ドキュメンタリー

「日本の色」を継ぐ染織家 奈良・東大寺お水取りに彩を加える椿の花の舞台裏

川瀬美香

映像作家

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1270年間絶えることなく続く仏教の修行、奈良・東大寺での修二会「お水取り」が、今年も3月1日から始まる。期間中二月堂に供えられる「椿の造り花」。材料の和紙を、その色鮮やかな紅色に染めてきたのは、江戸時代から続く京都の染色工房「染司よしおか」だ。工房の5代目で染織史家の吉岡幸雄さんは、化学染料を止め、古来の文献をひもとき、見つけ出した紅染めで、伝統の色彩を再現してきた。しかし2019年秋、幸雄さんは、享年73歳で逝去。主人を失った工房は、実娘・更紗さんが6代目として継ぐ事になった。父に代わって、「椿の造り花」の紅和紙染めに臨む彼女の挑戦を追った。

■「日本の色」を継ぐということ
麻の暖簾がゆらゆらと揺れて穏やかで印象的な工房の玄関。中に入ると作業場では3人の職人たちが様々な植物を鍋で煮て染料を作り、相変わらず黙々と仕事に向き合っている。工房中に漢方薬を煮るような植物の香りが漂い、そこにいるだけで不思議な安堵感を得る。
植物の染料が並べられ趣ある佇まいの客間に座ると、額に入った先代の笑顔に目が止まる。
「(父に)褒められたことがない」と語る更紗さんは、庭の樹々に寄っている鳥たちの囀りと職人たちが水槽から水を流す音が響く工房で、5代目である父の仕事を目にしてきた。
5代目は、日本に残る「延喜式」という古文書などから植物染めの技術を培っていった。古文書には詳細な手順が記されている訳ではないので、解明するまでは失敗の繰り返しだった。最大の問題は、材料類がほぼ近代に伝承されておらず消滅していたことだった。
 
父の幸雄さんは、40歳の時に祖父で4代目の吉岡常雄氏より、家業である染め工房を5代目として継ぐ事になった。その当時の日本は化学染料を使う染め仕事が主流の時代だったが、5代目は周囲の忠告を跳ね除け、化学染料の使用を止めて植物染めの工房として仕事を始める事にした。

無謀と思われた挑戦も、時が流れるにうちに時代が追いつき、理解されるようになっていった。自然を好む考え方が社会に広がったのだろうか、5代目が植物染めに変更をしてからは、自然を好む職人希望の若者が集うようにもなった。しかし、「染料となる植物の農家がいない」と気づいてからは苦難続きだった。古来の色を再現する旅は、その植物を栽培する土地にも拘ったからだ。古い文献に紅花の地と記されていた三重県伊賀上野市に農家を探し求め、紅花を農作してもらう事から始めたそうだ。その地に紅花が咲き始めて約20年が経ち、毎年、夏の収穫時には工房の職人が総出で紅花摘みに行く。そうして三重県や大分県など古文書に由来のある日本全国4ヶ所の農家に植物を栽培してもらい、300以上ある「日本の色」を現代に甦らせた。染織に関する書籍も多く残した。更紗さんは父に言われ、愛媛の織り施設で修行をした後に工房に入ったが、それからずっと父の事を「先生」と呼び、工房の染め職人と変わらず仕事をしてきた。

父親が全国各地の農家に依頼してきた染料作りを、更紗さんは受け継ぐことになった。
コロナで社会に混乱が広がる2020年、紅花は豊作だった。気候の変動にも敏感で、豊作の年もあればその逆の年もあるそうだ。「人間社会がコロナで混乱している中、植物の状況は逆に良い傾向だったんです」と更紗さんは言う。日々自然を手で触れている植物染め屋ならではの、説得力ある着目点だ。こうして夏の紅花や藍、秋冬の紫草など、植物を扱う工房では自然と密着した1年を繰り返す。

■奈良県 東大寺修二会「お水取り」に納める紅和紙
毎年3月、東大寺で修二会「お水取り」という修行がある。大陸から伝わり受け継がれている数々の秘儀が行われている。始まりは奈良時代と言われ2021年で1270回目になる。戦時中も絶えずに続けられた。

工房にとって代々続く修二会は大切な仕事である。修二会期間中、二月堂本堂の十一面観音菩薩へ供えられる和紙の「椿の造り花」の材料、紅やクチナシで染めた和紙を納めているのだ。特に5代目は歴史伝統を重んじ、自分たちが和紙染めを届ける事に誇りを持っていた。化学染料をやめ、植物染料に切り替えたきっかけもこういった想いを強く持ったからだった。

工房の冬を代表する大仕事、紅和紙の仕事は1月から始まる。父の跡を受けた更紗さんも、どんなに忙しくても自分で紅和紙を染めてきたという。冬の京都の冷えた水によって、紅は美しい色を引き出されるというが、職人の仕事としては大変厳しいものである。染められた和紙はこれまで、この仕事に大きな誇りを持っていた父が東大寺へ届けていた。

■「染司よしおか」を支える職人・福田伝士
染め職人の福田伝士さんは10代からよしおか工房に務めている。
5代目と二人三脚にて1200年前の色に拘り、植物から色を作り出す日本古代の方式を分析し工房に植物染めの技術を培った。その技にて日本に残る古代染織品の数々を復元し、東大寺を始め日本各地の寺院仏閣などに納めていった。
4代目とは化学染めを、5代目とは植物染めを担い、そして次に6代目の時代が始まったのである。70代になった職人が工房を見る目はどうだろう。

5代目が植物染めに変えた時は、世間がそれを知らない為に苦情も多く寄せられたという。長い時間が経つと時代と共に色んな事が変わってゆく。次第に自然を大事にする時代が訪れ、先代が時代を見越していたのか植物染めは徐々に人々から求められるようになってきたと感じているという。6代目の仕事を見守りつつ、「年寄りは邪魔しないようにしないとあかん」と思う時もあるようだ。

■父・吉岡幸雄が残した仕事
生前から決まっていた美術館の展覧会は、本人が亡くなっても計画通り実行される事となった。「日本の色 −吉岡幸雄の仕事と蒐集−」として、京都・細見美術館で1月5日から開催している。父親に代わって更紗さんがこの展示を引き受け、展示準備のため、東大寺を始め、薬師寺、法隆寺、石清水八幡宮などに納めていた作品を展覧会の為に借り受けに回った。一般には非公開である蔵から出される染織品の数々。美術館には5代目によって現在に蘇られた想像を超えるダイナミックな色彩が溢れ、古代から伝わる日本の色を感じさせる圧が満ちていた。

■2021年の東大寺修二会「お水取り」と紅和紙
コロナ禍で「密」が避けられない修行だが、今年も伝統を未来に繋ぐ為に様々な対策をして実施を目指しているという。東日本大震災が発生した2011年3月11日、更紗さんは修二会の行中、二月堂下にてお松明を待っていた。突然スピーカーから流れた当時の東大寺菅長の声を、そこに集う人々と一緒に聞いたという。その時、修二会の行である祈りは国家や人々の幸せの為に1200年以上続けられてきた事を深く理解し感動したという。修二会の伝統に役に立ちたい、更紗さんは工房が続けてきた和紙染めの仕事は、自分の代になっても続けていきたいと思うようになった。

父がやっていなかったら自分もする事がなかったという植物染めの仕事。1270回目になる2021年の修二会へ、今年も無事、和紙が届けられた。

クレジット

協力 
東大寺、細見美術館、染司よしおか、白鳥真太郎

ART TRUE FILM
監督・撮影 川瀬美香
編集 大重裕二

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