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【ハッケン!土浦まち歩き】城下町・東崎周辺その5~通り抜け困難!先が見通せない、S字型の出入口

コイケケイコ土浦在住ライター(土浦市)

東崎周辺のハッケンまち歩き、最後のスポットは城下町の北側玄関にあたる「北門の跡」。迷路のような造りの門には、お城を守る工夫が凝らされていました。

全国的にも珍しかったS字型の出入口「北門の跡」

桜の花筏(はないかだ)で有名な新川に向かって歩いて行くと「市指定史跡 北門の跡」という石碑が見えてきます。

石碑の前はカーブのきいた道があるだけで、門のようなものはどこにも見当たらず…

「昔はここに複雑な“馬出”があって、土浦城の北口を守る重要な役割も担った門があったんです」と萩谷良太さん。土浦市立博物館の学芸員さんです。現代の土浦の街並みを表す地図に江戸時代の水路や遊歩道を重ね合わせたものを見ながら、萩谷さんが指さしているのは「北門の跡」の石碑の位置。北門は、土浦城の北端に設けられた水戸街道北側の出入口で、江戸時代初期にあたる1603年(慶長8年)に築かれたものです。

萩谷さんがおっしゃっていた“馬出(うまだし)”とは、城の出入口に設けられる小さな曲輪(くるわ)のこと。曲輪を設けることで敵が攻め込みにくくなり、防御施設としてさまざまな工夫が凝らされていたといいます。上の絵は、代表的な馬出の型のひとつで「丸馬出(まるうまだし)」と言います。土浦城の北門はさらに複雑な構成にしたものです。

萩谷さん:土浦城の北門に設けられた馬出はS字型をしていて、突き当たっては曲がり、また突き当たっては曲がります。高い塀もあったはずなので本当に見通しが悪かったと思います。

S字型の馬出は、全国に類を見ない特有の造りだそうです。馬出を複雑にすることで防御施設としての役割は強力になって、兵が待ち伏せをするのにも大いに役立ったことでしょう。

真鍋町側から城下町(東崎分集落)を見た写真です。明治時代に入る頃には土浦城の機能が失われたため、それに伴ってS字型の道も改装されて現在のような直線に。城下町側から見るとカーブがきいているのは、防御施設の名残ともいえます。

殿様の痔の手術も!土浦藩のお医者さんとして活躍した辻元順さんの面影を探して

真鍋町と城下町の境界線ともいえる新川沿いを歩きながら起点の本町を目指します。

と、その前にもう1か所ということで萩谷さんが立ち止まったのが新川沿いにある「常陽医院」。看板には「開院三百有余年・土浦藩藩医」とあります。

水戸街道側から見た常陽医院の敷地です。

こちらが常陽医院。「開院三百有余年」の看板が掲げられていた建物です。

こちらは常陽医院の院長の辻 肇一(つじ ただかず)さん。江戸時代から綿々と続く辻家13代目当主でもあります。

辻院長が手にしているのは、土浦市立博物館が刊行した図録で、辻家8代目、土浦藩医でもあった辻 元順(つじ げんじゅん)さんに関する資料をまとめたものです。藩医とは、言葉通り藩に仕える医者のこと。記録では、元順さんは殿様の痔の手術も担ったことも。

そんな辻 元順さんが師と仰いだのは、華岡青洲(はなおかせいしゅう)さんで、世界で初めて全身麻酔を用いた手術を成功させた名医です。

土浦から京都を経由して和歌山・紀州へと赴き、華岡清州さんのもとで修業をして手術のノウハウを学びました。土浦市立博物館では、常陽医院より貴重な資料を預かり保管していますが、その中には元順さんが手術に臨んだカルテも残っているそうです。

華岡清洲さんより贈られたという貴重な書も現在は大切に土浦市立博物館で保管されています。

藩医として活躍した辻元順さんですが、残されていた日記を読むと、武士や町人、遠方の人など、身分や地域を問うことなく診療にあたっていたことがうかがわれます。重篤の患者さんがいたときには籠にのって自ら往診に出向いたという記録も。初代から13代目を担う現在に至る三百有余年の間、場所も志も変わることなく、地域の医療を守っているのです。

がまの油の発祥地は土浦だった!

医療の話題の流れからではありませんが、江戸時代に傷薬として用いられていたという軟膏・がまの油の石碑も東崎分にあります。

場所は東崎分の西側にある白水稲荷という小さな神社。

境内に立てられた石碑を読むと、この場所はがまの油の発祥の地と記されています。

真鍋地先にある池に生息していたガマガエルを捕まえて、天日で乾かして種湯のようなものを蝋と混ぜて液状になるまで煮詰めたものを筑波山麓で発売していたとあります。

がまの油というと筑波山ですが、始まりはなんと土浦だったんですね。

「矢口新聞」のかえるかわる子さん行きつけの「木村屋」へ

最後に、土浦在住のイラストエッセイスト・かえるかわる子さんが描く「矢口新聞」より、本町通りにある「木村屋」の紹介記事を抜粋してご紹介します。

売り切れ次第閉店となるパン屋さんで、お昼過ぎには行列ができることも。東崎分の散策途中のおやつに、おひるに、ぜひ立ち寄ってみてくださいね。

<北門の跡>

住所:茨城県土浦市城北町14-15 MAP

<常陽医院>

住所:茨城県土浦市城北町14-4 MAP

※貴重な資料の数々は土浦市立博物館が保管しています(病院ではご覧いただけませんのでご了承ください)

<白水稲荷(がまの油発祥の地)>

住所:茨城県土浦市城北町16-6 MAP

<かえるかわる子さん>

茨城県土浦市在住のイラストレーター。絵も字も構成もすべて自身で手がけるイラストエッセイ「矢口新聞」を発行中。2020年第24回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)入選。2011年3月11日をきっかけに「一度きりの人生、心の奥から本当にやりたいことをやろう」と、長年勤めた会社を退職。当時はネット、TV中毒であったが、現在は携帯・PC・TVを持たない、見ない生活を送り、日々を楽しく過ごしている。

土浦在住ライター(土浦市)

土浦市在住のフリーランスの編集・ライター。海外・国内の旅行関連のガイドブックや書籍制作をはじめ、ブライダル情報誌の編集にも携わる。食べること・飲むことが好きで、趣味が興じて最近では食を中心にWEB、紙媒体などで取材執筆活動中。地元土浦の飲食パトロール、歴史やカルチャー学習も積極的に行っています。

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