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東京に息づく「植木鉢カルチャー」――建築家・藤原徹平が考える道の風景

柿本ケンサク映像作家/写真家

東京には、江戸時代から続く「植木鉢カルチャー」が根づいている――。そう語るのは、建築家・藤原徹平。この夏、東京・青山通りにある旧こどもの城前に「ストリート ガーデン シアター」と題して、植木鉢を用いたパビリオンを設置した。東京の街角で、たくさんの植木鉢が目に留まるのはなぜだろうか。

●「植木鉢カルチャー」は極小の都市計画

「東京の道を改めて歩いてみると、植木鉢がたくさん目につく。調べるうちに、東京は『植木鉢都市』なんだ、ということが見えてきました。江戸時代、大名たちが何百もの屋敷を構え、屋敷には必ず庭園がつくられていた。その一部が、新宿御苑、有栖川公園などの都市公園として残っています。江戸は『庭の都』『植物の都』でした」

大名だけではなく、長屋住まいの庶民も自分の「庭」を育んだ。

「大名が楽しんでいる庭園というものを、武士や庶民も楽しみたい、と。浅草の郊外では、今戸焼で安価な植木鉢をつくり始めた。浮世絵に、植木鉢を運ぶ行商人の姿が数多く描かれています。庭文化と行商文化が交差し、江戸の人たちは植木鉢の植物を楽しんでいたようです」

現在、路地に植木鉢が置かれているエリアの分布を調べると、駒込など、東京の東側が多いことが分かった。

「ソメイヨシノの発祥は駒込で、この辺りには植木職人が多かった。今戸焼は浅草郊外。その辺りを見ていくと、江戸時代から今に至るまで『植木鉢カルチャー』が脈々と息づいていることが分かってきます。これは東京のレガシーといえるのではないかと思いました」

植木鉢が東京の風景をつくってきた。

「これも一つの都市計画のようなもの。自分の家の周りを植木鉢によって庭園化していると考えると、誰でも参加できる『極小の都市計画』といえます」

●岡本太郎の建築と一緒に街を眺める

青山通りにある旧こどもの城前に設置した「ストリート ガーデン シアター」は、Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「パビリオン・トウキョウ2021」というプロジェクトのために企画された。建築家やアーティストが東京の各所に建物やオブジェをつくる試みで、オリンピック、パラリンピックの期間に合わせて9月5日まで設置される。当初は2020年の夏に行われるはずの企画だった。

「コロナ以前には、ストリート劇場をつくろうと思っていました。歌舞伎や能などの芸能は、もともと道端で行われていたもの。道は劇場の原点です。『道の劇場』のようなものをつくって、オリンピック期間中、アーティストやダンサーがパフォーマンスをしたら面白いのではないかと思っていた。でも、人が集まることが難しくなり、変更することにしました」

1年間かけてプランを練り直し、岡本太郎の彫刻「こどもの樹」を囲むように、木組みと植木鉢の草花が織りなすパビリオンを設計した。

「このパビリオンは、法律的にいうと『物見塔』というカテゴリーです。建築ではなく、工作物。何を見る塔かといえば、まずは街。息抜きにのぼってみて、ぼんやり街を眺めると、自分の時間の質が変化する。建築の力は、そういう時間の質を変えるところがあると思うんです。もう一つ見えるのは、岡本太郎の彫刻『こどもの樹』。こどもの城は東京の子どもの聖地みたいな場所だったけれど、長いこと壊すか保存するかという議論がありました。この彫刻は、その間ずっと放置され、仮囲いされていた。街の歴史をずっと見てきたすばらしい彫刻ですから、この彫刻の周りを祝福された場所に変えたいと思いました」

物見台にのぼり、岡本太郎の建築と一緒に街を眺めることができる。

「岡本太郎は『おばけ東京』と銘打って、50年代後半に東京を舞台にした都市計画構想を打ち出しました。東京全体を変えようとするのではなく、新しい東京を小さな島の中にみんなでつくっていこうという考えだった。今回の『パビリオン・トウキョウ2021』も似ているところがあると思います。建築家やアーティスト一人ひとりが小さなパビリオンを面白がってつくることで、いつか東京全体の可能性へと広がっていく」

●みんなで試行錯誤してつくる「庭」

藤原は、「道をつくることが、都市をつくること」だと考えている。

「大事なのは、道の文化。青山通りを歩いてきた時に、その道の風景の一つになればと思いました。このパビリオン自体も、ぐるぐると上までのぼっていく坂道になっています。その道沿いに植物が並んでいる」

植木鉢を載せた梁を「植木梁」と名づけた。

「植木梁に鉢を置くと、重さによって全体が固まってくるという構造です。いろんな方向に、床と植木鉢が立体的に重なっている。植木梁の上にも安全にのぼれるように設計しています。梁に、ちょこんと座ると自分の隣に植物がある。人間が座れるように、あえて植木鉢を置いていない箇所を設けました」

300鉢ほどの植木鉢を用意して、花や野菜などを育てた。中には借りてきた植物もある。

「『シアター』とタイトルに入れているとおり、借りてきた植物がこの『劇場』に『出演』しているという考え方です。どういう植物で、誰が育てたのかを記してあります。東京でみんながやっている小さな『都市計画』をこの場所に集められたらと思いました」

パビリオンに訪れた人も、植物に水やりすることができる。

「植木鉢文化は、庭を愛でるだけでなく、つくること。みんなで試行錯誤しながらつくっていくという、参加できるパビリオンにしたいと考えています。みんなで立体路地庭をつくる。これからも建築家としてこんな街にしたいということを実践していきたいです」

藤原は、「ストリート ガーデン シアター」にこう言葉を寄せた。

「植木は、東京という都市の最小スケールの秩序と言ってもよいかもしれない。このパビリオンを通じて、東京の植物と道にまつわる物語を提示しようと思う。東京という都市に脈々と流れる、植物と人間がつくってきた循環的な関係。ローム層の肥沃な土が可能にした、都市の路地裏で農を営む都市。このストリートパビリオンは、自分たちの日常をたくましく耕し続けてきた東京の市民文化に捧げられた、ひと夏の都市計画として提示される」

クレジット

出演:藤原徹平
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/初鹿友美 
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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