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007最新作の舞台・南イタリア世界遺産の街で見つけた「SHIBUYA」

Luna Subitowriter editor(東京都渋谷区)

村上春樹は『遠い太鼓』(講談社 1993年)の一篇、ギリシアのハルキ島を訪れたエッセイでこんなことを語っている。
――「あなたと同じ名前のついた小さな島がエーゲ海にあったとしたら、あなただって一度はそこに行ってみたいと思うでしょ?

これになぞらえると――
もしあなたの住んでいる街と同じ名前の小さな料理店が南イタリアにあったとしたら、あなただって一度はそこに行ってみたいと思うでしょ?

というわけで、渋谷区民の私が南イタリアで「SHIBUYA」なるお店に訪れた話をさせていただきます。

こちらがお店のロゴ。デザインがシブヤのクラブ風だけど、東京都渋谷区ではなく、南イタリアのマテーラにある小さな料理店(PICCOLA CUCINA)の「SHIBUYA」です
こちらがお店のロゴ。デザインがシブヤのクラブ風だけど、東京都渋谷区ではなく、南イタリアのマテーラにある小さな料理店(PICCOLA CUCINA)の「SHIBUYA」です

私が「SHIBUYA」を見つけたのはコロナ禍になる数年前。その街の名はMATERA(マテーラ)。イタリア半島のブーツのかかと辺りに位置する南イタリア有数の世界遺産の街。
007の最新作『No Time to Die』の冒頭の重要なシーンにも登場した ぞっとするほど美しい洞窟都市で、Sassiと呼ばれるこの地特有の石灰石でできた無数の洞窟住居や教会が、ひとつの巨大な彫刻のように街を形成している。

20年ほど前、最初にマテーラの旧市街を訪れた時は廃墟の洞窟だらけで、痩せた野良犬や野良猫ばかり目についた。ローマなど主要都市からの交通の便も悪く、陸の孤島といわれていた。そんな街の中をそぞろ歩いていた時、どこからともなくジャミロクワイのヴァーチャルインサニティが大音量で響いてきた瞬間の不思議な感覚は今も忘れられない。

20世紀初頭のマテーラは、インフラや衛生環境の整わない洞窟住居での暮らしが南イタリアの貧困の象徴とされ、“イタリアの恥”とまで揶揄されていた。けれど、1980年代にユネスコ世界遺産に選ばれ、さらに2019年には欧州文化都市に選出され、荒廃していた街が見事に蘇った。
数年前に私がマテーラを再訪した時は 洞窟を素敵にリノベしたラグジュアリーなホテルやリストランテ、ギャラリーがどっと増え、観光客が世界中から訪れる人気都市に変貌していた。

欧州文化都市に選ばれた2019年は、街中でさまざまなアートプロジェクトが繰り広げられた。
欧州文化都市に選ばれた2019年は、街中でさまざまなアートプロジェクトが繰り広げられた。

そんな街の一角で偶然見つけたのが「SHIBUYA」だった。

お店の前で仔猫が日向ぼっこ
お店の前で仔猫が日向ぼっこ

「SHIBUYA」のロゴを発見した時
えっ…? と 思わず二度見。

迷わず中に入ると、洞窟を改装した店の壁に沖野修也さんの顔をモチーフにしたアートがどーん!

沖野さんといえば、渋谷の老舗クラブ「The Room Shibuya Tokyo」のレジェンド創業者。沖野さんのDJは選曲がすごくキレッキレで海外でも評価が高い。私も沖野さんの選曲が昔からとても好み♪ 「SHIBUYA」のオーナーさんも、沖野さんファンだったよう。

かわいいお嬢さんに囲まれているのが「SHIBUYA」のオーナーさん
かわいいお嬢さんに囲まれているのが「SHIBUYA」のオーナーさん

オーナーさんもDJ兼シェフらしく、選曲が夕方早くからテンションが高くアゲアゲだった(途中で坂本龍一の「Tango」をOrnella Vanoniがカヴァーした曲「Isola」がかかった時は一瞬空気が変わったけれど)。マテーラの郷土料理サルシッチャとカルドンチェッリのパスタ(絶品でした)とバジリカータ産のワインをいただいている私に、オーナーさんが「KYOTO JAZZ MASSIVE!」といってニヤリ。私が東京のシブヤに住んでいると言うと、「E vero?!(ほんとかいな?!)とウケていた。

どこの国にも海外の都市名を店名にしているお店があるけれど、「SHIBUYA」というお店を海外で見つけたのは初めて。しかも、日本法人のお店とか、勘違いした現地の日本料理店とかではなく、何の利害関係もなく 純粋にシブヤやシブヤ的な音楽の世界観をリスペクトしているイタリアの極めてローカルな個人店というのが おもしろい。

個人的には、渋谷もマテーラも地球上でとりわけ大好きな街。2つの愛する街が思いがけない形でつながっていることがなんだかうれしかった。

お店の前は古い教会や博物館が立ち並ぶ風情ある通り。
すぐ側では少年がピアソラばりのバンドネオンを奏でていた。
コロナ禍が明けたら、マテーラの「SHIBUYA」にまた訪れたいなあ。

渋谷もイタリアも コロナ禍で飲食店さんはほんとうに難儀だと思います。でも、かつてマテーラが暗い時代から劇的に蘇ったように、うつくしい夜明けが来ることをせつに祈っています。

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SHIBUYA
Vicolo Purgatorio 12, 75100, Matera Italy
Tripadvisor:https://www.tripadvisor.com/Restaurant_Review-g187772-d3691609-Reviews-Shibuya-Matera_Province_of_Matera_Basilicata.html

writer editor(東京都渋谷区)

奥渋在住20余年。旅、アート、インテリア、ウエルネス、映画、猫など多様なメディアに携わる文筆家。

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