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街角にびっくりするものがあるかもしれない――芸術展「水の波紋展2021」が引き出す都市の魅力

柿本ケンサク映像作家/写真家

1995年、青山、原宿の街を舞台に芸術展「水の波紋95」展が開催された。45人の世界的アーティストが招聘され、20箇所で作品を展示。街を行き交う人々に現代アートが届き、日頃気づかない都市の魅力も引き出された。その取り組みは話題を呼び、地方公共団体が街おこしとして開催する芸術祭にもつながっていく。2021年夏、語り継がれてきた芸術展が「水の波紋展2021」としてよみがえった。現代アートが浮き彫りにする、東京の今は――。

●人々はアートに何を求めるのか?

「水辺に座っているとき、一人の子どもがいました。その子は小石を取って、水の中に投げました。すると波紋が起こりました。そこで『水の波紋』というタイトルを思いついたのです。この展覧会も同じ波紋のような構造を持っています」

「水の波紋95」展のオープニングでそう語ったのは、2014年に他界したベルギーのキュレーター、ヤン・フート。ゲント市立現代美術館長を務め、世界各地で先駆的な展覧会を手掛けた人物だ。「水の波紋95」展は、ヤン・フートと青山にあるワタリウム美術館の協力のもと、東京都の共催で開催された芸術展だった。

ヤン・フートは、「人々はアートに何を求めるのか?」という問いにこう答えている。

「私たちはこの単純な現実の中に美しさを見つけようと努力しなければならない。ポジティブなものに変身させるのです」

「水の波紋95」展の舞台は青山・原宿の街。それも大通りではなく小道だった。街の裏通りを選んだのはなぜか。

「場所の持つ文脈も作品の一部だからです。文脈が作品を支えます。青山から原宿という小さなエリアに私たちは美しさを見つけることができます」

ワタリウム美術館を姉弟で運営してきた和多利恵津子(64)と和多利浩一(61)は、東京で生まれ育ち、青山、原宿の街を子どもの頃から見つめてきた。

和多利浩一(以下、浩一)「東京の面白いところは、大通りには大企業があって大きいビルが建っているけれど、5メートル後ろに下がるだけで、中世や江戸の街並みみたいなものを感じられます。そこにアートを置くことによって、都市の魅力を発見してもらいたい」

●高度経済成長期の残骸と新しい都市開発

26年の歳月を経て、2021年夏、「水の波紋」がよみがえった。

「水の波紋展2021」は「パビリオン・トウキョウ2021」と同時期に開催された。「パビリオン・トウキョウ2021」は、「街に驚きを取り戻したい」「都市の物語を新たに作ろう」という思いから企画された建築プロジェクト。オリンピック、パラリンピックの開催期間、新国立競技場周辺を中心とする複数の場所に、建築家やアーティストが建物やオブジェを設置した。

和多利姉弟は、二つのプロジェクトを同時期に展開することで、街の魅力を多面的に引き出した。

浩一「パビリオン・トウキョウはどちらかというと大通り、青山通りを中心にして配置しましたが、水の波紋は青山通りから1本入ったところに作品を置きました。パビリオンで驚いてもらい、水の波紋でメンタルを揺り動かす」

「水の波紋展2021」では、変わりゆく街の新旧の狭間に作品を配置した。

浩一「高度経済成長期の残骸が街にまだ残っている。一方で、新しい都市開発も進んでいる。60年代を感じる場所と令和を感じる場所、両方を行ったり来たりしながら作品を見て、過去とこれからを考えてもらいたいなと思いました」

和多利恵津子(以下、恵津子)「昔の風景と新しい風景の狭間で展示するので、作家がそれをどう捉えているかが作品の中に出ている。20代の作家もいるので、若い人たちがどう捉えるか。未来をどう見るかにもつながっていくと思います」

国内の参加作家に関しては、2010年以降に活躍する若いアーティストにフォーカスを当てた。また、海外から参加する作家は、過去作品をリモートでバージョンアップするなど、コロナ禍における展示手法を工夫した。

恵津子「山登りをする人に『なんで山に登るの?』って聞いたことがあるんです。それもエベレストみたいな危険な山に。そしたら、『あそこまで歩くと、その向こうに自分の知らない新しい景色が見えると思うからだ』って。街も、『あそこまで行って曲がると、何かびっくりするものがあるかもしれない』って思えたら。街角を楽しんでもらえるといいなと思う」

浩一「現代アートって分かりにくいというのが、一般論だと思うんですよね。けれども、分からないものをずっと考えていくことは必要で。アーティストは予言者みたいなところもあって、『何これ?』と思うものが30年後に当たり前になったりする。アーティストたちにいつも僕らは驚かされているので、その驚きを見せたい。今の東京に、この作品のこういう考え方は必要だよね、というのを提案しているつもりです。パビリオン・トウキョウも水の波紋も、僕らが東京に対して何ができるのか、という試みですね」

姉弟が仕掛けたプロジェクトが、街への好奇心を呼び覚ましていく。

クレジット

出演:和多利恵津子/和多利浩一/ヤン・フート
監督:柿本ケンサク
撮影:柿本ケンサク/佃 友和/松山潤之助/小山麻美/関森 崇/坂本和久(スパイス)/山田桃子(DP stock)/岩川浩也/飯田修太
撮影助手:荒谷穂波/水島陽介
編集:望月あすか
プロデューサー:金川雄策/井手 麻里子
ライター:塚原沙耶  
Special Thanks:C STUDIO

映像作家/写真家

映像作家・写真家。映画、コマーシャルフィルム、ミュージックビデオを中心に、演出家、映像作家、撮影監督として多くの映像、写真作品を手がける。柿本の作品の多くは、言語化して表現することが不可能だと思われる被写体の体温や熱量、周辺に漂う空気や気温、 時間が凝縮されている。一方、写真家としての活動では、時間と変化をテーマに作品を制作。また対照的に演出することを放棄し、無意識に目の前にある世界の断片を撮り続けている。2021年トライベッカフィルムフェスティバルに正式招待作品に選出。グローバルショーツではグランプリを受賞。ロンドン国際フィルムフェスティバル、ソノマフィルムフェスティバルにて優秀賞受賞。

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