Yahoo!ニュース

【京都市】上京区 京都御所のそばにある大本山『清浄華院』は平安貴族・藤原道長ゆかりの「法成寺」跡!

高津商会RICALIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

京都御所の東、寺町広小路の一角に伽藍を構えている『清浄華院(しょうじょうけいん)』は、浄土宗の八総大本山の1つです。

地元の人からは浄華院(じょうけいん)と呼ばれて親しまれています。

京都四箇本山の一つで、ご本尊は法然上人御影です。

かつては藤原道長の「法成寺」があった場所の一部と見られるとのことです。

現在地に移転してきたのは豊臣秀吉の時代、天正年間(1573~1592)になるそう。

山科言継公の墓もあります。

高麗門と呼ばれる形式をとる清浄華院の表玄関である「総門」。

入ってすぐに「松林院」旧跡という石碑がありました。

阿弥陀如来を安置するお堂である「阿弥陀堂」は、貴族たちが帰依した「旧松林院」です。

皇族やお公家さんの檀家が多く、桃園天皇御母の開明門院の御尊牌や、万里小路家、山科家、姉小路家など諸家のお位牌を現在も安置しています。幕末には会津藩主で京都守護職を務めた松平容保公が半年ほど逗留しています。
現存する阿弥陀堂の建物(旧松林院本堂)は大正天皇御大典の際に二条城に建てられた饗応所(大廊下)を宮内省より下賜され、その部材を使って建てられています。(HPより)

石碑には「華水 手水舎」とあります。

まずは手を洗ってお清めをさせていただきます。

立派な御本堂、境内で一番大きな建物なので「大殿」または「御影堂」と呼ばれるそう。

創建以来の守護神「山王権現社」の祠もありました。毎年11月28日に御火焚祭が催行されるそうですよ。

ご本尊である法然上人像は、後白河法皇よりこの場所を賜った42歳の時のお姿を自ら刻まれたものと伝えられています。

清浄華院には江戸時代から不動堂がありました。

「泣不動の伝説」があり、かなり興味深いです! 泣不動尊像は絵像であり秘仏でした。波除不動の伝承を持つ平安時代作の不動明王立像が今でも「不動院」にいらっしゃいます。石薬師尊と安倍晴明公像も脇侍にいらっしゃるそうですよ。

浄土宗で不動明王がいらっしゃるのは珍しいですね。

西壇には当院の霊験本尊「泣不動尊」がお祀りされています。
自ら身替わりとなり師匠の命を助けようとした弟子を、感動の涙を流して救ったという不動尊の絵像で、本来秘仏でした。
平成26年のご開帳法要を受け、現在は常時開帳しており親しくお参りする事ができます。

金比羅権現・秋葉権現・陀枳尼天・弁財天の四神像も祀られています。

私が大好きな四神像です!

また、2月15日はお釈迦様が亡くなられた命日で、それにあわせ寺宝「大涅槃図」を期間限定で公開されていました。

珍しい図像の高さ4メートル四方の大涅槃図で、通常は描かれない海に鯨や蛸がいたり、上空には鳥が翔び河には魚が泳いでいたり、猫ちゃんも見られます。

ネコは涅槃図にはかかれないことが多いそうですよ!

大殿前の五輪塔には法然上人のご遺骨を納められているそうです。

「清浄華院」さんは、藤原道長ゆかりの場所でもあります。

『高津商会』でも平安時代の源氏の間などを公家に伝わる伝統文化伝承イベントで小道具たちを装飾させていただいたご縁から藤原道長公を身近に感じる今日この頃。

境内からは「平等院」のモデル「法成寺」の遺物と言われる「礎石」が出土されました。

宇治にある「平等院」は藤原道長が創建した世界遺産の寺院。

平安貴族であり藤原道長が晩年心血を注いで造立した大寺院であった「法成寺」は、藤原道長が土御門殿の東側に創建した寺院です。

「法成寺」の跡地から見つかった巨大礎石などが見れますよ。

「清浄華院」さんは、記録上最古の花火興業の寺でもあるそうです。

見どころいっぱいの「清浄華院」さんで平安貴族のロマンを感じながら京都御所にまつわる皇室や宮家を学びつつ歴史と京都の浄土宗のあり方を感じてみるのも興味深いですね!

浄土宗 大本山 「清浄華院」
京都市上京区寺町通広小路上ル北ノ辺町395

LIFE&文化芸術☆プロデューサー/ジャーナリスト(京都市)

京都で生まれ育つ。世界各地を周遊、欧米中心に20年ほど滞在し京都に帰還。日本のコアな伝統文化や芸能、神社仏閣や裏歴史、催事らを国内外の旅サイト・雑誌・新聞で執筆。経験に基づく“陰謀説”の電子書籍出版あり。ジャーナリスト、写真映像家、イベントプロデューサー、特殊ツアーガイドから日本庭園庭師までマルチに活躍。京都太秦にある老舗『髙津商会』にて映画・美術装飾・アート&エンタメ、海外事業に携わりつつ伝統文化・芸能などに関わる史実や古美術らについて勉強中。『京愛』や『日本愛』を深める毎日。

高津商会RICAの最近の記事