ショートフィルム

水没被害でも働くベネチア 市民に広がる水没との「共生」

海南友子

ドキュメンタリー映画監督

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 街全体が世界遺産に指定されているイタリア北東部のベネチア。中世の街並みが息づく美しい「水の都」は、一方で「沈みゆく街」とも言われている。

 昨年10月に暴風雨などの悪天候が襲い、街の7割以上が浸水し、11人が死亡した。このときの最高水位は156センチ。これは1872年の観測以来、4番目に高い記録だった。通常は約2時間でひく水が14時間に延び、浸水時間もこの150年で最悪となった。

 ベネチアで市民の必須アイテムは2つある。
1つは丈の長い、頑丈な長靴だ。魚河岸で働く人が履く長靴を常備する人もいる。ベネチア本島は車も自転車も入れないため、移動手段のメインは徒歩。それゆえ長靴が重要になってくる。

 ベネチアに13年在住する日本語教師の鞠古 綾(まりこ あや)さんは
「職場では私を含めて全員が長靴を常備している」と話す。上半身はスーツで下半身は防水状態で通勤してくる同僚も多いという。

 さらに重要なのは「高潮アプリ」だ。ベネチア市は24時間体制で高潮予報を発信している。
「高潮の情報は本当に重要で、朝も夕方も夜もアプリで確認しています。明日は何センチよ、という会話もみんなでしています。子供やお年寄りがいると大変で、浸水しない安全なルートを確保します」(鞠古さん)

 もともとベネチアでは10月から12月にかけて低気圧の影響で雨が降りやすい。これに強い南風と満潮が重なると、大きな高潮が起きて、街に被害をもたらす。かつては冬の風物詩だった高潮被害だが、近年は6月や8月など一年を通しておきるようになった。
 
 原因は温暖化による海面上昇だ。2018年の国連IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書によれば、1901年から2010年までに世界の海面は平均19cm上昇した。ベネチアも90年代以降、高潮が120cmを超えることが増えた。多い年には、大小の高潮が80回以上も街を襲う。一方で地下水の汲み上げによる地盤沈下も起きており、被害を深刻化させている。

 2003年、当時のベルルスコーニ首相の発案で始まった「モーゼ計画」は、救世主となるはずだった。沖合に巨大な78個の可動式の堰を建設し、高潮発生時にだけ海底から浮き上がって水をブロックする。「3メートルの高潮にも対応できる」と政府肝いりで始まった。旧約聖書でモーゼが海を割って人々を逃した逸話に着想を得ている。しかし計画は暗礁にのりあげている。

 あまりに規模が大きいため、汚職にまみれ、2014年にはベネチア市長を含む35人が贈収賄で逮捕。予算は当初の16億ユーロから55億ユーロ(約7150億円・1ユーロ130円で換算)に膨れ上がったこともあり、計画はなかなか進んでいない。2022年に稼働予定だが、先行きは不透明だ。

 生粋のベネチア人であるアレサンドロ・マンテッリさんは、モーゼ計画では街を守れないと考えている。
「ベネチア人はモーゼをよく思っていない。堰の中には海水で壊れているものもある。それに、モーゼが防ぐのは110センチから、3メートルというスーパー高潮だけなんだよ。100cm以下の日常的な高潮には発動しない。モーゼが完成しても、被害は日常的に発生するよ」

 意外なことに、ベネチアは浸水したまま営業している店舗も多い。観光客も長靴を履きながらピザ店に入店し、美味しそうにピザを頬張る。

 「アクア・アルタ(高潮)書店」も、浸水しながら営業を続ける店の一つだ。世界のユニークな書店第2位に選ばれた名店。店内の本の一部は、水に濡れないようにゴンドラやバスタブの中に陳列されている。
 経営者はリーノ・フリッツォさん。父親が書店を開いたとき、すでにアクアアルタ(高潮)が時々おきていたため、浸水から本を守る目的で、ゴンドラなどを本棚に使うアイデアを思いついた。
 それでも、昨年10月のようなひどい高潮の時には、裏口の水路から大量の海水が流れ込み、多くの本が被害を受ける。父の時代は高潮のたびに店を閉めていたが、フリッツォさんが継いでからは、基本的にいつも店を開けている。
「長靴を履いたお客さんがゆっくりと歩きながら本を探す光景は僕たちの日常さ。子供の頃の高潮は特別だったけど、今はそれが日常で、共存するしかない。それがベネチアなんだ」

監督:海南友子 撮影・編集:向山正利、海南友子 プロデューサー:向井麻里、向山正利 コーディネーター:田渕 義子 ナレーション:檜垣 涼(株式会社キャラ)音楽:H/MIX GALLERY アシスタント:富賀見知保 取材協力:Centro Previsioni e Segnalazioni Maree - Città di Venezia Comune di Venezia - Venice Film Commission Libreria "Acqua Alta" 協力:ドキュメンタリー映画「ビューティフルアイランズ 〜沈む島の記憶〜」Simone Sciascia Leonardo Orlandi 制作:ホライズン・フィーチャーズ

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監督:海南友子 撮影・編集:向山正利、海南友子 プロデューサー:向井麻里、向山正利 コーディネーター:田渕 義子 ナレーション:檜垣 涼(株式会社キャラ)音楽:H/MIX GALLERY アシスタント:富賀見知保 取材協力:Centro Previsioni e Segnalazioni Maree - Città di Venezia Comune di Venezia - Venice Film Commission Libreria "Acqua Alta" 協力:ドキュメンタリー映画「ビューティフルアイランズ 〜沈む島の記憶〜」Simone Sciascia Leonardo Orlandi 制作:ホライズン・フィーチャーズ

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