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【戦場カメラマン渡部陽一】戦争が起こると、結婚や出産する若者が増えるのは珍しくありません

ボブ内藤編集者、ライター、インタビュアー
撮影/八木虎造

2023年10月にエッセイ『晴れ、そしてミサイル』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を出版した渡部陽一さん。2003年に勃発したイラク戦争において経験した、人生のターニングポイントについて語ってもらった。

戦争と隣り合わせに「日常」がある。それが真の戦争の姿なのです

当時、31歳だった渡部さんがイラクに渡った目的は、実は戦場カメラマンとして戦地を取材するためではなかった。

イラク大使館を訪れたとき、「バクダットで世界報道写真展というのをやるから出品してみないか?」と誘われたからなのだ。

初めて訪れたイラクの印象は、「古代メソポタミア文明からつながる芸術や文化を大切にする国」というものだったという。

「街には絵画などのアートや音楽にあふれ、人々もみんな親切で温かい人たちばかり。まさに『中東の雄』と呼ぶのにふさわしい国だと思いました。

ところが、戦争が起こって、事態は一変しました。戦場となった街は破壊され、食べ物や薬などの物資がひっ迫した状態になりました」

2003年3月17日、アメリカのブッシュ大統領は全米向けテレビ演説を行い、フセイン大統領とその家族に対して、48時間以内にイラク国外に退去するよう勧告した。つまり、全面攻撃のカウントダウンをしたわけだ。

そのとき、イラクの人たちは、戦争に対して不思議な反応をしたという。

「街中の結婚式場やドレス屋さんに、多くの若者が殺到したのです。

実は、戦時下で結婚や出産をする若者が増えるのは、珍しいことではありません。危機のなかではひとりでいるより、家族をつくり、万が一のときに支え合っていこうとする本能のようなものが働くのかもしれません。

イラクでは、夫婦になろうとするふたりが結婚式場に向かうとき、花や飾りで華やかにデコレートした車に乗ってパレードをします。たくさんの空き缶をロープで結びつけて、ガラガラと音を立てて街を練り歩くのです。

その様子を見る街の人々の目は温かく、『ああ、また一組の夫婦が増えたのか』と、しみじみとした喜びの表情でパレードを祝福するのです。

僕は、戦場のなかに、いつもの暮らしと変わらない日常があることに、とても驚きました。
そう、これが戦場の本当の姿なのです」

撮影/八木虎造
撮影/八木虎造

戦場の「日常」を撮る、そして伝える。それが使命だと気づいた

偶然のいたずらによって、イラク戦争をイラクの人たちに寄り添いながら見ることになった渡部さん。そのことは渡部さんにとって、人生を左右させるターニングポイントにつなげることになった。

「20代のころの僕は、誰よりも早く前線に向かい、衝撃的で刺激的な写真を撮ろうという野心に燃えていました。前線での激しい銃撃戦、市街戦、テロ現場での爆発のシーンなど、危険な場所に自ら出向いて、むごたらしい殺戮が行われている事実の証しとなる写真を撮ろうとしていました。

でも、イラク戦争の取材で、ある家族と出会ったことで、その考えが変わりました。

僕は戦場取材をするとき、必ず現地の人に通訳やガイドをお願いしているんですが、そのガイドと取材期間中の数カ月、一緒に生活を共にしているうち、イラク人の家族がお互いを支え合っているのがわかったんです。

子どもたちを守ろうとするお父さんとお母さん。そんな両親を大切に思う子どもたち。親子がやさしく寄り添い、戦時下の悲惨な環境のなかで、ささやかな日々のしあわせを大切にしていました。

そのやさしさは、家族に対してだけでなく、同じ境遇にある隣人や友人にも向けられていました。米軍の爆撃によって病院を失い、学校などを失った厳しい環境のなかで、生きていくうえで必要なものがあれば、対価を求めず、惜しみなく隣人や友人に分け与えていました。

そんな彼らの姿に感動し、リスペクトした僕は、単に戦場のすさまじさ、悲惨さを強調するだけでなく、戦時下に生きる人々の日常を伝える写真を撮ることこそが、自分の戦場カメラマンとしてのテーマなのではないか、と思うようになったんです」

戦時下であっても、人々の日常が隣合わせにあって、お互いがそれぞれ支え合って生きている。ふり返ってみればその特徴はイラクだけでなく、過去30年間で取材した世界各国の戦場に共通する特徴だという。

「これまで13回も訪れているウクライナでもそう、イスラエルのガザ地区でもそう、戦時下での何気ない、普通の日常がそこにありました。そんな、ある意味では逆説的にも聞こえる『日常』を伝えることが、僕の使命であることに気づいたのです」

撮影/八木虎造
撮影/八木虎造

※この記事は、かっこよく年を重ねたい人におくるWEBマガジン「キネヅカ」に公開された記事を加筆・修正したものです。是非、そちらの全長版も読んでください。

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編集者、ライター、インタビュアー

編集プロダクション方南ぐみを経て2009年にフリーに。1990年より30年間で1500を超える企業を取材。財界人、有名人、芸能人にも連載を通じて2000人強にインタビューしている。著書に『ビジネス界に脈々と伝わる先人の知恵 業界のセオリー』(徳間書店)、『人を集める技術!』(毎日新聞社)、『はじめての輪行』(洋泉社)などがある。また、出版社の依頼で賞金500万円の小説新人賞の選考事務局を起ちあげ、10年間運営した経験のもと、齋藤とみたか名義で『懸賞小説神髄』(洋泉社)を執筆。それをきっかけに、池袋コミュニティカレッジ「小説のコツ」の講師を2013~2023年の10年間つとめた。

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