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隈研吾氏設計のアートなトイレで憩う@鍋島松濤公園【東京都渋谷区】

Luna Subitowriter editor(東京都渋谷区)

松濤美術館と並んで渋谷の喧騒と隔絶した異空間――といえば、すぐそばにある「鍋島松濤公園」。閑静な邸宅街の一角から樹々が鬱蒼と生い茂る階段をとんとんと下っていくと、もうそこは別世界。

渋谷アナザーワールドの入り口?
渋谷アナザーワールドの入り口?

小径の向こうにはリゾートのようなしっとりした水辺が。

ここから10分ほど歩いたところにあのスクランブル交差点があるとは信じがたいけしき。

この池は古くからの自然遊水池で、水辺には昔話に出てくるような古い水車小屋も。

ここは江戸時代に紀伊徳川家の下屋敷のあった場所。佐賀の鍋島家が払い下げを受け、士族のために明治9年(1876年)に松濤園という茶園を開き、「松濤」というブランド名のお茶を栽培していたそう。地名にもなった松濤とは、茶の湯がたぎる音を意味する語なのだとか。

大正13年(1924年)には茶園の跡地が児童公園となり、昭和9年(1934)から渋谷区に移管され、戦後に「鍋島松濤公園」として人々の憩いの地になったというわけです。
(*鍋島家は江戸時代に「化け猫騒動」で有名になりましたが、実際は歌舞伎用に創られた架空のお話のようです)

2021年には渋谷区と日本財団が展開する「THE TOKYO TOILET」プロジェクトの一環で、鍋島松涛公園内に隈研吾氏設計のトイレが完成。国立競技場をはじめ、国内外で引く手あまたの隈研吾氏がデザインした公共トイレって、なかなか贅沢ですよね。10年ほど前に隈さんのインタビューをしたことがありますが、建築について非常に思慮深く淡々とお話をされるけれど、じつはとてもチャーミングで愛のあるひとなのだなあと感じました。このトイレにも、隈さんの愛を感じます。

といっても、ぱっと見 トイレにはまったく見えませんよね。
じつは去年、隈さんのトイレの存在を全然知らずにこれに遭遇した時は、「えっ 隈研吾さん風のすごいアートインスタレーションがいつの間に?!」とびっくり。作者名がどこかに表示されていないか探していたら、このマーク↓が見えて初めてトイレだと気づいた次第。

隈さんテイスト全開のランダムに配置された杉板ルーバーで覆われた森に分け入ると、迷路のようなトイレの集落が。。

お洒落なリゾートホテルの離れのコテージのようにも見えますが。

日本財団のサイトによると、このトイレは子どもが利用できるトイレや、イベントの多い渋谷の街に合わせて着替えができるトイレなど、小さな5つのトイレを設計しているそう
日本財団のサイトによると、このトイレは子どもが利用できるトイレや、イベントの多い渋谷の街に合わせて着替えができるトイレなど、小さな5つのトイレを設計しているそう

トイレにそっと入ってみると、中にも杉板の味わい深いアートが!

小さなホワイトキューブのようなトイレ空間
小さなホワイトキューブのようなトイレ空間

しかもデザインが一室一室異なる! 芸がこまかい!

日が暮れてライトアップされると、まるで野外劇場の舞台みたいな雰囲気に。

住宅街の歩道からもしゅっと目を引く存在感。うつくしくふぞろいな隈研吾印のトイレは、歴史あるこの地に不思議になじんでいます。

余談ながら、鍋島松濤公園のすぐそばには、かつて三島由紀夫が思春期から青年期(1937~1950年)に暮らした家がありました。少年時代の三島も鍋島松濤公園で遊んだのかもしれません。三島がまだ10代だった1944年に書かれた処女短編集『花ざかりの森』や、1949年に書かれた初期の傑作『仮面の告白』も、松涛のけしきの中で執筆されたものだと思うと、感慨深さもひとしおです。
(さらに余談ですが、三島由紀夫がかつて暮らした松濤の家の廃材を使ったインスタレーションに、瀬戸内海の近代遺産・犬島精錬所を舞台にしたアートプロジェクトで出逢ったことがあります。その様子を過去のブログに書いているので、ご興味のある方はご一読を)

松濤に訪れた際は、松濤美術館はもちろん、鍋島松濤公園と隈研吾さんトイレにもぜひお立ち寄りくださいね。

関連サイト
【渋谷の名建築】1981年開館時の松涛美術館にタイムトリップ。白井晟一の美意識に浸る

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鍋島松濤公園
住所:東京都渋谷区松濤2-10-7

writer editor(東京都渋谷区)

奥渋在住20余年。旅、アート、インテリア、ウエルネス、映画、猫など多様なメディアに携わる文筆家。

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