ショートフィルム

「津波と金魚」子どもの遺品に命を吹き込む美術作家

笠井千晶

テレビ報道記者出身のジャーナリスト・映像ディレクター

QRコード

スマホ版Yahoo! JAPANのフォローで最新情報をチェックしてみよう

 津波で犠牲になった子ども達の遺品に、金魚が泳ぐ。今にも動き出しそうな姿は、まるで新たな命が宿ったようだ。制作した横浜市の美術作家・深堀隆介さん(46)。東日本大震災後に足を運んだ福島で、遺族たちとの交流が始まった。

ーどう生きるべきか? そして、福島へ
 深堀さんは2011年3月11日、横浜市のアトリエで作品制作中に大きな揺れに見舞われた。当時、身重だった妻を案じて、自宅に飛んで帰ったという。翌日以降、原発事故の報道を目にすると「とにかく怖かった」と振り返る。その後は、筆を取れない日々が続いた。

「自分は作家として、どう生きて行くべきか。すごく考えさせられた年でした。」

 しかし翌年、福島市で個展をやらないかとの誘いを受け、引き受けることにした。幼い二人の息子と妻を伴い、震災後に初めて訪れた福島。そこで、息子が同じ年頃の子ども達と遊ぶ姿を目にした。放射能への恐怖は、次第に和らいでいったという。

ーそして、生まれた金魚たち
 福島県南相馬市沿岸部の集落に暮らす上野敬幸さんは、自宅にいた家族4人を津波で亡くした。深堀さんが福島市の個展会場で目にした写真には、上野さんの長男・倖太郎くん(当時3歳)と長女・永吏可ちゃん(当時8歳)の遺品となった上履きが写っていた。
「写真を見た時に、『作って』って。聞こえてきたんです」
深堀さんの頭の中に響いたという“声”。そして、人づてに「遺品に金魚を描かせて貰えないか」と上野さんに頼み込み、借りてきた上履きに金魚を描くことになったのだった。
 しかし、いざ作品を作ろうとしても筆は一向に進まない。出会ったこともない子ども達を想うだけで、涙が溢れてきた。

「やっぱり子ども達を、純粋に楽しませてあげたいっていうことに尽きるんです。かっこいい作品にしよう、とかじゃなくて」

そう語る深堀さん。永吏可ちゃんの上履きには白地に赤い模様の金魚、そして美しい桜の花びらを。倖太郎くんには濃紺の出目金と、色とりどりの花火を描いた。小さな上履きの中には、夢いっぱいの世界が広がっていた。
 『命名 小さな一歩』と名付けられたこの作品は、2012年夏、深堀さん自身の手で上野さんに届けられた。今では、上野さんの新築された自宅の祭壇に置かれている。子ども達の骨壷と遺影と共に、そこが定位置となっている。

ー器の中に生きる 世界に一つの「命」
 深堀さんの作品は、アクリル絵の具と透明の樹脂を使った、独自の手法で制作される。器に流して固めた樹脂に絵を描き、その上に樹脂を重ね、また描きを繰り返すと金魚は立体的に浮かび上がる。まるで水中に生きて泳いでいるかのような、この美しさが人々を魅了する。

「僕の作品の場合、金魚そのものもですが、器がより重要なんです」
器と対峙する中でようやく作るべき作品の「声」が聞こえるという。その一瞬の閃きを逃さないこと。そして、ようやく初めて筆を入れることができる。
 深堀さんは、決して“写真を見て”描かないという。それは、すでにどこかに存在している金魚だから。描くのは、頭の中に宿った金魚。この世に二つとない、その作品の中にだけ存在する「命」なのだ。

ー「友凪」の世界観
 福島第一原発のある大熊町で津波にのまれ、5年9ヶ月後に発見された木村汐凪(ゆうな)ちゃん(当時7歳)。風がやんだ夕方の海辺を表す、「夕凪」という言葉にちなんで名付けられた。深堀さんが、汐凪ちゃんの筆洗バケツに描いた作品『命名 友凪(ゆうなぎ)』には、「友」という字をあてた。

 真ん中に泳ぐ白い金魚は、汐凪ちゃん。その周りを、友達の赤い金魚たちが囲む。群れはバケツの縁に沿ってぐるぐると回り、そこにできた流れから一瞬、無風の中に風が起こった様をイメージしたという。

「みんなで遊んでるから、ぐるぐる回ってるから、ふわっと風が起こる。」
頬を撫でる優しい風。友達に囲まれて元気に遊ぶ汐凪ちゃんが目に浮かぶ。その金魚たちはバケツの仕切りにもお構いなく、壁を突き抜けて泳ぐ。
 父・木村紀夫さんは、「汐凪は、いつも友達の輪の中心にいるような子でした」と話す。この作品は、そんな娘の姿を生き写したようだった。
 2019年2月、もともとあった小学校の教室に戻ったバケツ。皮肉にも原発事故の影響で、教室はいまも震災当日のまま遺されている。そこにやって来た金魚を見て、どこかで汐凪ちゃんが微笑んでいるような気がした。

受賞歴

第5回 山本美香記念国際ジャーナリスト賞

クレジット

Rain field Production

…続きを読む

シェア

いいね

  • いいねする

作品への感想