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本人は死刑を望んでいるのか――オウム真理教による弁護士一家殺害 元同僚“死刑反対“揺れ続けた信念

長塚洋

映像ディレクター

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2018年7月、オウム真理教の元教祖ら13人の死刑が執行された。29人を死亡させ、6000人以上を負傷させた一連の事件の発端とも言えるのが、1989年の「坂本弁護士一家殺害事件」だ。この事件に発生当初から深く関わり、後に死刑囚となる加害者らとも向き合い続けた一人の弁護士がいる。殺された坂本堤の親しい同僚だった岡田尚は、加害者たちが死刑に処されたのを機に、心に秘めてきた事件や死刑制度の存否への思いを語り始めた。弁護士としての死刑反対の信念と被害感情の間で今なお揺れ続ける岡田の痛切な声は、犯罪の悲劇と社会がどう向き合うべきかを私たちに考えさせる。

■「世論」と「リアル」の距離

命を奪った者の命を奪う死刑。それは私たちの社会に現にある刑罰なのに、その在り方を話題にしようとすると「賛成か反対か」に意見が二極化し、かみ合った議論にはなりにくい。政府が5年ごとに行う世論調査では約8割もの人が「死刑はやむを得ない」との回答を選択しているが、自分の意見を直ちに決められるほど、私たちはこの究極の刑罰のことを知っているのだろうか。米国などと違い日本では、死刑執行の予定日時や死刑囚の最期の様子などといった死刑制度についての情報がほとんど公開されず、人々はその実態も当事者の受け止めもよく知らないまま、漠然と考えてはいないだろうか。

そんな社会にリアルな衝撃を与えたのが、2018年7月に立て続けに行われたオウム真理教の元死刑囚13人全員の「大量執行」だ。その衝撃の大きさは、直後のメディアによる世論調査で「死刑賛成」が一時的に6割を切ったことでもわかる。

弁護士の岡田尚が複雑な胸中を語ったのは、その翌月に東京・渋谷で催された死刑制度を考えるトークイベントでのことだった。教祖だった元死刑囚・松本智津夫の弁護人など、事件や死刑囚らと直接向かい合ってきた3人が日替わりで登壇した。その1人が岡田だ。

■身近で関わる

横浜法律事務所で岡田の同僚だった坂本堤は、殺された時には入所2年の「駆け出し」だったが、岡田によれば「はじめから(オウムに)狙われるだけのものを持っていた」。岡田たちの事務所は「革新系」で有名な弁護士集団で、岡田も労働闘争などを担当して成果を上げていた。坂本との最初の出会いは、事務所の採用面接。坂本は、なぜ弁護士を目指すのか、なぜ横浜法律事務所に入りたいのかを1時間にわたり話し続けたという。中学で自分より優秀だった同級生が貧しさのため夜間高校に行き、仕事との両立に苦しんだという話。あるいは、車椅子の人が外に出て交流できないような社会には豊かな開放感はないんだという話。採用後も隣の席で、人間への優しさという坂本の素質に触れ続けた12歳年上の岡田は、「こいつが俺の思いを継いでくれる」と期待してもいた。

そんな坂本にオウム真理教の案件を紹介したのも岡田だ。旧知のジャーナリスト・江川紹子から持ち込まれた「入信した我が子を取り戻したい」という親の相談を、「坂本が適任だ」と託したのだ。坂本は親たちと「被害者の会」を結成して精力的に活動を始めたが、それが命を狙われる結果を招く。「引き受けていれば自分が殺されたかもしれない」。その思いは、岡田の心の重しであり続けた。

1989年11月。ある弁護団会議の流れで岡田は坂本と職場近くの居酒屋で飲み交わし、一緒に乗った帰りの電車を坂本は先に降りていった。これが、家族や同僚が目撃した坂本の最後の姿だった。翌日からの連休が明けても坂本は出勤せず、何日も連絡がつかない。岡田をはじめ同僚は警察に捜索願いを出すと同時に、坂本一家3人のアパートへ向かった。そこで坂本の母親らが見つけたのが、オウム真理教のバッジだった。

だが、神奈川県警は捜査を深めようとしなかった。関係者によれば宗教団体にむやみに手を出したくないなどの理由をつけていたといい、さらには坂本の「サラ金からの借金」あるいは「学生時代の内ゲバ」が原因ではないかなど、あたかも一家が自分で姿をくらましたかのような情報が報道関係者にリークされ続けた。岡田たちの事務所が革新系で警察と対立することも多々あった点が背景ではとの推測も広く語られたが、ともあれ警察の消極的姿勢がなければ後の松本サリンや地下鉄サリンの惨劇も防げたのではないかという見方は根強く、岡田もこれを批判し続けてきた。坂本と妻、幼い息子の3人が殺害されていたとわかったのはその6年後。地下鉄サリン事件を機に逮捕されたオウムの実行犯たちが自白を始めてからだった。

■揺れる「被害感情」

殺人事件としての捜査が始まると、岡田はかつてない感情を味わうことになる。発生当時の様子について事情聴取を受けた後、取調官から「では先生、極刑という事でよろしいですか?」と不意に聞かれ、言葉に詰まった。極刑とは最も重い刑罰、日本では死刑を意味する。岡田は事件発生以来、一貫してオウムと対峙(たいじ)し、弁護士事務所の内部犯行説まで主張する教団幹部らに「はらわたの煮えくりかえる」思いを抱いてきた。一方、「人権派弁護士」として死刑反対が信条だった。それなのに、この時は「死刑は望まない」とは言えず、逃げのように「いやあ、厳罰だよ」と答えてしまった。その事実がずっと、心にのしかかっていく。同僚を失った無念さや加害者への憎しみと、弁護士としての信念。その葛藤に再び直面せざるを得なくなったのが、2018年の死刑執行だ。「先生よかったですね」と声をかけてくる人もいたが、死刑反対なんだとは言い返せず、戸惑うしかなかった。

■期待される「被害者像」とは

岡田が強く訴えているのが、社会が求める被害者のイメージと現実との乖離(かいり)だ。死刑執行の直後、坂本の母・さちよは、死刑は当然と思いつつ、「命を奪うことはイヤだなという思い」を吐露していた。岡田は事件直後からさちよに寄り添い、救出を訴えてともに全国を回るなど、代弁者的な役割を長年続けてきた間柄だ。

岡田によれば、さちよは加害者たちを深く憎みながらも、「死刑でよかった」と言ったことは一度もない。周囲が望んでいるのに、さちよ自身が「死刑はダメです」とは言えなかったのではないかと、岡田はその胸中を推し量る。かたや地下鉄サリン事件で亡くなった地下鉄職員の遺族は教祖・麻原に何としても死刑をと主張し続けたように、被害者の思いはさまざまだ。岡田は、それをひとくくりにして「被害者は死刑を望んでいる」と決めつけること自体が間違いだと強調する。

岡田はまた、「被害者には『時』というものもある」という。時間が経つうちに変わる感情もあるという意味だ。そうした心のひだを見ることなく、社会はとかく被害者をステレオタイプの「像」に当てはめようとしているのではないか?被害者遺族は社会から「被害者なんだから死刑を望んでいるでしょ?」と言われているような思いがするのだと、岡田は語気を強める。

岡田が参加した2018年夏のイベントは、映像に残されている。記録したのはイベントの企画者であり、本コンテンツの作者である長塚洋だ。長塚は1995年の容疑者の一斉逮捕時に、テレビ局の仕事で被害者坂本と親しい何人もの弁護士に出演してもらっていた。なかでも事件の直前まで至近距離にいた岡田が悲劇と真摯(しんし)に向き合う姿勢には特別なものを感じていて、この執行直後のトークに招いたのだった。

そしてトークイベントからさらに3年。新たな機会が訪れる。

■賛否よりも、まず議論を

2021年3月。岡田が所属する神奈川県弁護士会は、「死刑制度の廃止に向けた取り組みを求める決議」を賛成多数で採択した。この時に、「いまごろ言うのは卑怯だ」と強く主張したのが、坂本の友人であり、彼の思いを継いでオウムや後継団体との闘いに身を投じてきた弁護士・滝本太郎だ。死刑制度存続に賛成の滝本は、この弁護士会がずっと取り組んできた坂本事件であるのに、死刑判決が確定した時ではなく執行が終ってから言うのは卑怯だ、との趣旨を訴えたという。岡田は、死刑反対という信念を公に言えずにきた自分のことだと受け止めた。滝本とは以前から同じ案件に取り組むなど親しい間柄だが、死刑制度について正面から話したことはない。いちど彼とゆっくり話したいという岡田に、カメラは同行した。

滝本は、自身がサリンガスで命を狙われた被害者でもある。だが、死刑制度を存続させるべきだという強いこだわりには、その事以上に親しかった坂本を奪われたことへの思いが大きいのではないかと感じられる。

被害者に代って国がシステムとして殺すのはいかがなものかと疑問を投げかける岡田に、私的復讐をしてはいけないからこそ、国がやることが認められるのだと返す滝本。その滝本も、教祖以外の12人はマインドコントロールされていたのだから死刑にすべきではなかったと言い、また執行後に拘置所で刑務官たちに会った際に「この人たちには申し訳ない」と思い、震えたと告白した。当事者としてさまざまな経験をすればこその複雑な心情には、互いに通じ合うものがあった。

 それぞれの考えを1時間以上も語り合った2人だが、死刑制度について意見が一致する事はなかった。そのことについて後日、岡田は次のように話した。

「真逆のように見えても、本質はそれほど違わないのではないか。話して意見が全て一致するなんてことは、死刑のこと以外でもなかなかない。大事なのは話すことによって、どこが違うかを認識し合うこと。そうしていれば、いざという時に溝をどう埋められるかも分かる。両方を可能な限り聞いた上で、自分の考えを決めていくことだ」

そうやって突き詰めた末の自分の思いを、岡田はこう吐露した――「坂本は、自分や妻子を殺したやつらを死刑にしてくれと言うだろうか? 根本に人間への優しさがある彼は俺に、死刑にしてくれとは言わないんじゃないか……。それは僕の思いでもあり、願いでもある」。

自らの戸惑いや揺れを隠さず私たちと共有する岡田からの、「まずは話すべきだ」というメッセージ。それは死刑のことに限らず、さまざまな悲劇とその当事者についてよく知り考えようとしないまま、答えだけを求めがちな私たちに向けられているのではないだろうか。

(敬称略)

受賞歴

「生き直したい~服役11回 更生の支え」(ABCテレビ、2017) で坂田記念ジャーナリズム賞、プログレス賞。
「分断の果てに "原発事故避難者"は問いかける」(NHK総合、2020)で反貧困ジャーナリズム賞。いずれも演出として。

クレジット

撮影・演出 長塚 洋

編集   青木 亮

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