Yahoo!ニュース

沖縄県知事選で見た、選挙ライター・畠山理仁の独特のスタンス

前田亜紀ディレクター/プロデューサー

沖縄県の本土復帰50年の節目にあたる2022年は、県内の自治体選挙が重なる「選挙イヤー」だ。その天王山が、9月11日の県知事選。選挙といえば、「選挙男」の異名をとるフリーライター畠山理仁(49)の出番だ。国政から地方選まで、面白そうな匂いを嗅ぎつければどこへでも行く選挙取材歴20年以上のライターは、7月の参院選取材の際、収支が合わない経済的厳しさから「沖縄県知事選を最後に選挙取材人生を引退する」と口にしていた。沖縄行きを「卒業旅行」と称して家族を説き伏せ、3週間の現地取材を敢行。「世界の選挙を見てきて、選挙はお祭りだし、エンターテインメントになると思っているんですけど、沖縄はそれに近い。これだけ選挙を一生懸命やる都道府県は、なかなかない」と語る畠山の肩越しにカメラを据え、選挙取材に同行した。
(敬称略)

知事選が告示された8月25日、オール沖縄勢力が推す現職の玉城デニー、自公が推薦する佐喜真淳、前衆議院議員の下地幹郎の3人が立候補した。4年前にも戦った玉城、佐喜真に対し、下地は革新・保守のどちらでもない第3極として政党からの推薦を受けずに立った。3人はともに政治家としてのキャリアは長く、選挙戦では名護市辺野古の新基地建設の是非について、考えの違いを鮮明に打ち出した。

那覇市に始まり、宜野湾市、沖縄市、名護市、糸満市、南城市……。畠山の背中を追いながら感じたのは、沖縄の人たちは確かに選挙に一生懸命であることだ。真夏のような日差しの中、街頭演説には多くの人が集まり、各陣営それぞれのテーマカラーの鉢巻を締め、候補者名が書かれたのぼり旗を持って拳を上げる。佐喜真、下地の両陣営は、演説の前後にオリジナルのテーマソングを流して盛り上げる。玉城陣営では支援者が太鼓を叩いたり、歌ったり、それに乗って踊る人もいる。

こんな盛り上がりを見ながら、畠山はこうつぶやいた。「不思議なんですよ。沖縄だと、これはいいのか悪いのかの区別がつかなくなってくる」

沖縄は、「公選法特区」とやゆされるほど、選挙違反が多い。例えば、候補者名が入ったのぼり旗。公職選挙法ではルールが厳密に定められており、ほとんどの場合、街中での使用は認められていない。しかし、沖縄では、いったい何百本用意されているのか、と思うほど、色とりどりの名入りののぼりが街を彩っている。

選挙運動に使われる車も多い。公選法上は候補者に1台、政党に1台ずつの選挙カーしか認められていないが、街中にはスピーカーを載せた車がたくさん走っている。

支持する候補者名を周知するために支援者が勝手に走らせる車を、畠山は「野良街宣車」と呼ぶ。「また、野良ですねぇ」「これは本物です」という会話を何度したことか。ふだんは街宣車から流れてくる音を察知して候補者の動きを追う畠山の特異な耳も、この混戦状態に迷走を余儀なくされた。

「世の中にはいろいろな人がいる。だから政治家もいろいろな人がいた方がいい」というのが畠山の持論だ。立候補へのハードルを下げ、より多くの人が挑戦できるようにすれば、有権者の選択肢が増え、相対的に政治家の質も上がっていくと考えている。
「僕の中での正義は、『選択肢が少なすぎるんじゃないか』という正義。『多くの候補者を見てくれ』というのが僕の正義。まだ(選挙という競技の)グラウンドが全然平らじゃないじゃん、と思うんです」

閉じた選挙や政治では社会は良くならないと考え、黙殺されがちないわゆる「独立系」の候補者にも光を当てる取材を続けてきた。先の知事選ではこうした立候補はなかったが、畠山は選挙取材の合間に、出馬を断念した「出ようとしたけど出なかった」人たちの声にも耳を傾けた。

告示前には県選管による立候補予定者への事務説明会がある。畠山によれば、大手メディアも取材するその場に参加すること自体、ハードルが高いという。
この知事選では、説明会に参加しながら立候補を断念した人が4人いた。そのうち連絡がとれた3人に、なぜ断念したのか、選挙戦では何を訴えたかったのかを聞いた。それぞれが語ったのは、立候補するために知事選で300万円かかる供託金の高さや、従来型の選挙運動では物量的に太刀打ちできず、選挙のあり方そのものを変えていくべきではないかという問題提起だった。
さらに共通していたのは、社会のため、公のために、やらざるをえないじゃないかという、自己犠牲にも近い真摯(しんし)な思いだ。「できれば目立ちたくない」「静かに暮らしたい」、でも、それぞれが「見て見ぬふりはできない」という思いに駆られ、出馬の準備をしていた。

そのうちの1人、会社員の兼島俊(44)は、こう話す。「投票に行く50%だけで決まる選挙をどうにかしたい。行かない50%がどうやったら興味を持ってくれるか。50年後のための仕事として諦めずにやっていきたい」。旧来の選挙のやり方では振り向いてくれない人たちをどう振り向かせるか、新たなムーブメントを作るにはどうしたらいいか。兼島は、自身の考えを1時間以上にわたって畠山に語った。

選挙に参加しない50%へのまなざしは、畠山の取材姿勢にも通じている。畠山の選挙取材のスタンスは、「誰でも体験できること」に貫かれている。候補者の街頭宣伝に行き、演説を聞く。演説が終わって、話かけられるようだったら声をかけ、質問をしてみる。取材の狙いや目的にしばられることなく、空っぽの状態で現場に行き、見聞きした「面白い」を拾い集めていく。誰でもこんな楽しい体験ができますよ、と敷居を下げながら、選挙に参加する意義も加味して、記事として伝えていく。「フットワークの軽さが生命線」と言うだけあって、足しげく現場に通う分、取材データは膨大な量となり、それを原稿にまとめるのは気が遠くなる作業だろうと横で見ていて思う。

今回の沖縄県知事選の投票率は57.92%。4年前より5.32ポイント下がり、史上2番目の低さだった。選挙に行かない半分の人に、選挙の面白さを伝えるための畠山の選挙取材は、まだしばらく続きそうだ。「卒業旅行」という名目は無事撤回され、畠山の3週間の沖縄選挙取材は、3本の記事となって世に出た。とはいえ、収支でいえば、きっとまた赤字なのだろう。投開票日の翌朝、「次はどこの選挙へ行こうか」と話しながら取材を終えた。

クレジット

ネツゲン

ディレクター/プロデューサー

大分県出身。2001年よりテレビ番組制作の仕事に携わる。フリーランスのディレクターを経て、映像製作会社ネツゲンに所属。「ETV特集」「情熱大陸」「ザ・ノンフィクション」など、テレビドキュメンタリーの制作多数。2016年、監督作品『カレーライスを一から作る』を公開、のちにポプラ社より書籍化。2019年度児童福祉文化賞推薦作品、中高生が選ぶ小平市ティーンズ大賞などを受賞。プロデュース作品に『なぜ君は総理大臣になれないのか』『香川1区』などがある。

前田亜紀の最近の記事