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【京都市】『三十三間堂』で「楊枝のお加持」&「大的大会(通し矢)」で無病息災・疫病退散祈願

高津商会RICALIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

1月16日の寒い京都にある『三十三間堂』で「楊枝のお加持」と「大的大会(通し矢)」が行なわれました。毎年1月15日に一番近い日曜日に「楊枝のお加持」と「大的大会」が行われ、当日は境内が無料解放、本堂の拝観も無料となります!

江戸時代の「通し矢」にちなむ大会で、全国から晴れ着姿や袴姿の人たちが集まり華やかです。

【楊枝のお加持】インド伝来の修法で、平安時代からの伝統をもつという当院最重の法要です。儀式では聖樹とされる「楊枝・やなぎ」で、観音さまに祈願した法水を参拝者に注いで、諸病を除くというもので、特に頭痛に効くと伝えられます。
【大的大会】江戸時代の「通し矢」にちなむ大会で、全国から二千人が参加し、楊枝のお加持と同日に行なわれます。特に新成人の晴れ着姿での競技は、正月ならではの華やかさで、京都の風物詩のひとつです。無料公開される境内は、終日、賑わいをみせます。(HPより)

若人的を射抜き、老壮加持以て痛み抜くと言われ、毎年新春恒例の行事として報道されている「三十三間堂の通し矢」ですが、昨年は残念ながら中止となりました。今年は無観客開催で行われました。

お守り授与所では、お守りはもちろん破魔矢などお販売されていました。

平常は拝観料がかかりますが、この日は無料開放となります。

三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)は、京都市東山区三十三間堂廻町にある天台宗の寺院。建物の正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)。同じ京都市東山区にある妙法院の飛地境内であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂。本尊は千手観音で、蓮華王院の名称は千手観音の別称「蓮華王」に由来する。
国宝。現在の堂は文永3年(1266年)に再建されたもの。当初の建物は平清盛が後白河上皇のために長寛2年(1165年)に建立したものだったが、建長元年(1249年)の建長の大火で焼失した。洛中にある建物の中では大報恩寺本堂に次いで古く、洛中で鎌倉時代にまで遡る建物はこの2棟のみである。入母屋造、本瓦葺き、桁行35間、梁間5間とする。実長は桁行が118.2メートル、梁間が16.4メートルである。軒は二軒繁垂木(ふたのきしげだるき)、組物は出組(肘木を壁面から一手持ち出す)を用いる。(wikiより)

境内には1001体の千手観音菩薩立像と二十八部衆の像があります。二十八部衆は、千手観音の眷属28体からなる群像です。風神雷神像の姿もあります。

昨年は、野外で行われていましたが、今年は境内で「三十三間堂楊枝のお加持」が行われてました。「三十三間堂楊枝のお加持」は、聖樹とされる「楊枝・やなぎ」で、祈願した法水を参拝者に注いで、諸病を除くというものです。無病息災、特に頭痛に効くと伝えられてます。

新春の門松にも、大的大会にちなんでか、弓矢が飾られていました。

来年は、平常通りの「楊枝のお加持」と「通し矢」が行われることを願いながらお参りさせてもらいました。

三十三間堂
〒605-0941 京都市東山区三十三間堂廻町657.
TEL (075)561-0467

LIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

京都で生まれ育つ。世界各地を周遊、欧米中心に20年ほど滞在し京都に帰還。日本のコアな伝統文化や芸能、神社仏閣や裏歴史、催事らを国内外の旅サイト・雑誌・新聞で執筆。経験に基づく“陰謀説”の電子書籍出版あり。ジャーナリスト、写真映像家、イベントプロデューサー、特殊ツアーガイドから日本庭園庭師までマルチに活躍。京都太秦にある老舗『髙津商会』にて映画・美術装飾・アート&エンタメ、海外事業に携わりつつ伝統文化・芸能などに関わる史実や古美術らについて勉強中。『京愛』や『日本愛』を深める毎日。

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