「どう愛せばいいかわからない」2人の孤独な兄弟が6年越しに再会する時ーー弟の死に兄が思うこと

長岡参

映画監督

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高齢化率が世界一の日本では今、人口の約3割を高齢者が占める。その内の5分の1にあたる人々が俗に「独居老人」と呼ばれる単身世帯の高齢者である。8年前に親の介護のために生まれ故郷の高知県佐川町(さかわちょう)にUターンした元テレビマンの西森信三さん(68)もその一人。母親を看取ったあと、音信不通だった唯一の肉親の弟が孤独死し、今は遺品整理に追われている。「独居老人」「孤独死」「遺品整理」と日本社会が抱える課題の只中にいる西森さんも、自らの「死の段取り」と向き合い始めた。自身も孤独な状況に陥った今、約6年間関係を断絶していた弟に何を思うのだろうか。そんな西森さんにカメラを向けた。

●Uターン移住した元テレビマン

西森さんの住む尾川地区は、「植物学の父」牧野富太郎の誕生地として知られる高知県佐川町の中心地から車で10分程度の山際にある集落である。

「この辺りも子供にも見捨てられたような一人暮らしの老人ばかりなんだよね」と西森さんが教えてくれた。

日本の高齢化率は世界一であり、人口の約3割が高齢者だ。そしてその内の5分の1にあたる人々が俗に「独居老人」と呼ばれる単身世帯の高齢者であり、だいたい国民の18人に1人という計算になる。

西森さんにはいくつか持病はあるものの、まだまだ体力も頭も健在で、これまで高齢者だという自覚がほとんどなかった。だが2021年の始めに弟を亡くした以降は、自分もそのうちの一人だと痛感するようになった。「世界で一番孤独な人間になってしまいました」と彼はため息交じりに笑い、計量カップに酒を注いだ。

「コロナのせいだよね。一日中家にいると、もう呑んじゃうかーってなるじゃないですか?」氷で薄めた芋焼酎をグラスではなく、計量カップで呑んでいるのは少しでも自制心を保つためで、アル中になってしまう事へのささやかな抵抗であるらしい。

かつて西森さんは才能に溢れたテレビマンだった。世界中を駆け巡り、幾多の番組を世に送り出した。テーマが難解であればあるほど、段取りを考え、分かりやすく伝えるのが得意だった。そんな身を粉にして働いてきた日々を乗り切るための原動力として、彼の心の中には「視聴者愛」というものが常にあったのだという。

「ロケで世界の果てまで行ってね、すごい光景が目の前に広がってて『うわーっ!』と思った時に、振り返って一緒に『すごいねぇ!』って言い合える人がいたらどんなにいいだろうって。それが架空の人なのか抽象的な人なのかどうかは忘れちゃったんだけど、その愛すべき人がいっつも横にいる気がして、その人に見せるために仕事をするんだっていう感じがすっごいあったんですよね」

一般的な尺度でみれば彼は成功者だと言える。世界中を周り、フランスに2年住んでいた事もある。独立して立ち上げた会社も順調だった。だが今に至るまで家庭を築く事はできなかった。幼少期から銀行員だった父の転勤のため引っ越しを繰り返してきたことで身についた、諦めの早さよるのかもしれない。

「私はね、過去を振り返らない性格なんです。モットーは『サヨナラだけが人生さ』だから」

だがそんな自由人である彼が、まるで価値観の違う故郷に舞い戻ることになったのは、二つ違いの弟・誠三との関係がキッカケだった。

●他人のような弟

高野山大学に入った後、弟はインドの大学にも留学していたらしいが、どんな人生を歩んできたのかは、よくわからない。学業を終えてからは講師として予備校を転々としていたようだが、今はそれも辞めて高知市内の外れにある一軒家で一人で暮らし、株か何かで食べているらしかった。

「ある時弟にね『結局おまえって何なの?』って訊いてみたんですよ。そしたら『俺は修行者だ』って。私はつい減らず口を叩いてね、『おまえ人生の修行が足らないからさ、修行でもやってなきゃしょうがないよね』って言っちゃったんですよね」

言い過ぎてしまったと後悔したが、いつまでもプラプラしている弟が心配だったのだ。弟はじっと黙り込んでしまった。

「暗いっていうか、人当たり悪いっちゅうか、むすっとしてるっていうかね。…どう愛せばいいのかよくわからんっていう感じだよね」

今の言葉で言えば、アスペルガー症候群なのかもしれない。そして弟自身、人に理解されぬ苦しみや生き辛さを抱えていたのかもしれないと思わぬでもない。とにかく自分とは何もかもが真反対だった。

●町のビデオ屋さんに

父の他界後、尾川で6年間一人で暮らしていた母・泰子が2011年の夏、深刻な肺炎になった。幸い一命はとりとめたものの、独力での生活が困難になり老人ホームに入ることになる。弟は近場にいるにも関わらずほとんど何もしなかった。

「弟に介護を任せるのは不安だったんですよね。尾川では自動車がないと島流しと同然なんだけど、絶対乗ろうとしなかった。自転車で病院に連れてくからいいんだなんて言って…」

もう任せてはいられない。西森さんはそう腹を括った。60歳で免許を取得。初めての車も買った。必死に残務を終わらせ、ようやく2013年の年末になってから尾川に移住することができた。だが懐かしさはあまりなかった。3歳で尾川を離れているので記憶がほとんどなく、「Uターン」と呼ばれるのがどうも居心地が悪い。

祖母がこの家で雑貨屋を営んでいたので、孫だと言えば皆が心をひらいてくれた。それにこのあたりでは西森という名前を持つ人々が大勢いる。やはりここは故郷であるには違いない。何とか周囲に溶け込もうと、持ち前のスキルを活かし保育園や小学校のイベントを撮影するようになった。職業病なのか、"ロジカル爺”という異名を持つほど、どんなことでもすぐ段取りを思いつく彼には「町のビデオ屋さん」的仕事は朝飯前のことだった。そして皆が自分の映像を見て喜んでくれるのは嬉しかった。

●母の死

そうこうしているうちに母の肺炎がまた悪化した。入居している老人ホームでは対応が難しいらしい。

「病院に近い家を借りて、私が母と同居して世話をするのはどうか?」と弟が提案してきた。まだ東京の仕事も残っていることもあり、自分は尾川の家に残りつつ、兄弟で交代で介護するのならばと思い、それに同意した。

だが新居に移ってから母の様子が次第におかしくなってきた。話を聞いてみると、弟がほったらかしにして何度もどこかに出かけたり、突如怒鳴り散らしたりするのだと言う。堪忍袋の緒が切れ、「おまえもう介護をやらなくていいよ」と弟に告げる。弟は激昂した。それ以来兄弟の付き合いはない。母は病状を悪化させ2016年の春に他界した。

そこからの5年間、西森さんは一人でこの家で暮らしてきた。尾川にいては好きな居酒屋にふらっと行くこともできない。街の暮らしに慣れ親しんでいたせいか、色んなことを自制しなければいけないストレスが嵩む。コロナ禍になってからは尚更だ。そこに降って湧いてきた弟の突然死だった。

●弟の突然死

1月15日の朝、突然やってきた高知東署の二人の刑事によると、弟は家のトイレで死んでいたという。ある種の孤独死だった。この国では年間3万人以上が孤独死しており、コロナ禍の下でその事態はより深刻になっているというが、まさか自分がそれに直面するとは思っていなかった。

幸い冬だったので腐敗はしていなかった遺体を引き取り、密教が人生のテーマであった弟のことを考え真言宗式で葬儀を行い、荼毘に付した。

遺品整理をするために弟の家に足を踏み入れると、室内の壁には魚の鱗のように無数のメモが貼ってあり、新聞広告の裏にびっちりと文字を書き込んだ日記のようなものを集めるとダンボール箱数個分にも及んだ。無視ができずに読んでみると、そこには世界や人間を呪う言葉が無数に書き連ねられてあった。

「ぶっちゃけ、まるであいつの脳内に閉じ込められたようで、一度に気持ち悪くなっちゃったんだよね」

相続関係の整理はいつまでも終わらず、9月に入った現在も膨大な書類と向き合わざるを得ず疲れ果ててしまった。だがもう直終わる段取りにはなっている。

●「死」への段取り

自分が「独居老人」である事は認識しているが、悲嘆に暮れるばかりに留まっているつもりは毛頭ない。70歳が迫ってきて、自分もこの先いつ死ぬか分からない。だが弟のように死後、誰かに迷惑をかけたくはないので、ロジカル爺として死ぬまでの段取りを、全てが落ち着いたら考えようと思っている。センチメンタルさはなく、前向きに。

素朴な疑問として、長い時間テレビマンとして「見知らぬ誰か」に向けて愛を注いできた西森さんが、いつの日か弟のことを許し、愛することができるのだろうか?

「…うーん、全部片付いてからゆっくり考えてみるよ。今は本当に『とんだ迷惑かけやがって』っていう気持ちが強いんだよね。だから、もうすっぱりさっぱりキレイにして、自分の死ぬ準備も整えだしたあたりで、もう一辺受け入れて、やっぱり血を分けた兄弟だって思えるのか思えないのか、その時にゆっくり考えるかなって感じですかね」

西森さんは自らを「世界で一番孤独な人間」と形容したが、その後すぐに「ただ世界で一番孤独な人間は、世界に一人しかいないわけじゃない」と彼は続けた。部外者から見ると兄と真反対の性格であったという弟の誠三もまた、その一人であったのだと、思わずにはいられなかった。

受賞歴

『神山アローン』が札幌国際短編映画祭にて最優秀ドキュメンタリー賞、小布施短編映画祭にて一般審査員賞を受賞。初のフィクション作品『あわうた』がファンタスポルト国際映画祭にて審査員特別賞と最優秀監督賞を受賞。

クレジット

撮影・監督・編集 長岡参

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