり、ちょっと看板が傾いていたり。そういう『ヒューマンスケール』でできている。それが集積していくうちに巨大なものになっているというのが、なんとも不思議な感じがします」

北海道旭川市に隣接する東神楽町で育ち、高校卒業後に上京した。山に囲まれ、水田と雑木林が点在している故郷と、大都市である東京。対照的にも思える場所だ。

「東京に来たとき、意外と快適だなと思ったんです。僕の実家はちょっとした崖の上にあって、崖一帯が雑木林だった。森の中で育ったようなものです。雑木林ですから巨木はなく、小さい枝とか葉っぱとか、そういうものでヒューマンスケールな場所ができている。故郷の森も東京のごちゃごちゃしている場所も、似ているなと思いました。森の中で木の間を抜けていくのも、路地を歩き回るのも、そんなに変わらない。それは自分にとって大きな発見でした」

自然の森と、人工物である建築や街がつながって感じられる。建築を作るとき、その感覚が根底にあるという。

「自然のものと人工のもの、新しい融合の仕方によって、これからの建築環境や都市環境が作れるのではないか。そんなことを考えて、ずっと建築をやっています。また、建築も街も人工物ですが、ちょっと違いますよね。最近は、建築と街と自然という三角形が溶け合って、われわれの生活環境を作っているんじゃないか、と考えています」

●雲はシンプルで究極の屋根

藤本にとって、雲は憧れのような存在だ。

「飛行機に乗っているとき、窓の外に雲が見える。つまり、雲に『外観』はあるわけですよね。その中にたまに飛行機が入っていく。すると、『内部空間』に入っているのだけれど、『壁』はない。三次元的に複雑で、ダイナミックな空間があるんです。建築では実現できないけれど、建築的な何かがあるような気がする。森もそうですが、常々いいなと思っています」

「建築とはなんだろう」と、いつも考えている。

「建築というのは建物のことだけれど、もっとさかのぼればどういうものなのか。われわれを覆っている大きな屋根とか雲みたいなものも建築だよな、と。雲はとてつもなく大きく、さまざまなものをすべて包み込んでしまうような建築です」

国境を越えて浮かぶ雲は、世界中の人々を包み込む大屋根でもある。そうして「パビリオン・トウキョウ2021」でも、雲が思い浮かんだ。

「夏だよな、日差しが強いよなと思ったとき、どんな場所があったら気持ちいいかな、と。やっぱり何か屋根がほしい。最もシンプルで究極の屋根は、雲だなと思いました」

「Cloud pavilion(雲のパビリオン)」は空気を常に送り込み、風船のように膨らませている。

「中にファンが設置してあって、空気をずっと送り込んでいるので、風船のようにパンと割れたりはしない。それを3本の脚で支えています。リアルに浮かんでいるよりも脚で支えているくらいが面白いかな、と。『雲』自体はとても軽いので、普通の建築や屋根を支えている脚よりは圧倒的に細く、普通ではあり得ないような支え方です」

建築を人がどう見るかは規定せず、開かれていることに喜びを感じるという。

「気楽に通り過ぎてもいいし、日陰として使ってもらってもいいし、写真を撮ってもいい。さりげなくそこにぷかぷかと浮かんでいて、奇妙なものだけれど、日常の中に位置づけられていると面白いなと思いますね」

和多利恵津子は、藤本の建築の特徴として「抽象性」を挙げる。

「一見ありそうに思うかもしれないけれど、人が気づかないような、抽象的な空間を作る。そこに行くと、ちょっと違うことに気がつくんです。雲というのは当たり前の存在だけれど、『Cloud pavilion(雲のパビリオン)』は実は全然違うもの。そこに入ることで、自分が日常で気づいていなかった夢のような世界に行ける。今回もすごく楽しいプロジェクトです」

どこへでも行ける「雲」を、代々木公園のパノラマ広場付近と、2020年に新しくできた高輪ゲートウェイ駅の改札内に設置した。「同じものでも周囲の環境が違えば、意味合いが違って見えてくる」と藤本は言う。「雲」の存在が場所の特性を引き立て、東京の風景を記憶に残す。

「Cloud pavilion(雲のパビリオン)」に、こう言葉を寄せている。

「外観があるが壁はなく、しかし内部空間は存在する。しかもその空間は三次元的に非常に複雑でダイナミック。建築では絶対に実現できない、しかし建築的な何かがあるように感じさせる存在が雲なのです」

クレジット

出演:藤本壮介
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/初鹿友美 
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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