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「もう限界…」20年以上選挙取材を続けるライター畠山理仁 候補者34人全員取材の超ハードな18日間

前田亜紀ディレクター/プロデューサー

国政から地方自治体まで、独自の視点で選挙取材を重ね、選挙の魅力を読者に伝えるフリーランスライター 畠山理仁(49)。選挙取材をまとめた著書が、開高健ノンフィクション賞を受賞するなど、高い評価を受けている。その文章に触れると、選挙ってこんなに面白かったのか!と、次の選挙を待ち遠しくさせてくれる存在だ。大手メディアが目も向けないいわゆる“泡沫候補”にも「訴えたいことは何ですか?」とカメラを向け、その声に真剣に耳を傾ける。そんな畠山の肩越しにカメラを据えると、一体どんな世界が映り込むのか。2022年7月の参院選では、34人の候補者全員への取材を試みる畠山に文字通りの“密着取材”を敢行した。金銭的に厳しい選挙取材が続く中、「潮時かも」と引退を吐露しながらも、25日に告示される沖縄県知事選取材に飛び立った畠山の、選挙にかける情熱に迫った。

2022年6月22日。参院選の公示日にあたるこの日、東京都庁第一庁舎25階の選挙管理委員会は朝8時半から立候補の届出受付が始まり、にぎわいを見せていた。立候補予定者は、当選6枠に対し、34人という異例の多さ。そしてこの日は、畠山にとって選挙取材のキモである。「全候補者を取材する」を決め事にしているため、ここで今後の活動予定や連絡先を聞かなければ二度と会うことができない候補者がいるのだ。訪れる立候補者の様子をじっと見つめ、ひたすらメモを取り、届出が終わった候補者に声をかけ、話を聞く…。メジャー政党の候補者だけでなく、無所属や個人で出ている独立系候補全員を取材して、有権者が比較できるよう世に伝えるのが自身の仕事だと考えている。通常、“主な候補者”以外は報じないマスコミの選挙報道に対しての孤軍奮闘の抗いでもある。体一つで候補者全員を取材するとなると、さぞ効率重視かと思いきや、候補者一人一人との話はずいぶん長い。選挙で訴えたいことは?から始まり、供託金(300万円)をどうやって準備したのか、家族や周囲から反対はなかったか、さらには趣味に至るまで質問は多岐に渡る。候補者の顔写真と簡潔なプロフィールを得るために横で並んでいた大手メディアの記者たちが、メモする手を止め、半ば呆れた顔を見せていた。
午後3時になって、34人目の立候補届出が行われた。無所属の中村高志さん(62歳)だ。「選挙で何を訴えたいですか?」と尋ねたら、「実は内緒なんですけど、私は超能力者で…」と言う。詳しく聞くと、テレパシストで、自分の考えたことが世界中に伝わっていることを20年以上前から自覚するようになったという。悩んでノイローゼのようになった時期もあったけれど、その力を使い、景気回復ができるのではないかと考えて、立候補を決めたそうだ。中村さんの話をじっくりと聞き、最後に取材のお礼を告げたところ、中村さんから、「この話を聞いてどう思いましたか?」と逆に尋ねられた。実は、ここまで詳しく超能力の話を人にするのは初めてなのだという。変な人と思うのか?という素朴な問いかけだった。都庁25階のエレベーターホールの片隅で、初対面の相手に誰にも話していなかった心の内を語らせるのは、畠山の特異な人柄ゆえなのだろう。中村さんの質問に対し、改めて超能力と心身の状態を聞いた上で、畠山は真摯にこう答えた。「社会のために能力を使おうという考えを持っているのは、すごいことだと思います!」

畠山に、「取材を通して何を見たいのか?」と尋ねた。「世の中に決まったことはないってことを見たいのかな。こんな面白い人がいたよ、こんなことがあったよ、という発見を伝えることで、みんながもっと自由に政治について語れるようになるんじゃないかと思ってやってるのかな」との答えだった。選挙取材を20年以上やっていても、毎回驚かされる出会いがあるという。「いろんな人がいますから…」と、さらりと語る言葉に、多様な人生を見てきた重みを感じた。

・赤字の選挙取材人生
2日目、3日目と畠山の選挙取材を取材して感じたのは、「そこには畠山しかいない」という現場が多々あることだ。取材陣が誰もいない(場合によっては聴衆もいない)ところに、一人佇む状況を何度も見た。聞いてみると、「そんなもんです」ということらしい。「公示日、週末、選挙戦最終日はみんな取材に来るけど、他は寂しいものです」と言う。少しでも選挙に興味を持つ人が増えて欲しいという思いから、他のメディアや学生など、取材を希望する人がいれば情報をシェアし、候補者を紹介し、インタビューの段取りを組んだりということもやっている。
畠山の全候補者取材は、公選法でマイク使用が認められている朝8時から夜8時まで、パズルのようなスケジュールで続いていく。移動すればお金がかかり、車を止めてもお金がかかる。都内移動とはいえ、毎日朝から晩までとなれば、経費はかさむ。限られた選挙期間の間に原稿書きを複数並行することは難しく、選挙取材は赤字のスパイラルに陥っているという。原稿だけでなく、撮影した候補者たちの街宣動画をSNSやYouTubeで紹介したりと、選挙期間中は睡眠時間が平均2時間ほどという過酷さだ。それでも、「同じライブは二度とない!」と言い、遊説スケジュールがバッティングすると、体が一つしかないことを嘆く。政党や当選の可能性の有無に関わらず、足しげく取材する畠山は、候補者にとってありがたい存在で、実際に感謝される姿を現場で何度も目にした。

・取材姿勢を支えている候補者の言葉
来年で50歳になるという畠山が、選挙取材を始めたのは20代の頃。懇意にしていた週刊誌の編集者が、選挙ネタの企画を度々出してくる畠山に機会をくれ、選挙取材をするようになったことが始まりだという。
その時取材していた、ある無所属の候補者の言葉が今でも心に残っているそうだ。落選を繰り返しながら選挙に出続けている“不屈の男”の演説中の投げかけだ。「みな選挙に出て政治信念を主張したらいい!選挙に出ないというのは、自分がかわいいんであります!」。この言葉に、本当にそうだなと思ったという。自分は決して出られない選挙に、多くの犠牲を払って出てくれる候補者に敬意を払わなければならない。その考えが誰一人取りこぼさない選挙取材の姿勢を支えている。ちなみに畠山は、“泡沫候補”という言い方を決してしない。何の後ろ盾も持たない候補者を“独立系候補”と呼び、敬っている。そしていつも、有権者にこう呼びかけている。「街頭演説などで実際に候補者の話を聞いてみてください。それでどんな人か判断して投票してください」。わざわざそこまでしなくてもいいのではないか…?と正直思っていたのだが、今回、私は畠山に密着することによって、自身が有権者でもある東京選挙区のほとんどの候補者たちの話を直接聞く機会を得た。結果、これまでになく投票先に悩んだあげく、当初は「絶対にないだろう」と思い込んでいた投票先を選んだのだった。

・50にして天命を知る?
「選挙期間がもっと長いといいのに!」と楽しそうに話していた畠山が、参院選の終盤、思いもよらぬことを口にした。「実はもう限界かなと思っていて。この赤字の選挙取材人生を終わりにしようと思っています」。畠山が今回の選挙期間中に記事を書いたのは、『週刊プレイボーイ』とWEBの『選挙ドットコム』の2媒体のみ。どちらにも候補者34人、1人も欠けることなく、その政策や主張、そして取材で垣間見た人柄が記されていた。こうした記事は選挙期間中に出さねば意味がなく、限られた時間を取材に使うか、執筆に使うか、究極の選択を迫られる。取材に重きを置く畠山は、舞い込む執筆依頼を断わっているというのが現状だ。そして、選挙取材にどっぷりはまることによって、そもそものライターの仕事にも支障が出てしまい、実は生活のためにアルバイトをしているという。聞けば、「知り合いの別荘で木こりをしたり…」というバイトらしい。畠山と言えば、政治や選挙にまつわる著作が複数あり、中でも『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)は、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞し、高い評価を受けてきた。だが、「結局、求められていないってことです。来年で50歳。そろそろ潮時です」と言う。
参院選期間中にも、「赤字の選挙取材人生をどうやってやめようか…」と冗談交じりにこぼすことはよくあった。「仕事ではなくライフワークにしようかな…」という謎の発言も耳にした。だが、引退を匂わせる一方で、次に取材する選挙についても話していた。国政選挙はしばらくないが、様々な地方選が予定されている。中でも沖縄県知事選には必ず行くつもりであると。畠山にとって沖縄県知事選は4年前にも取材し、「独特の面白い選挙」を見せてくれる場なのだという。今年、返還50年の節目に当たる沖縄は選挙イヤー。その天王山と言われるのが9月の沖縄県知事選だ。参院選での候補者全員取材の過酷さとは異なり、今回は選挙の面白さ、畠山の“選挙漫遊”全開の取材記となるのではないか。8月25日の告示日から9月11日の投開票日まで、17日間の選挙戦を取材するために、告示日前日の24日、畠山は那覇へ向けて飛び立った。この選挙取材は見届けねばならない。畠山の後を追うことにした。

クレジット

ネツゲン

ディレクター/プロデューサー

大分県出身。2001年よりテレビ番組制作の仕事に携わる。フリーランスのディレクターを経て、映像製作会社ネツゲンに所属。「ETV特集」「情熱大陸」「ザ・ノンフィクション」など、テレビドキュメンタリーの制作多数。2016年、監督作品『カレーライスを一から作る』を公開、のちにポプラ社より書籍化。2019年度児童福祉文化賞推薦作品、中高生が選ぶ小平市ティーンズ大賞などを受賞。プロデュース作品に『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』などがある。

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