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「歴史ある風景に溶け込む」――建築家・石上純也がつくる「古さを持つ新築」

柿本ケンサク映像作家/写真家

「東京の時間の重みと融合するものをつくりたい」。神奈川工科大学KAIT広場、アートビオトープ那須の「水庭」など、自然と調和した建築を多く手がける建築家・石上純也。石上はこの夏、東京・九段下にある古い邸宅の庭に「木陰雲」と題した「日除け」を設置した。「木陰雲」は新築でありながら、昔からそこにあるような趣を持つ。時間の重みをどうつくりあげたのだろうか。

●時間とともに、建築が周辺環境に馴染んでいく

東京・九段下に、昭和2年、実業家の山口萬吉によって建てられた邸宅がある。時代が移り変わり、周囲の建物が次々と建て替わるなか、「kudan house(旧山口萬吉邸)」は今も建築当時の姿を残している。

石上は、この邸宅内の「kudan house 庭園」に「木陰雲」というパビリオンをつくった。Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「パビリオン・トウキョウ2021」のために制作され、9月5日までの間、この場所に設置される。

「パビリオンは期間限定の建築です。新築されて2カ月ほどでなくなってしまうことに、寂しさを感じていて。建物の魅力は、時間の経過に伴って、周辺環境に馴染んでいくことにあると思います。時間が経つほど柔らかく馴染んで、周辺環境も取り込んだその建築の役割が見えてくる。だから今回のプロジェクトでも、短期間ではあるけれど、東京の時間の重みと融合するものをつくりたいと思いました」

「木陰雲」は木造の日除けで、穴の空いた木の屋根が庭園に設置されている。新しくできた屋根と柱、庭に生い茂る樹木は一体化し、ともに時を刻んできたかのように見える。

「新しい日除けが歴史ある風景に溶け込むように、新築であるにも関わらず、古さを持たせたいと考えました。木造の柱と屋根を庭いっぱいに計画し、その構造体を焼き杉の技術を用いて焼いています」

●昭和初期の庭をよみがえらせる

黒い屋根が大きく広がり、影のようになっている。これは、高層建築に囲まれた現代的な風景を消すためだ。

「邸宅が建てられた昭和初期、周辺に高層建築はなかったと思います。今は周りを囲んでいるので、庭から高層建築が見える。それを『影』で覆うことで、現代的な風景に邪魔されずに自然環境を感じることができます」

高層建築を見えなくすると、建物と庭の関係は変化する。

「もともと大きな邸宅にかわいらしい日本庭園があり、そのスケール感でバランスが取れていた。ところが高層建築が建ったことで、庭が極小に見えるようになってしまった。屋根を張って周辺の建物を見えなくすることで、建築当時の庭と建物の関係性を、もう一度取り戻す。昭和初期の自然環境を体感できるようにしたいと考えました」

また、周辺環境の変化は日当たりにも影響している。

「周辺に建物が建つことによって、薄暗くなっていった。それをどう美しくよみがえらせるか。焼き杉をした構造体で庭を覆い、庭全体の照度を下げます。そこに弱い日差しが入ることで、光が明るく美しく見えるようにする。例えば日本家屋の坪庭は明るくないけれど、家屋の暗がりの中から坪庭を見れば、柔らかい光がきれいに見えますよね。それと同じ原理です」

焼き杉は、木の表面を焼いて炭化させることで耐久性を持たせる技術。今回はその技術を応用した。

「焼き杉によってできる木肌の荒れた質感は、時間の経過を含んでいるように見える。鍛冶屋にお願いし、火力を調節して、表面を焼くところと木を焼き切ってしまうところなど、ばらつきをつくりました。現場で焼きながら形の調整をして、庭の雰囲気に慣らしています。擬似的な古さではなく、自然と朽ちていったようにつくりあげる」

木の構造体はしなやかな形状に整えられ、老木と混ざり合っている。そこに、屋根の隙間から光が差し込む。そうしてつくられた木漏れ日が涼しげな風景を形成している。

「夏の昼間、人々は暗がりのほうに心地よさを感じて、導かれていく。庭にきれいな影をつくって、都心空間の中で安らげる場所にしたいと思いました」

石上は「木陰雲」にこんな言葉を寄せている。

「樹木の間から覗く現代の風景は消え去り、夏の強い日差しは和らぎ、訪れる人々はこの庭のなかに流れる古い時間とともに過ごす。真っ黒の構造体は、夏の午後に老木の間を漂う涼し気な影である」

クレジット

出演:石上純也
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/初鹿友美 
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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