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「最高にオシャレな介護ケアブランドを」乳がんを乗り越えた若き起業家の挑戦

三宅流映画監督

乳がんを乗り越えた経験から、暗く落ち込みがちな闘病生活を少しでも明るく彩ろうと、病衣やケア帽子、杖など、闘病中に使えるグッズを幅広く取り揃える介護ケアブランドを立ち上げた女性がいる。「女性の美しさは容姿だけではなく、その人らしい生き様に支えられるのだ」。塩崎良子さん(39)は、入院生活中のとある出来事をきっかけにそう気づき、2度目の起業を思い立った。「患者らしく」ではなく「自分らしく」を目指して奮闘する塩崎さんの姿に迫った。

 塩崎さんの人生は、あるときまで順風満帆のように思えた。25歳の時に独立し、アパレルショップを経営。その後立ち上げたレンタルドレス事業も軌道に乗り、海外に買い付けに飛び回るなど忙しくも充実した日々を送っていた。しかしある日、旅行中に胸のしこりに気づき、病院に駆けつけると乳がんと診断された。34歳のときだった。抗がん剤治療は辛く、立って移動することさえも苦しい時期があり、髪が抜け、顔もむくみが出た。塩崎さんは当初、治療をしながら仕事を続けてきたが、華やかな店舗で人をきれいにする仕事と、治療で変化した自身の容姿とのギャップが広がり、精神的に続けることができなくなり、店を閉めることを決意する。

「仕事も失い、胸も失い、将来への希望も失い、自分が何者でもなくなってしまい、『「がん患者」という枠組みの中に陥ってしまう』と感じた。もともと個性的で自分のセンスをつきつめてきた塩崎さんは、自身のアイデンティティを失っていく過程がとても辛いものだったと振り返る。

 それでも治療中はがんを治す、がんと戦うという闘争心を糧にモチベーションを保っていた。しかし抗がん剤の効果が思わしくなく、できる治療が終わってしまった時、強い絶望を感じてしまったという。

治験(新薬開発などのための臨床試験)の機会を求めて聖路加国際病院で出会った新たな主治医・山内英子先生との出会いが塩崎さんにとって大きな転機となった。「患者さん」としてではなく、一人の女性として向き合ってくれた山内先生に塩崎さんは心の内を吐露した。「カラフルだったドレスが全て白黒に見えてしまい、店を閉めました。今はドレスの山に囲まれて暮らしています」。

ある診察日、山内先生は「そのドレスを使ってがん患者をモデルにしたファッションショーをやってみない?」と提案した。「やります!」と塩崎さんは即答したものの、「果たして患者さんが華やかなドレスを着てランウェイを歩きたいと思うだろうか」と不安にも駆られた。しかし患者さんの背景を聞きながら一緒に服を選んでいくうちにお互いが笑顔になっていた。またある患者さんから「死ぬ前に一度でいいからきれいになってみたかった」と言われて確信へとつながっていった。そしてファッションショー当日、ランウェイで生き生きと輝く患者さんの姿を見て、塩崎さんは「女性の美しさは容姿だけではなく、その人らしい生き様に支えられるのだ」ということに気づき感動した。その日の帰り道、塩崎さんはもう一度起業することを決意した。

まだ闘病中だった2015年、塩崎さんは社会起業家を育てるビジネススクール「社会起業大学」に通い始め、ビジネスコンテスト「ソーシャルビジネスグランプリ2016」に応募。見事にグランプリを獲ることができた。そしてコンテストの審査員の一人だった元DeNA会長の春田真さんから出資を受け、2016年、株式会社TOKIMEKU JAPANを設立し介護ケアブランド「KISS MY LIFE」を立ち上げることができた。さらにベンチャーキャピタリストの佐藤真希子さんからも出資を受け、大手繊維会社の田村駒株式会社から生産、物流、在庫管理の支援を受けるなど、塩崎さんのストーリーと事業に多くの人が共感し集まった。

「KISS MY LIFE」の事業の根幹はやはり塩崎さんの体験がベースにある。おしゃれが好きな塩崎さんは、入院中の病衣やケア帽子がファンション性に乏しく画一的で、そのことが自分から個性を奪って、いかにも「患者らしく」なってしまうことに苦しんでいた。「患者らしく」ではなく「自分らしく」生きるのは例えば好きな服を選ぶ、好きなものを食べる、好きな所に旅行に行くといったささやかなことから成り立つと感じていた。選択肢が少ない介護ケア用品の領域で、塩崎さんは少しでもおしゃれなものを選んでその人の気持ちが明るくなれるような商品づくりを目指している。この事業は、塩崎さんが「がん患者」としてではなく、一人の女性として、起業家として生きる挑戦である。

現在、塩崎さんのがんは幸い再発していないが、死の不安は常にある。スティーブ・ジョブズが残した言葉「毎日を人生最後の日のように生きる」を愛する塩崎さん。「命に限りがあると実感したからこそ、誰よりも今、この瞬間を輝いて生きられる」と語る塩崎さんは今、この瞬間を生きている。

介護ケアブランド「KISS MY LIFE」ショッピングページ
https://shopping.geocities.jp/kissmylife/

クレジット

監督・撮影:三宅流
プロデューサー:井手麻里子 金川雄策
編集:三宅流 井手麻里子
整音:吉方淳二
映像提供:塩崎良子 社会起業大学

出演:塩崎良子 山内英子 春田真 佐藤真希子 松村知行ほか

映画監督

1974年生。多摩美術大学卒業。在学中より身体性を追求した実験映画を制作、国内外の映画祭に参加。2005年からドキュメンタリー映画制作を開始。伝統芸能とそれが息づくコミュニティ、ダンスなどの身体表現におけるコミュニケーションと身体性について独自の視点で描き続けている。『究竟の地ー岩崎鬼剣舞の一年』は山形国際ドキュメンタリー映画祭などで上映され、『躍る旅人ー能楽師・津村禮次郎の肖像』は毎日映画コンクールにノミネート、『がんになる前に知っておくこと』は2019年に劇場公開、最新作『うつろいの時をまとう』モントリオール国際芸術映画祭、ロンドンファッション映画祭などに選ばれ、全国で劇場公開中。

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