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京都の歴史珍訪【高瀬川】『角倉了以』の残した足跡

高津商会RICA

LIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

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角倉 了以(すみのくら りょうい、天文23年〈1554年〉 - 慶長19年7月12日〈1614年8月17日〉)は、戦国時代から江戸時代初期にかけての京都の豪商。諱は光好。
朱印船貿易の開始とともに安南国との貿易を行い、山城(京都)の大堰川、高瀬川を私財を投じて開削した。また江戸幕府の命令により富士川、天竜川、庄内川などの開削を行った。地元京都では商人としてよりも琵琶湖疏水の設計者である田辺朔郎と共に「水運の父」として有名である。(wikiより)

高瀬川開削という後世に残る画期的な事業に取り組んだのは京都の医家、吉田家四代目として生まれた角倉了以でした。

高瀬船による河川交通により、物資の流通を自由にすることを考え、その後、幕府の許可を得て開削工事を自ら陣頭に立って完遂。

その河川運航料や倉庫料の徴収が特許され、これが角倉の収入となりました。

高瀬川はいまでは京都の人の憩いの川となり、四季を楽しませてくれます。

高瀬川という名前は物資の輸送に高瀬や舟が用いられたからだそうです。高瀬川と呼ばれる川はあちこちありますが、京の流れは「角倉川」とも呼ばれました。

高瀬川を開削した角倉了以の別邸跡がいまは「がんこ高瀬川二条苑」というお食事どころになってます。別邸とは言っても国の史跡にも指定されている船着場跡である「高瀬川の一之船入り」が直ぐ前ですから、角倉家の本拠とも言えますね。

元立誠小学校にも、角倉了以の像があります。ここは、日本映画発祥の地としても知られる場所です。(→https://creators.yahoo.co.jp/kozushokairica/0100135237

京都劇場での講談『角倉了以』

講談師さんである京都源流の名跡・玉田玉秀斎(四代目)さんによる『角倉了以』の講談が、10/29金曜14時から京都劇場であります。

京都を舞台に読む講談「京都がたり」シリーズの一つです。

<第四回> 講談『角倉了以』-川で京を救った義商

令和三年度(第76回)文化庁芸術祭参加公演となってます。

玉田玉秀斎さんとは、不思議なご縁をいただきました。つい先日も『高津商会』でのお仕事でもご一緒させていただきまして本当に嬉しかったです。

素晴らしい講談師さまによる京都に関する講談を、是非ともお楽しみに、お足をお運びくださいませ。https://www.kyoto-gekijo.com/performance/2021/kyotogatari3.html

名称:高瀬川一之船入
住所:京都市中京区木屋町通二条下る上樵木町

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