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『1964年の成功を再び』は害毒をもたらすのではないか?―現代美術家・会田誠が今の東京に捧げた「城」

柿本ケンサク映像作家/写真家

明治神宮外苑に忽然と現れた2つの城。いちょう並木の入口に、ダンボールとブルーシートの城がそびえる。現代美術家の会田誠が築いた「東京城」だ。会田は、美少女、戦争、サラリーマンといったさまざまなモチーフを取り上げ、多岐にわたる方法で作品を発表してきた。過激で痛烈な社会批評を含んだ表現が、議論を呼ぶことも多い。なぜ今、東京のど真ん中に、この城を作ったのだろうか。

●ホームレスの居場所に設置した「新宿城」

「東京だって、今日にでも直下型の地震が来るかもしれない。『一歩先は地獄かもしれない』とネガティブに考えたりするのが、僕の習い性なんですけど。ネガティブなことが起きた時にマシな精神状態でいられるように、つねに縁起の悪いことを考えておく。それはある意味ポジティブなことだと思うんです」

オリンピックが開催されていたエリアのすぐそばに、災害や貧困を想起させるダンボールとブルーシートの城が建っている。「東京城」は、会田がTokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「パビリオン・トウキョウ2021」というプロジェクトのために制作したものだ。オリンピック、パラリンピックが開催される9月5日までの間、この場所に設置される。

会田は当初、このプロジェクトに参加するかどうか迷ったという。オリンピックに直接関係がないとはいえ、その期間に合わせた企画だったからだ。

「もともとオリンピックには賛成ではないタイプでして。東京に招致しようとしている頃から、経済的に悪くなってきている今の日本で、『オリンピックさえ呼べばうまく行く』『1964年の成功を再び』という考え方自体が有効じゃないし、害毒をもたらすんじゃないかという予感がした。経済に詳しくないので、生活者の勘くらいのものですが。でも、オリンピックを讃えるようなものではなく、独立した文化の企画であることが確認できたので、参加することにしました」

取り掛かるにあたって、まずは設置場所を検討した。

「パッと浮かんだのが、聖徳記念絵画館の前の広場。明治天皇を顕彰するために建てられた、日本の近代絵画を考えるうえでも欠かせない、けれど近年はちょっと忘れられつつある建物。そこはあまりにオリンピックのメイン会場に近すぎて、関係者が使うスペースでダメだった。それで考えたのが、絵画館の前に続くいちょう並木と、青山通りにぶつかるT字路。あそこに石垣みたいな台があったなと」

いちょう並木の入口にある2つの石塁は、関東大震災後のバラック建設の指揮官だった建築構造家・佐野利器が、かつて江戸城を支えていた石垣を用いて建設したという。

この上に何を載せるか。自身が1995年に作った「新宿城」が頭に浮かんだ。

「新宿西口にある地下道に、『新宿城』というダンボールのお城を設置したんです。今回の城ほど大きくない、人が2、3人入れるくらいの。当時、そこにはホームレスが驚くほどたくさん、ダンボールのお家を作っていた。たいていは四角い箱状の。半地下で外気は通るんですけど、雨はしのげるところで。それを青島都知事が警察を使って排除しようとしていた。ダンボールハウスがすべてゴミ収集車に詰め込まれて処分される、その少し前に建てたのが『新宿城』でした。ホームレスへの同情とか応援とか社会的な義憤とかいうより、僕自身が極貧な駆け出しアーティストだったので、勝手にシンパシーを抱いていました」

●ダンボールとブルーシートの持つイメージ

新宿城を、違う形で復活させる。この25年ほどの間に起きた出来事――大震災、自然災害、オウム事件、原発事故、日本経済の衰退、そしてコロナ禍――を思いながら。ダンボールの城の隣には、ブルーシートの城を並べることにした。

「僕の場合、頭に最初にやってくるのはイメージ。社会的な題材を使うことが多いですが、そのイメージにあらかじめ社会的な意味性が内包されている。現物やテレビのニュースで見てきたダンボールやブルーシートにまつわる記憶は、そういう意味性を伴っていた」

ダンボールとブルーシートは、災害時に避難所などで使用されるイメージも強い。ともに廉価ながら丈夫な素材で、会田は以前から作品制作に使用してきた。「デビューの頃から貧乏だったので、素材にお金をかけないケチくさい作家で」と会田は言う。

こうして城のプランが固まると、「この場所でやりたい。ここが断られるなら、このお話はなかったことに、となっても仕方ない」と思った。プロジェクトの運営側が2年近くの交渉、調整を行い、ようやく明治神宮外苑、いちょう並木の入口に設置するゴーサインが出た。

「外苑の独特の空気感は感じていた。たぶんそれは日本の近代史と深い関わりがある。だからこそここでやってみたかった」

●恒久性とは真逆の仮設性、頼りなさ、ヘナチョコさ

「新宿城」は外ではあるものの、雨は吹き込まなかった。制作、設置は「『新宿城』の1000倍くらい大変だった」と言う。

「(これまでの作品は)屋外ものは数少ないですし、ある意味では今回初めてくらいで、美術館とか画廊のコンクリートのホワイトキューブにいかに自分が守られていたかよく分かりますね」

高さ2メートルの石塁の上に、ブルーシートの城は高さ約4メートル、ダンボールの城は約8メートル。ダンボールは水に強く燃えない製品を見つけ、工夫を凝らした。

「八百屋で古ダンボールを拾ってきて、1回濡らして、印刷されているほうの面を剥がす。そしてあるダンボールの会社から送ってもらった強化防水ダンボールに木工用ボンドで貼り付けて、乾いたら束にして、またその会社に送って。さらに上から防水加工してもらい、送り返されて、というものを素材として使っています」

2つの城は絵画館に向かう真っすぐな道を挟み、雨風にさらされながら立っている。堅牢な城ではないことが、逆説的に力強さを感じさせる。会田は「東京城」に、こう言葉を寄せた。

「強調したいのは恒久性とは真逆の仮設性、頼りなさ、ヘナチョコさ──しかしそれに頑張って耐えている健気な姿である。どうなるか、やってみなければわからない。一か八か作ってみる。それを現在の日本──東京に捧げたい」

クレジット

出演:会田誠
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/初鹿友美 
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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