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「客の人生背負っている」ーー滝下り “キャニオニング” のリスクに向き合いつづけるガイド

松原保パワーアイ代表・フィルムメーカー

ラフティングとならび、夏のアクティビティとして人気急上昇の“キャニオニング”。ロープワークを駆使しながら滝を垂直下降したり、滝の中を滑り降りたりと渓谷を下るアクティビティだ。その発祥はフランスのアルプスと言われ、日本では約20年前にはじまったと言われている。今、アウトドアブームの高まりとともに愛好者が増えているが、「安全への取り組みが不十分で、重大事故が多発しかねない状態にある」とアジアで唯一、国際キャニオニング協会認定のインストラクター資格を持つアキラさん(田中彰さん)は警鐘をならす。四国・吉野川の上流、高知県大豊町に拠点を構え、フリーランスのガイド業を営む傍ら、世界に残る未知の渓谷を探検するアキラさんの安全へのこだわりを探った。

・夏季限定のビジネスだけに経営は難しい
キャニオニングはトレッキング、クライミング、懸垂下降、水泳、カヌー、飛び込みなど、さまざまな要素を駆使して、渓谷を下るアウトドアスポーツだ。ウエットスーツやハーネスと呼ばれる登山用具を改良した専用ギアが必要なため、初めての人にとっては敷居が高いアクティビティ。しかし、その全身で感じる爽快さを一度体験すると、多くの人がリピーターになるという。あるツアー会社のデータでは、リピーター率が70%を超えるほどだ。

渓谷にツアー客が入れる時期は、5月のゴールデンウイークから10月半ばまで。ツアー業者は、この5カ月間で1年の稼ぎをあげないと経営が成り立たない。さらに、この期間は梅雨や台風もあり、予約も天候次第でキャンセルになることが多い。装備レンタル代を含め、一人当たり半日で8000円、丸1日で15000円がツアーの相場。ビジネスとしてはリスクが高いわりに、もうけが少ない。アキラさん自身も冬場は長野県のスキー場のアルバイトで生活費を補てんしている。

・学生時代の木登りの技術が役に立つ
淡路島で生まれ育ったアキラさん。子供の頃から海で遊び、冒険や探検に憧れていた。テレビで見た水曜スペシャル「川口浩探検隊」に大いに影響を受けたという。関西大学に入学すると探検部に入部。そこで木の上には未だ誰も知らない世界があることを知り、樹上探検の世界にのめり込む。2年間の準備を経て、アフリカ・マダガスカルのジャングルで1カ月半、地上に降りずに木の上で生活するという前人未到の記録を作った。大学を卒業してからも、木登りを追求し、アマゾン樹冠調査遠征にも加わる。探検部の活動では、入念な下調べと事故を避けるための安全対策、さらには事故が起きた場合の対応策を徹底的に行うべしという伝統で鍛えられ、安全性を徹底する習慣を養った。

・ビジネスに潜む危険性
キャニオニングをビジネスの観点から見れば、アプローチが簡単で難易度の低い渓谷に入り、少ないガイドで大量の客をさばくツアーが最も利益を出しやすい。シーズン中は、こうした効率優先のツアーが全国各地で開催されているが、「ガイドは通年での雇用が難しいため日雇いのような待遇になり、有能なガイドの奪い合いもある」とアキラさんは言う。拡大するキャニオニングのニーズに反して、十分なスキルを持つガイドは極めて少ないのが課題となっている。実際、国際キャニオニング協会の試験に合格し認定されたガイドはアキラさんを含めて4人のみ。アシスタントガイドは約30名しかいない。一方で、キャニオニングを扱うツアー業者の数は、正確な数は分からないが「少なくとも数百社以上はあるだろう」とアキラさんは言う。2015年には、健全なレジャーとして普及させることを目的に、ジャパンキャニオニング協会が設立され、アキラさん自身も副理事に就任した。しかし、協会に加入しているのは10社ほど。ほとんどのツアー業者は独自に営業を続けているのが現状だという。

・常にリスクと隣り合わせだという自覚を持つことが大事
近年、渓谷での遊びの危険性を象徴する出来事も各地で起こっている。2020年8月には、栃木県の「おしらじの滝」の滝つぼに飛び込んだ男性2名が死亡するなど、重大事故が起きた。さらに、最近では業者が主催するツアーだけでは物足りないと、ガイドを伴わず、難易度の高い渓谷に行く愛好者も多くなってきた。反響を求めて危険度の高い断崖絶壁の絶景をSNSに投稿する者もいる。しかし、中途半端な経験と知識でキャニオニングをすると、ささいなミスで大ケガにつながる。時には命を失う危険も伴う。「楽しさを追求するあまり、リスクマネジメントを考えていない。事故は何時、どこにでも突然起こる。」とアキラさんは訴える。

同じコースをたどるツアーでも、アキラさんはいつも下見を欠かさない。ツアー客の体調を知り、無理な行為はさけながら、常に自分が率先して手本を見せ、安心させることもガイドの大切な仕事だ。「ロープワークなどの技術だけでなく、地質、気象、衛生学をも身に着け、何よりも緊急時の対応を事前に考えておくことが必要だ」と言うアキラさん。世界トップレベルのスキルを持つ彼でさえ、自分自身がケガを負った時の備えとして、どこにいても救助信号を発信する衛星携帯電話を必ず持っていく。

事故なく安全に多くの人がキャニオニングを楽しむためには、スキルを身につけたツアーガイドの育成が普及のカギを握っている。アキラさんは、ツアーのない空き日には全国各地から志願してやってくるガイド育成の実践講習会も開き、無料で教えている。講習会では事故が起きた時を想定し、レスキュー方法の指導に最も力を注いでいる。

・地域活性化への起爆剤の可能性を持つも、理解されない現状
過疎の地域ほど豊かな自然と渓谷が残り、キャニオニングはその地域の観光資源になる可能性を秘めている。群馬県のみなかみ町は、アドベンチャーツーリズムの成功事例として、全国の自治体から注目されている。しかし、欧米ではメジャーなキャニオニングも日本での認知度はまだまだ低いため、普及には「地域社会の理解」という課題が横たわる。徳島や高知の川沿いで講習会を開催していたアキラさんたちは、その様子を役場や警察に通報され、危険行為として注意を受けることがよくある。また、滝そのものが、天然記念物やご神体として崇められてきたことから、キャニオニングには許可されない例も多い。新しいスポーツだけにルールも整備されていない。アキラさんは講習会やワークショップに精を出し、ガイドだけでなく適切な知識を持ったアマチュアの愛好者を増やすことで、地域の理解を得られるよう努めている。

・楽しく安全なキャニオニングを目指して
アマチュア愛好者はスキルの高いガイドに習って、リスクへの備えを幾重にも学ぶことが必要だ。「楽しいことだけに目を向けず、いつ起こるかもしれない事故への備えを常に頭に入れながら、キャニオニングをしてほしい」

「キャニオニングを通して、渓谷を楽しむ達人が一人でも増えてほしい」。アキラさんの安全なレジャーを広げる旅は続く。

改訂履歴:
※1.栃木県「おしらじの滝」の事故の記載に関し、文中の「キャニオニングの危険性を象徴する」という表現が正確ではなかったため、「渓谷での遊びの危険性を象徴する」と修正を行いました。(2021.09.6 17時)

受賞歴

2015年 ヒューマンドキュメンタリー《阿倍野》コンテスト 最優秀賞
2017年 ウラン国際映画祭 観客賞
2017年 平和・協同ジャーナリスト基金賞
2018年 農業ジャーナリスト賞

クレジット

監督・編集 松原 保
撮影    田中 彰・鈴木 助・松原 保

パワーアイ代表・フィルムメーカー

大阪を拠点とするプロダクション・パワーアイの代表。日本人として初めてヒストリーチャンネル(アジア)やブータン国営放送と国際共同制作を成し遂げた実績を持つ。2017年劇場公開した初監督作品「被ばく牛と生きる」は原発事故後の福島を描いたドキュメンタリーとして国内外で_く評価され、平和・協同ジャーナリスト基金賞を始め、多くの賞を獲得した。

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