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「答えなき葛藤つづく」――スマホもSNSもOK Jリーガー26人輩出の興国高校、型破りな指導法

上沼祐樹編集者

全国大会出場は1度のみだが、直近9年間でプロサッカー選手26人を輩出し、育成方法で注目される高校がある。大阪市天王寺区にある興国高校だ。現在、サッカー日本代表にも名を連ねる古橋亨梧選手(26)も卒業生の一人。2006年から監督を務める内野智章(42)は、「全国大会優勝を目指すのではなく、プロのサッカー選手育成」を目標に指導してきた。2012年に初めてプロ選手を輩出すると、以降、毎年のようにプロ選手が誕生。今年もJ1王者・川崎Fへの内定者がいる。内野監督は「トップダウンだけでは、リーダーの考えや経験内でしか成長できない」と話し、ボトムアップの指導法を試行錯誤で編み出してきた。恋愛を推奨し、SNSも使わせることで選手自ら考えさせる。大切なのは生徒一人一人が、自立した一人の人間であることだという。内野監督の足跡と指導法を追った。

トップダウンの指導から学んだ我慢強さ

内野監督も元サッカープレーヤーである。和歌山県の強豪校・初芝橋本高校時代に、全国高校選手権に出場。1年生ながら国立競技場でプレーした。その後、高知大学へと進み、卒業後は愛媛FC(当時JFL)に入団。しかし、原因不明の病気のため1年で退団することとなり、指導者となった。

高校時代にトップダウンの指導を受け、「勝負に対する厳しい姿勢を学んだ」と振り返る。監督や先輩からの指示は絶対。時には厳しい叱責(しっせき)や手が出ることもあった。1990年代の後半、サッカー日本代表が初めてワールドカップに出場する頃の高校サッカーでは、厳しい指導を受けて全国大会で結果を出す高校が少なくなかった。当時の初芝橋本高校も例外ではない。

「勝利に対する執着を監督から学びましたね。非常に厳しい指導を受けましたから。試合前にプラン立てられたことを、ただひたすら試合の中で繰り返していました。行動パターンが1番から5番まであって、ディフェンスの選手がその番号を示して動き出す。その後、ルーズボールになってからは、当時のエースだった吉原宏太さん(元日本代表)ら、何人かの選手に自由が与えられていましたが、基本的には自分で判断してプレーすることはなかったです。むちゃくちゃ怒られますから(笑)」

当時、身体能力が高くて多少やんちゃな選手らを一つの方向に向かせて結果を残すには、トップダウンが正しいやり方だったとも分析する。自身も我慢強くなったし、納得いかないことでも遂行していく力を得た。内野監督はトップダウンに一定の評価をしつつも、別の方法を見出そうとしている。ボトムアップとの融合である。

ボトムアップで育む学生の自主性

厳しいトップダウンの中で過ごした高校時代だったが、その後、プロの道進んだ選手は皆、そのトップダウンに屈しきらず、自分の考えをもって反骨する人が多かったと言う。元サッカー日本代表の吉原さんもその1人である。自分の考えをしっかりともち、それを発信できる人の逞しさにも同時に触れたのだ。自身が指導者になった時には、自分の頭で考える選手を育てようと誓う。2006年、わずか部員12人、うち7人が高校からサッカーを始めたという環境から、内野監督の第2幕が始まった。

内野監督にとってのボトムアップは、「自己主張しながらも、他者の自己主張を受け入れること。話し合いを通じて、いろんな物事をつくっていく。サッカーで言うと、選手自身が練習メニューや試合のメンバーを考えること」だ。

実際に興国高校では、様々なボトムアップの仕組みが取り入れられている。まず、キャプテン5人制だ。288人の部員は、上位から8チームに分けられ、常に昇格・降格が行われる。公式戦に出場するTOPチーム(1軍)では、キャプテンが5人おり、選手ら自らが投票して選ぶ。大事な試合で出場できなくても納得できるような人を選ばせているという。サッカーの実力ではなく、信頼できる人がキャプテンとして任命される。そして、選ばれた5人のキャプテンらは話し合いを通して、あらゆることを自発的に決定していく。このキャプテンにおいても、状況を見て昇格・降格があるという。

「選手やコーチが持っている基本の戦術や分析を通した課題を、私たちの方から伝えることはあります。ですが、基本的には、選手らが先導して出場選手を決めています。『今週、気持ちがあまり入っていなかった』『プレーは上手だけど遅刻が多かった』など、選手目線での評価が入ります。日々、選手同士が向き合うことで、自分以外の人のことを真剣に考えるようで、出られない人の気持ちを理解しているようです」

実際に公式戦の出場選手をめぐる話し合いでもめることもあるし、その結果敗戦してしまうこともある。また、横柄な態度が見えてきたキャプテンが、他のキャプテンの指摘から、その立場を外されることもある。これらは全て、選手自ら気づいて行動してほしいという内野監督の指導方針があるからだ。

グラウンド以外でもボトムアップ

内野監督は、選手にTwitterやYouTubeなどSNSでアカウントを持って発信することも奨励している。選手が自身のプレー動画をまとめたものを発信することで、大学やプロの関係者にアピールするツールとなる。実際に動画がきっかけとなり、進路を決めた選手もいる。一方で、どういった表現をしてしまうと、炎上など否定的なコミュニケーションに繋がるのかもここで経験する。さらに、男女交際も推奨されており、サッカーだけでなく普通の高校生がこの時期に培う感性も磨く。こうした経験や感性が足りていないと、サッカープレイヤーとして、大学やプロに進んだ時に、自分をコントロールできなくなる人が多いからだ。

「多くの学校が禁止にしている理由はわかりますし、リスクも理解しています。でも、未成年時の最後の教育機関でもある高校でスマホを禁止すると、彼らはなんの指導も受けないままスマホを扱うことになるんです。昨今のSNSを介したトラブルの原因の一つだと思っています。高校という時期にSNSの使い方を学んでもらう方が、彼らが大学や社会にでた時にトラブルを回避できるのではと思うんです。僕の目が届く範囲内で、正しい使い方や危険から回避する感覚を学んでほしい」

2つの融合で逞しい人間力を身につける

「他の高校ではできないことを身につけて卒業させたい。それでないと興国を選んでもらった意味がない」と、内野監督は考える。ただ、高校の3年間はさまざまなことを経験させるには短い。そのため興国高校では、最初の2年間はトップダウンでサッカーの型をマスターしてもらい、残りの1年間で型を破らせる指導をしている。

「ビジネスでいう守破離ではないですが、型破りができると、戦術的にも技術的にも、どんなサッカーでも対応できるからです。ただ、型を破れる期間が1年しかないので、チームビルディングや人間関係などサッカー以外の部分で、ボトムアップを身につけて欲しいのです。最近の指導方法ではボトムアップが推奨されていますが、中高生のうちにそれだけだと、将来、トップダウンな環境で働けないのではとも思います。受け入れ難いことと、どう折り合いをつけていくかを学んで欲しいです」

卒業後に生かされるボトムアップの経験

内野監督は若いサッカー選手は試合に出場して、あらゆる経験をすべきと考えている。それが故に、多数のOBが、試合に出られないJ1リーグではなく、試合に出やすいJ2リーグへ進むという。「あえてJ2狙い」とも内野監督が言うように、前出の古橋選手も中央大学を卒業すると、まずはJ2の岐阜に所属した。その後、J1の神戸にステップアップし、現在はスコットランドリーグで活躍している。そこには、毎年、150人ほどのプロサッカー選手が誕生するが、約半数が10年で引退してしまうJリーグの現実がある。壁にぶち当たるのは1度や2度ではない。監督と合わない、不慮の怪我をする、SNSでトラブルに巻き込まれる……。そんな時に、自分で考えて行動できる逞しさが、必要なのだという。

「トップダウンとボトムアップを融合しながらやってきました。すごく難しいですね。トップダウン過ぎるのではないかと反省する毎日。答えがないので葛藤が続きます。ただ、トップダウンだけでは絶対に上手くいきませんし、ボトムアップだけでも、本当の意味で強い集団にはなれない。だからこそ、トライアンドエラーを繰り返しながらですが、ハイブリッド型の指導に挑戦してみたいんです」

「ただサッカーが上手い人」ではなく「高い感性を持ち合わせたサッカーが上手い人」の育成を目指す内野監督。自ら人生を切り開いていくOBが増えることを願い、難しいバランスの調整に、いまも試行錯誤している。

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上沼祐樹

編集者

大学卒業後、KADOKAWAでの雑誌編集をはじめ、ミクシィでニュース編集、朝日新聞社で新規事業に従事。2010年から複業としてメディアプランニングにも関わる。スポーツを軸にイノベーションあるものを研究中。最近のトピックは、立教大学大学院(MBA取得)で「思考を学ぶ」機会を得られたこと。そして、成績がさほど良くなかったこと。。