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ロックダウンしないスウェーデン、感染拡大も支持率高く 「より強い規制」求める声も

クリストッフェル・クランツテレビディレクター、フリージャーナリスト

「何が最良の方法か、今は誰にも分からない」
新型コロナウイルス拡大抑止と社会機能の維持のバランスをどう取るのか、その模索が世界各国で続いています。第二波への懸念が高まっている日本を含め、経済活動の大部分を止めた国も多くある中で、当初から違う道を選んで注目されたのがスウェーデンです。スウェーデン政府は大規模な「ロックダウン」を行わず、その代わりに、旅行の自粛や高齢者などの隔離を要請する戦略を貫いてきました。免疫を持つ人の割合を増やすことで流行を防ぐ「集団免疫」を目指しているとして、その戦略には賛否があります。しかし、スウェーデン政府は「集団免疫を目指している」との見方を否定しています。
7月25日時点でスウェーデンの新型コロナによる死者数は5697人に上り、世界有数の感染拡大国となっています。何が正しい対策なのかについて戸惑いの声もある一方で、国民の過半数は政府の対策を支持しています。なぜなのでしょうか?
人口の7%以上がすでに感染している、もしくは回復(無症状を含む)しているともされる中で、人々はどのように暮らしているのか。現地の人たちを取材しました。

■自粛や高齢者の隔離…スウェーデンが取り組むコロナ対策とは
「僕は基本的にスウェーデンの行政を信用している」。そう話すのは、スウェーデン西部の小さな町・パティッレ市在住のマルクスさん(28歳)です。8歳の娘と二人暮らし。普段は自閉症成人施設の業務と刑務収容者搬送の仕事を掛け持ちしています。マルクスさんが国のコロナ対策を支持するのは、ロックダウンによる社会への負の影響の大きさを重視しているからです。「もしロックダウンしていたら、家庭内暴力が増える可能性もある」と話します。

 スウェーデンで新型コロナの感染者が初めて確認された1月31日以降、政府は大規模なロックダウンを行わない方針を貫いてきました。その政策には3つの柱があります。

 1つ目は一般の人に対するさまざまな自粛要請です。定例の記者会見では繰り返し言及されているのは、「少しでも体調が悪ければ、仕事を休んで家での療養」と「不要不急な旅行の自粛」です。一般の人のマスク着用も原則として勧められていません。コロナ対策を指揮する国民健康庁のアンデシュ・テグネル国家疫学官が5月6日の記者会見では感染予防効果の科学的根拠が未確定だとして「もしもマスク着用を勧めたら、体調が悪くても、マスクを付けたら外に出ても問題ないと勘違いする人がいると心配している」と述べました。

 2つ目は、いわゆる「高リスクグループ」の人たちの隔離です。70歳以上と持病の人は症状が深刻化する恐れがあるとして、テグネル国家疫学官が3月16日に「高齢者を守らなければいけない」と述べた上、「買い物など手伝ってあげる必要がある」と付け加えて、高齢者の自発的な隔離を要請しました。

 3つ目は、レストランなどでのソーシャルディスタンス(社会的距離)の確保、高校や大学の授業のオンライン化、50人を超える集まりの禁止、といった規制です。

■隔離要請の高齢者、どう支えるか 動いたボランティア
隔離を要請された高齢者などは、外で人と会ったり、買い物や薬の買い出しに行ったりすることが難しくなりました。3月25日にスウェーデン市民緊急事態庁や全国にネットワークを持つNPOが記者会見で、全市町村と連携して代理外出して、国をあげて食品買い物や薬品配達をボランティアベースで行うと発表しました。
マルクスさんが暮らすパティッレ市でも、3月後半から市役所が教会と協力し、困っている高齢者やボランティアを募りました。両者を引き合わせる前に、市の職員がボランティアの一人一人に「無犯罪履歴証明書」の提出を求め、面接も行いました。ソーシャルディスタンスなどの感染予防策も伝えています。市の職員によれば、現時点で市内に約40人のボランティアがいて「多すぎるくらいのありがたい状況」だといいます。

マルクスさんも今年4月から、普段の仕事の時間以外で毎週時間を割いて1、2回、市役所に紹介された高齢者の買い物代行のボランティアに取り組んでいます。自身の祖母と糖尿病を持つ祖父の買い物代行や家の修理も手伝っているマルクスさんは、ウイルス感染のリスクに関しては「私が手伝わなければ、彼らが自分で出かけければいけないので、そのリスクの方が高いと思う」と説明しました。

■「集団免疫を目指した戦略」批判…スウェーデン政府は否定 
 スウェーデンの緩やかなコロナ対策は、「集団免疫戦略」として国内外で議論を巻き起こしました。しかし、コロナ対策を指揮する国民健康庁のアンデシュ・テグネル国家疫学官は4月4日のインタビューで政策について「集団免疫」が公式の戦略であることを否定。「戦略は拡大をできるだけ緩めること」と指摘しています(※1)。レーナ・ハッレングレーン保健・社会大臣も6月23日、国会議員の質問に対し「集団免疫を目標とはしていません」と答弁。「目標は最初から感染拡大を防いで、カーブを緩やかにして、高リスクのグループを守り、医療機関への負担を減らすこと」と述べました(※2)。
ただし、政府は「集団免疫」を望んでいないわけでもありません。前述のテグネル氏は「どの国もいずれ集団免疫を望んでいると思います」「さまざまな方法で一時的には(感染拡大を)抑えられますが、長期的には、それ(集団免疫)以外は効果がない」とも指摘しています。

■国の対策「最良」と信じる…正しいかどうか「今は誰も分からない」
いずれにしても、一連のコロナ対策は、国民の間でも過半数から支持を得ています。6月下旬に国民健康庁が調査会社「KANTAR Sifo」に依頼した、18−79歳の484人を対象に行った世論調査によれば、「コロナ対策は経済成長と国民の健康をうまく両立していると思う?」との質問に、以下の回答結果でした。
・「経済成長と国民の健康をうまく両立していると思う」57%
・「経済成長を重視しすぎ」23%
・「国民の健康を重視しすぎ」6%

自動車メーカーで働いていたパティッレ市のアンドレアさん(49歳)も、国の方針に賛同する一人です。アンドレアさんは今年3月から一時解雇された後、高齢者の散歩に付き添うなどのボランティア活動を始めました。「医療従事者の現場で倒れるまで働いているのを見て、少しでも役に立てたらと思った。」といいます。ただ、不安もあります。「自分が高齢者にウイルスをうつすかもしれない。その怖さはどうしても消えない」。
それでも賛同する理由を、こう話しました。「行政の専門家が決めたので、それが現段階で最良の方法だと信じている。それが覆る可能性もあるけど、今は、誰にも分からないから」。

実際、普段のコロナ関連の記者会見場に姿を見せるのは、政治家ではなく、専門的な知見を持つ官僚です。コロナ対策のかじ取りを担うのは国民健康庁の感染症専門家であり、こうした専門知が直接的に国の対策に関わっていることが、国の政策に対する信頼に結びついているのかもしれません。

■5000人を超える死者…世界有数の感染拡大国
ただ米・ジョンズホプキンス大学の集計によれば、スウェーデンの新型コロナによる死者数は5697人(7月25日時点)。人口10万人あたりの死者数は55.95人で日本(0.79人)の70倍、米国(44.49人)をも上回っています。「国によって統計の取り方が違うため一概に比較できない」といった指摘もありますが、世界有数の感染拡大国となっていることは否めません。

感染拡大の理由はさまざま考えられますが、その一つに、スウェーデンの2月中旬から3月上旬にある冬の休暇期間が、イタリアやイギリスでの感染拡大の時期と重なり、ウイルスの流入を招いた、という見方もあります。

■死者の半分近くは老後施設…疑問視が増える
また、広く大きな失敗として認められているのは、老後施設の施設感染です。死者の半数近くの感染が老後施設で起きていることです。
老後施設の予防対策、たとえば防護服の不足、不適切な指示、スタッフの感染予防知識の不足といった点がメディアなどで厳しく批判されています。前国家疫学官のアニカ・リンデ氏が5月のインタビューで、早い段階でもっと厳しい規制を敷いて、予防対策を打つべきだったと批判したことも話題になりました。
こうした中で、6月に周辺国がロックダウンを解除し始めると、国の戦略に疑問を抱き始める人も増えてきました。
 マルクスさんの祖父母は、「(政策が)最初から間違っていたと思う。皆をもっと厳しく(制限)するべきだった」などと話しました。「私たちは施設に入っていないが、その人たちを考えると、本当に心配」といいます。マルクスさん自身もこうした対策の不備については「行政がもっと素直に自分の失敗を認めて欲しい」と、期待を裏切られた思いを語っています。

■抗体検査でマルクスさんが「陽性」を希望する理由
この状況下、ボランティア活動や普段の仕事をしているマルクスさん。しかし6月、職場で4人に感染が確認されました。ボランティア活動で接触する高齢者や自身の祖父母への二次感染を心配するマルクスさんは、抗体検査を受けることにしました。どんな結果を望んでいるかと問うと、「陽性であってほしい」と言います。
実際、抗体検査を受ける人たちには、陰性ではなく陽性を望む人が少なくありません。なぜなら陽性の場合でも、症状自体はなかったためウイルスの活動時期はすでに過ぎており、今後感染することも誰かに伝染させることもない、と考えているためです。しかし、現時点ではまだ科学的に分からない部分が多くあり、こうした考え方が正しいかどうかも分かりません。
マルクスさんの抗体検査の結果は、陽性でした。結果を受けてマルクスさんは、取材にこう話しました。「祖父母を抱きしめたいと思った。すごく喜んでくれたよ。でもテレビでは『免疫』が確実ではないと言っていた。これで『免疫』がついたらいいね」。

■スウェーデンの政策は正しいか
 スウェーデンの感染拡大の勢いは、4月に1日100人以上の死者を出した時期をピークに、6月以降は弱まってきていると見られています。
 対策の効果を個別に見ると、まず 『自粛要請』は、国民の移動の減少に一定の効果が確認されています。スウェーデンの電気通信事業者「テリア」が、スマートフォンなどで調べた国民の行動調査の結果によれば、3月中旬から4月中旬にかけての旅行客の数は、2月上旬と比べて約20%減りました。感染率が高い首都ストックホルムでは、30%近くの減少がありました。ただ、新規感染者の確認件数が減り、現在は元に戻る傾向にあります。
 目標にしていた『高齢者の隔離』は評価出来る面もあります。国民健康庁が献血者の抗体状況を調べたところ、5月下旬に20−64歳の陽性率は7.6%だったのに対して、65歳以上は3.9%に留まりました。
また、話題となっている『集団免疫』について、7月16日の記者会見で国民健康庁のヨハン・カールソン庁長が、『集団免疫』という単語こそ使いませんでしたが、抗体を持たない人でも免疫を持っている場合があると示す最新の研究を踏まえて、「首都の人口40%は何らかの『免疫』を持っている可能性がある」と示唆しました。

■何が正しいか分からない中で、私たちにできること
スウェーデンのコロナ対策は正しいのか――。
日本では4月7日に緊急事態宣言が発令され、臨時休業の店が増えて通勤する人も激減しました。他方、スウェーデンでは多くが法的根拠のない要請として行われています。その政策について、スウェーデン出身で東京在住の私には、正しいと信じたい気持ちと、正しくないのではないかという不安、その両方がありました。そして母国で新型コロナの感染者が最初に確認されてから半年過ぎた今も、何が正しいのかは分からない状況です。
日本で7都府県に緊急事態宣言が発令される2日前の4月5日、スウェーデンではカール16世グスタフ国王が、復活祭の前にテレビ演説でこう述べました。
「今は様々なことが不確定ですが、一つは確かです。私たちはこの先ずっと、今の時代のことを思い出すでしょう。私たちは隣の人のことを考えたのか、それとも自分のことだけ考えたのか、と。今後、その選択は長い間忘れられないものになると思います」
スウェーデンで自身の時間を割いて、感染リスクを負いながらも、ボランティア活動を続ける人たちを見て、私は改めて思いました、どこの国の対策が正しいのかどうかはまだまだ判断できません。ただ私たちにできるのは、感染に気をつけながら、どう生きていくのか、そして隣の人とどう接すべきか、それを考えていくことだ、と。

※1
https://svenska.yle.fi/artikel/2020/04/04/nej-sveriges-strategi-ar-inte-flockimmunitet-men-flockimmunitet-ar-enda-sattet

※2
https://www.riksdagen.se/sv/dokument-lagar/dokument/interpellation/sverige-under-covid-19_H710415

クレジット

ディレクター
Kristoffer Rage Krantz(クリストッフェル ラーゲ クランツ)

テレビディレクター、フリージャーナリスト

スウェーデン生まれ。1998年初来日、2004年早稲田大学商学部卒。ニュース番組ディレクター。豊島区「男女共同参画推進会議」副会長。2009-2016ブラジル・サンパウロで写真家活動。2016年再来日。2018-2019ハフポストネット配信番組「ハフトーク」のディレクター。グローバルなスタンスで日本の#Metooムーブメント、リプロダクティブ・ライツ、LGBTの権利など、女性とマイノリティが抱える問題などを特集。