ショートフィルム

「発達障害は繭のようなもの」ある当事者男性が行き着いた“偏り”との付き合い方

松井至

ドキュメンタリスト

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 2017年夏、『発達障害』という言葉が社会に浸透してきた頃、発達障害を持つ人のための就労移行支援施設『ギフテッドアカデミー(現:ギフテッドワークス)』を訪れた。そこは『障害』という負のレッテルを、誰しもが持つ『偏り』と呼び直し、「偏りを活かした社会を創る」というモットーの元、VRや3DCGなどの特殊技術を学ぶために、20人ほどの当事者が毎日集う類例のない場だった。その畳敷きの一室には、いわゆる“普通の社会”の規範と自分との間に生じる“生きづらさ”を抱えてきた人々の「これからどうなるかわからない」不安と「ようやく居場所が見つかった」安心が溶け出して混ざり合っていた。当事者にとって『発達障害』とは何か?『発達障害』の診断を受けた自分自身とどう付き合っていくのか?それが知りたくて3年間カメラを回した。

■ギフテッド 『障害』から『偏り』へ■
 ギフテッドに出入りしはじめた僕は、出会った人に“ここに辿り着くまでのいきさつ”を聞きまくっていた。多くの人に共通していたのは「大学を卒業して就職したのだけれど、どうしても会社と馴染めずに体調が悪くなってしまい辞表を出し、次こそはと転職を繰り返す中で“自分は普通の人のように生きられない”と悟り、布団に沈んで[発達障害]を検索するうちに“原因はこれだったのか”と気付いた」という流れだった。中には小さな頃から自分の特性がわかっていて「これまで障害者枠の単純労働しかなかったから、やっと高度な技術を身につけられると思ってここにきた」という人もいた。
それから、多くの人が診断を受けた時の爽快感について話してくれた。「これまで生きてきて二十数年間モヤモヤしてきた悩みにやっと名前がついたんですよ」と嬉しそうに語るのだが、その直後に「今は、これから“障害者”として生きていくことをどう考えればいいのかなっていう段階ですかね…」と顔を曇らせた。

 皆、自分の特性についてつぶさに分析していて、例えばアスペルガーの「一個のことに没頭する」能力を嬉しそうに語る人もいれば、ADHDの「一箇所にいられないけど行動力が半端ではない」ことを笑いながら語る人もいた。「発達障害がなければ人類は進化しなかった」とその必要性を大局から語る人もいれば、「自分はテレビCMを丸暗記できる能力があるんですけど、これ何の役にも立たないんですよ」とこっそり教えてくれる人もいた。一言で『発達障害』と括られる範囲の中にアスペルガーやADHDといったほとんど正反対の特性があったり、合併していたり、感覚過敏を伴っていたり…と知っていくうちに人間の抱える複雑さに呑みこまれていくようでどの特性も何かの原石に思えてくる。
皆、ギフテッドの掲げた「偏りを活かした社会を創る」という発想の転換に惹かれて人生を前向きに捉え直すための過程の時間を過ごしていた。

■「俺は障害者になりに行った」■
 反保拓人(たんぽたくと)さんは一見すると居酒屋の店長にいそうな、人を笑わせるのが上手く気遣いの細やかな印象で、彼のどこに困り事があるのか僕は正直想像もできなかった。
だが初めて話しかけた時、ものの数分のうちに彼は言った。
「俺は大手企業を辞めて障害者になりに行った」と。
一度には飲み込み難いフレーズだった。
何を聞いたのかわからずに脳内で幾度も反芻したのを覚えている。
理解が追いつかないまま話進むうちに次第に彼から、これまで自分を縛り付けてきた社会規範に対する怒りと自分を猛烈に変容させる覚悟を感じるようになった。
「発達障害の自分をどう捉えていますか?」と問いかけると彼は「俺は自分の特性をイカしてると考えてる」と答えた。

 反保さんは2000年に大学を卒業後、大手金融会社の窓口や営業として7年間働いた。特に窓口業務は毎日が同じ作業の繰り返しで、しかもミスが許されない。集中力が持続せず、意識が飛ぶたびに「怒られるんじゃないか」という恐怖感に苛まれ、机の下でシャーペンの先で太腿を刺し続けた。周りの同僚が平然と仕事をこなしているのをみて「不思議で仕方がなかった」という。
家に帰ると子育てで手一杯になっている妻との喧嘩が絶えず、反保さんのストレスはある日、域値を超えた。仕事で使っていた車を営業先の市場の駐車場に停め、スマホで[発達障害][診断]と打ち込み、最初に出てきた病院に電話。「ADHDで、とにかくもう限界なんで薬出しくれませんか?」と泣きながら伝えたことが転機となった。

 反保さんはすでに自分のADHD気質についてよく分析していた。子供の頃、母親の髪の毛がストレスで抜けるほどに多動だったこと。成長につれて多動はおさまったものの、自分の関心のないことをやらされると強烈な眠気に襲われること。何かきっかけがあれば尋常でない行動力が湧いてくること。これら全ての特性を無理矢理に抑圧することで彼は企業人になり、その道を自ら終わらせた。だからもうこの特性をネガティブに捉えるつもりはなかった。辞職の判断は、社会への解釈を変えて抑圧されていた自分を生き直す賭けなのだから。だからWEBサイトでギフテッドを知った時、『障害』から『偏り(=才能)』への転換の先に一筋の光を見た。
こうして安定した雇用を捨て、診断を受けて「障害者になりに行った」後、反保さんは2017年の2月にギフテッドにやってきた。

だが、反保さんのもっとも近くにいた妻はこの賭けについていけなかった。
お互いを理解し支え合う夫婦関係はほころびはじめ、2人の間を『障害』という言葉が切り裂いた。
2人は度々、発達障害の理解を巡って口論になった。
「自分の特性には可能性があるんだ」と説明する反保さんに対して、妻の価値観が揺らぐことはなかった「でもそれって障害でしょ?」。

2018年、反保さんは離婚した。
娘さんを連れてギフテッドに来るようになった頃、撮影の再開をお願いし、また同じ質問をした。「発達障害の自分をどう捉えていますか?」と。
彼は全く表情を動かさずに
「発達障害という誰かが作った言葉はいらなかった」と答えた。

その後、ギフテッドの入所者としてエンジニアの勉強に打ち込んだ。仲間たちとVRのソフトを開発しながらコードを覚えていった。単純作業の繰り返しではなく、世の中になかったモノを作り出すことにのめり込み、今もスタッフとして席をおきながらエンジニアリングを続けている。

■繭のような居場所を作る■
 2019年、反保さんやギフテッドで知り合った仲間たちと再会した。
反保さんと正反対の偏りを持ったAさんが大声で語り出す。
「ギフテッドにきて、毎日、発達障害の人に囲まれて“あっ!なるほど!俺もこう見えてるんだな!でもこうはなりたくないな!”ってことばかりで、要は反面教師しかいない環境だよね」
反保さんが笑いながら応じる。
「反面教師でも教師がいるのはいいことっすよ」
動画にイラストをつけてくれた漫画家のマーブルあやこさんは振り返る。
「ギフテッドにきた当初は発達障害者になりたくなかったし、当事者の漫画も描いている癖にどこかで嫌だと思ってたんです。でも3年経った今は全然違っていて、偽って生きることはもう絶対にしたくないって。ものすごく意思が強くなっていて自分の変化に驚きました。」

反保さんと仲間たちはSNSで発達障害に悩む人たちを呼びかけて『発達障害しゃべり場』というコミュニティーを作り、自分たちがギフテッドでした経験を一般の人が気軽に入れる居場所という形で開放した。
彼らがそうだったように『“自分は普通の人のように生きられない”と悟り、布団に沈んで[発達障害]を検索する』日々を送っている人たちがここにやってくるだろう。

最後に反保さんに、また同じ質問をした。
「発達障害の自分をどう捉えていますか?」と。

「発達障害は繭(まゆ)みたいなもんですよね。
その時にすごく必要なもので。
そこで蛹(さなぎ)になって、もがいて、その中でドロドロになって。
次を生きていくための形を作って。
それがなかったら寄る辺がないじゃないですか?
すげえいい奴っすよね。発達障害って。」

反保さんが『発達障害』を外在化したところで撮影を終わりにした。

彼は「障害者になりに行った」のではなく、ただ人間を発見しに行ったのだ。

■取材後記:『発達障害』という言葉はいらなかったのか?■
 取材中、反保さんが呟(つぶや)いた声が何度も頭を駆け巡った。
「嫁に言われちゃいましたよ。“発達障害が遺伝するとわかっていたなら子供なんか産まなきゃよかった”ってね。」
その声がギフテッドの他の入所者から打ち明けられた声と繋がっていく。
「これから科学が進んで、胎児の状態で発達障害が確かめられるようになったら私みたいな人間は抹殺されてこの世に生まれることすらできないかもしれないんですよ?」

みんなおんなじ“普通”でなきゃならないという社会規範が強ければ強いほど、そこからはじかれる人の数は増えていく。『定型発達』でないとすれば『発達障害』であるかもしれず、そうなったら自分だけのことで済まなくなってしまう。家族は世間の冷酷なジャッジメントに晒される。「お前たちは違う」という見えない軛(くびき)が付きまとう。
 
取材を深めながら、このまま社会の真ん中にあるとされている“普通”の円がどんどん縮んで消えて無くなってしまえばいいのにと思った。その時は『発達障害』などと口にしなくてもいいだろうから。
そもそも当事者たちは一体なぜいつまで誰に対して自分の『発達障害』の説明などしなければならないのか。この社会の不寛容の結果をなぜ当事者たちだけが受け続けなければならないのか。当事者という言葉もそぐわない気がする。誰しもがよく見ると偏っているのであり、『発達障害』という人間の要素はこれまでもこれからもあるし、あり続けるだろうから。
反保さんたちがギフテッドの経験から新たな環境を作り出したように、『発達障害』概念の差別的な意味を内側から覆す連帯がこれからもっと生まれることを願い、ささやかながらこの記事と動画を公開します。

最後に、診断は受けていませんがずっと学校や社会に馴染めずに生きてきた僕を仲間と認めてくれて、居場所をくれた全てのギフテッドワークスの人たちに感謝します。ありがとう。

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発達障害者を対象とし、『プログラミング』と『デザイン』に特化した独自のカリキュラムと就労機会を提供している日本初の福祉事業所、ギフテッドワークスのページはこちらから。

https://gftd.works

クレジット

撮影・演出・編集:松井 至
イラスト:マーブルあやこ
取材協力:Gftd Works
編集協力:井手 麻里子

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