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「いつか逮捕されるかも…」それでも中国で自由を求めて歌うラッパー

関強ドキュメンタリスト

「俺の周りは2人が捕まった、俺もいつか捕まるかも。」
彼の名前は黄碩(ホン・ショウ)。北京生まれの29歳。彼は今、中国の裏側の世界で最も人気のあるラップ歌手だ。19歳の時にインターネットでラップを知り、その格好良さに魅了されて歌い始めた。

黄碩の代表曲は「狂人日記」。歌詞で官僚主義や国の制度を批判している。
「狂人日記」という名前は、中国が誇る偉大な作家、魯迅(1881~1936)の代表作から貰った。魯迅は文学を武器に中国の闇を引き出し、中国を救おうとした。その魯迅に憧れ、尊敬してきた黄碩は、魯迅のように中国社会の闇をあばき、中国が少しでも開かれた国になるよう願いを込めて歌う。

2018年1月、中国メディアを管理する国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局(以下、広電総局)は「入れ墨を入れた芸能人や、ラップなどのヒップホップ文化は、不健全な文化である」として規制を始めた。
中国では言論、文化、芸術などに対し政府から統制がある。その統制が若者文化であるラップにまで及んだのだ。
中国のラップバトル番組「中国有嘻哈」(日本語訳:中国にはヒップホップがある)は、シーズン1で30億人の視聴者を記録。個性の尊重と社会への反抗精神、リアルな歌詞などが若者たちを魅了していた。しかし、政府の動きを受けて、反体制的なメッセージを歌う曲は消え、快楽主義を重視した歌詞が歌われるようになった。

黄碩が属するラッパーグループは「丹鎮北京」(ダンジンペキン)と言い、メンバーは10人。全員20代の若者である。「丹鎮北京」は傷薬の名前からとった。自分たちの歌で、人々の心の傷を癒したい、という思いからつけたという。2016年から、最も規制が厳しい北京を拠点に活動を開始し、社会問題や鬱憤を発信してきた。それは多くの若者たちの心を捉えたが、2016年、彼らがインターネットに発表した歌の多くが規制違反として広電総局から消去されてしまう。しかし、彼らが活動をやめることはなく、新たな歌を作り続けている。

現在、黄碩は公の場での楽曲の販売や宣伝が一切禁じられているが、ひっそりと会場の裏でCDの販売をするなど活動は続けている。力強く歌う彼の歌を求める若者は絶えることなく、彼の出演する「裏ライブ」は常に満員だ。ただ、検閲官による抜き打ちチェックの結果、そのライブで歌うことを止められることもある。影響力が高くなればなるほどチェックの目は厳しくなる。「最悪の場合、生涯歌えないようにさせられたり、刑務所に入れられる可能性もある」と黄碩は言う。

黄碩は彼女と一緒に北京の古い7畳のアパートに住んでいる。彼の歌は、この7畳の部屋から生まれた。彼女の名前は馬さん(27歳)、インターネットビジネスをやっているが、収入はほんのわずか。黄碩は人気があるが、裏ライブでしかラップ活動ができないので、収入は一か月20万円ぐらい。二人の生活は常に節約がかかせない。

黄碩の両親は50代、母は大学の財務職、父は区役所の公務員。二人とももう定年退職している。父は貧しい家庭に育つも、中国の発展によって、安定した生活ができた。だから、黄碩の歌について大反対している。歌うなら「共産党を褒める歌を!」といつも言う。でも二人とも本心では自分の思いを歌う息子の姿勢を尊重し、秘かに応援している。

現在、経済発展を遂げた中国は、さらなる「豊かさ」を追い求めている。ここでいう「豊かさ」というのは経済的な面だけでなく、思想における自由も含む。これから中国は思想の自由という意味においても豊かになっていくのだろうか。
そして、「もっと自由になれ、中国よ」と黄碩は歌っている。

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本作品は【UPDATE DOCUMENTARY PROJECT】で制作された作品です。
【UPDATE DOCUMENTARY PROJECT】の他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
http://original.yahoo.co.jp/collection/movie/feature/updatedocumentary/
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ドキュメンタリスト

中国・北京生まれ。2008年、大学卒業後に来日。東京造形大学大学院で諏訪敦彦監督の指導を受ける。2013年、テレビ番組制作会社オルタスジャパンに入社。2014年から「中国の今」をテーマに、フジテレビ『NONFIX』の「ボクが見た中国シリーズ」を制作。これまでに「性」、「金」、「夢」、「愛」、「食」をテーマとした5作を制作した。同シリーズの一つ、「風花雪月−ボクが見た祖国・性の解放」で第32回ATP賞テレビグランプリ優秀新人賞を受賞。この他にもTokyo Docs 2017アジアドラマティックTV賞受賞。

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