ショートフィルム

5歳児が1年かけてギター制作 注目集める保育園の挑戦

海南友子

ドキュメンタリー映画監督

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京都市のある保育園では、年長の1年を費やしてギターなどの楽器を手作りする。はじめは恐る恐るのこぎりを触っていた子供も、次第にものづくりの面白さに心を奪われ、作業を通じてさまざまな自信をつけていく。2020年の教育改革が迫る今、就学前の幼児教育のあり方を模索し、挑戦を続ける保育園。その取り組みを1年半にわたって取材しました。

<ギコギコ、トントン>
 京都市の「おいけあした保育園」の年長クラスでは、毎週火曜日「作っちゃうDay」と呼ばれるプログラムが行われている。1枚の板からギターや、太鼓、カリンバなどの楽器を1年かけて一人一台作る珍しい試みだ。
「まず、のこぎりは知っていますか?これは木を切るもの。上手に扱わないと手まで切ってしまうよ」
指導するのは園長の木原 圭さん(46)子供からも保護者からも「圭にいちゃん」と愛称で呼ばれいてる。はじめての道具や作業に興味津々の子供達。その目はらんらんと輝いていた。昨年までお兄さんたちが楽器を作っていたのを見て、挑戦するのをずっと楽しみにしていたからだ。
 木原園長が毎回心がけているのは「どうしたら安全に作れるのかを子供達と一緒に考える」こと。一方的な説明だと子供達の心に届きません。「一緒に安全を作るんだよ」と必ず呼びかけます
 のこぎりを触るのが初めての子供達は、おぼつかない手つきで、おそるおそる木を切り始める。中には刃に触れてしまう女の子や、走り回る男の子もいるが、取り組み開始以来13年間、怪我した子供はいない。

<ワクワクしながら挑戦>
 1年の行程はこうだ。最初はどんな形や色のギターを作りたいか設計図を考える。次に、いろいろな形の板を切り、やすりをかけ、全ての釘を打ってギターの形を整形。弦を1本張り、ドレミの音階を取って、色を塗ったら完成だ。ここまでで7−8ヶ月かかる。5歳児には非常に難易度の高い作業だ。特にくぎは何度もやり直しが必要だが、30人の児童全員が飽きることなく熱心に挑戦を続ける。
 完成後は、太鼓やカリンバなどの楽器を作った子とバンドを編成。発表会までの4ヶ月、猛練習の日々が続く。

<作れないものはない 原点は園長のローラースケート>
 木原園長は「いまの子供達はおもちゃをたくさん持っています。でも、大量生産・大量消費社会だからこそ、自分で物が作れる驚きを知ってもらいたい。そして、ただの木がみんなで楽しめる楽器に変わる体験から、多くのことを学べると信じています」
 実は、園長の原点には、子供時代の体験がある。幼少期に木原園長は、当時流行していたローラースケートをねだったが、父親が提案してきたのは一緒に木でつくることだった。
 木で下駄のような台をつくり、下にローラー、上にゴム紐をつけたローラースケート。友達のものとは違う仕上がりではあったが、「自分で作った」誇らしさで胸がいっぱいになった。自分でものが作れるという驚き、父親が一緒に作ってくれたという嬉しさ、さらにそれで遊ぶという経験は心に深く刻まれた。大学卒業後、メキシコに留学して美術を勉強した園長は、帰国後、幼児教育に携わることになり、子供達の五感を育むプログラムを試行錯誤する中で、この楽器作りにたどり着いた。

<幼児期の五感を育てる活動とは?> 
 子供の造形活動を専門に研究する矢野真教授(京都女子大学の児童学科)は、楽器作りのプログラムが与える影響をこう分析する。
「初めてこのプログラムを見たときは正直、驚きました。一般的には幼児の場合、長期でプログラムに取り組むのは困難なこと。しかし、この園では、1年かけて楽器を作るという目標を設定し、自由な発想、物を大切にする心、木を使って自然に親しむこと、危険な器具の取り扱い、音楽の楽しさ、そして継続して努力することまで提供している。大人は完成した作品のみを評価してしまいますが、幼児期の教育においては、完成までのプロセスでなにを考え、体験するかが大事。そういう意味で、感性を育み、総合的な学びを提供する高度なプログラムと言えます」

 この園では、五感を育む機会を提供するため他にも様々な挑戦をしている。就学後に必要な机に向って学ぶ識字や計算は一切やらない。代わりに梅干しや味噌、パンなどをつくったり、園外の専門家と協力し、絵画や動物、昆虫などを研究したりする体験プログラムをたくさん提供している。
 なかでも造形活動には特に力を入れており、楽器作り以外でも、いたるところに絵画や工作の道具が置かれ、いつでも自由に表現活動できる環境を整えている。
木原園長は、「遊びの中からしか学べないことってあるんです。特に幼児期には。美術家や音楽家を育てるために、取り組んでいる訳ではありません。就学前の自由な時間にしかできない、楽しさや挑戦する心を育てたい。それをいかに多様な形で提供するのかが、僕たちの挑戦です」

 絵本作家の永田萌さんは、2016年から京都市の「子育て支援総合センター・子供みらい館」の館長を務めている。市内の幼稚園や保育園と連携して地域の子供を見守り、おいけあした保育園の取り組みも支援している。
「園によってはどの子も似た絵を描くところがあります。大人の指導が強いケース。でも、ここの子供はとても自由な絵を描きます。自分が描きたいもの、つくりたいものを自分のペースで取り組むという園の方針のたまものでしょう。例えばこの園では、絵を描くときに、赤、青、黄の色の三原色からさまざまな絵の具を作って絵を描かせています。きれいな絵の具を買ったほうが早いですが、3つの色から、どんな色も作り出せることを知るのはとても貴重。自由な表現活動のそばに、学びがこめられていて、園の強い意志を感じます。」

<挑戦はつづく>
 園長の元には毎月のように、楽器を携えた卒園生が訪ねてくる。4月の終わり、小学5年生の卒園生がギターの音を整えて欲しいと自らが作った楽器を持って訪ねてきた。木原園長は、弦を張り替え、コマの調整をし音を整えた。時には、高校生になった卒園生が「ギターが壊れたから直して」とやってくることもある。
 「もともとは保育児のためにという思いで始めましたが、毎月のように卒園生が楽器を携えてきてくれるのは、本当に当初は想像もしなかったことです」
 園長が楽器作りに込めた思いは、卒園後も形を変えて子供たちに刻まれているようだ。

 1年間のギター作りのしめくくりは卒園直前の発表会。長い時間をかけて練習に取り組んできた子供達は、ローリングストーンズのリズムに始まり、ブンブンブンなどの童謡を全部で6曲演奏した。開演前は緊張していた子供達も、輝くような笑顔で演奏をやり遂げ、会場は保護者の温かい拍手と涙であふれた。満足げな表情で舞台を降りる子供達。こうして1年のプログラムは終わった。自分で楽器を作った体験を胸に小学生という新たな扉を開こうとしている。
 2020年の教育改革。大学入試が大きく変わり、詰め込み型の教育ではなく、自分でものを考え、実行できる力を養う方向に転換しつるある。小学校ではプログラミングや英語の導入が決まり、就学前の幼児については、識字や語学の早期教育に関する情報もあふれている。なにが正解かは子供の性格や親の考え方によって大きく異なる。未来を担う子供達が、グローバル社会を生き抜くために必要な、自分で考える力を育てるために、多くの教育現場で先生達の試行挑戦は続いている。

クレジット

監督:海南友子 
撮影・編集:向山正利、海南友子 
プロデューサー:向井麻里、向山正利 
ナレーション:ねいろちゃん、あすなちゃん、かずきくん、海南友子
アシスタント:富賀見知保 

音楽:H/MIX GALLERY 
スタジオ協力:奥野哲也 (有)T-BORN

取材協力:
社会福祉法人西京極保育福祉会 創作の杜 おいけあした保育園 関係者の皆さま
京都女子大学児童学科 矢野 真 教授 
京都市子育て支援総合センターこどもみらい館  永田 萠 館長

制作:ホライズン・フィーチャーズ
www.kanatomoko.jp

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