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「昔、引きこもり。今、日本代表」自閉症・発達障害の代表選手がフットサルスクールで子どもに寄り添う理由

中村和彦

映画監督

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精神障害者のフットサルであるソーシャルフットボール日本代表の小林耕平(29)にとって、「フットサル」は特別なものだった。かつて、引きこもりで高校に行けなかった時の「社会との唯一の接点」。「それだけは行かな、マジで死んでしまうみたいな」

「そこで出会った人たちが真剣に向き合ってくれたから、今の自分がある」と語る小林は、自閉スペクトラム症など自らと同様の障害を持つ子どもたちを相手にフットサルスクールを開催している。会場から走り去ってしまったり、はなから参加できなかったり。そんな子どもたちに「居場所を提供したい」と、小林は全力で寄り添い続ける。その姿を見つめた。

■フットサルスクールで子どもたちの居場所作り 

「障害を持っている子どもの親御さんに言いたい。あなたのお子さんはたとえ障害を持っていても、幸せになる権利はあるんですよ、と。そのひとつが障害者サッカーだと思う。障害を抱えていてもボールが蹴れる。サッカーができる。自分の活動を通して少しでもそれを伝えたい」

こんな言葉をTwitterで発信していた小林耕平のもとに、ある福祉法人から「発達障害の子どもたちにフットサルスクールをやってくれませんか」との依頼が届いた。地元大阪から福岡へ向かった小林は、そこで「子どもが成長した姿がわからない」「余暇を与えてやりたい」「居場所がない」という親たちの言葉を聞く。

小林自身、自閉スペクトラム症をはじめいくつもの精神疾患の診断を受けていた。「子どもたちの居場所を作りたい」と考えた小林は、福岡でのスクールを皮切りにフットサルスクール「アンブレFC」を立ち上げ、大阪を中心に各地で活動を始めていく。

横浜でもクラウドファンディングで資金を集め、2021年11月末に開催。会場には両親に連れられた発達障害やダウン症の子どもたちが集まった。腰につけたビブスを取りあう尻尾取り、的あて、シュートなど、スクールは子どもたちが楽しく参加できるようなメニューで進んでいく。小林は、子どもたちが何をしても「ナイス!」と徹底的に誉めて、ハイタッチを繰り返す。ボールを蹴るメニューで手を使って投げてもOKだ。子どものすることは決して否定しない。

始まる前は緊張していたひより君も、楽しそうにボールを蹴る。ところが、突然感情を爆発させると、走って逃げだした。ほかの子どもがやったことが、彼なりの正義、こだわりからすると許せなかったのだ。小林はひより君を追い、抱きしめ、寄り添う。落ち着いたひより君は再びボールを蹴り始める。終わってみれば満面の笑みだ。

「彼らは会場に来るだけで負荷がかかっている。来るだけでもいい」と小林は言う。

■フットサルが社会への扉を開いてくれた

小林が「来るだけでも大変」と身に染みて感じるのは、自身にも長期間の引きこもり経験があるからだ。

中学ではいじめにあったり、黒板への板書の音、ほかの生徒がペンを走らせる音、給食を食べる音などがうるさく感じられたりして、学校に行かない日が多くなった。いじめた生徒にやり返して以来、いじめは止まったが、その後も学校にはサッカーだけをやりにいくような感じだった。

高校ではあるショッキングな出来事をきっかけに長期間登校できず、自宅でもトイレ以外は自分の半径1mから外に出ないような引きこもりの生活を続けた。

「このままでは、ホンマに何もできない自分になる」。こう感じた小林は、ネットでフットサルのユースチームを探し出し、足を運ぶようになる。「それだけは行かな、マジで死んでしまう」という思いだった。小林にとって、フットサルが社会との唯一の接点になった。

その後もうつ病で体調を崩すことが多かった小林は、「病状をよくしなあかん。情報がない。そういうコミュニティーに行こう」と考えるようになる。今度は精神障害者のフットサルチーム「やりまっせ大阪」を探し出し、加入した。精神障害者のフットサルは、ソーシャルフットボール(注1)と呼ばれている。精神疾患や精神障害のある人たちが、チームワークとコミュニケーションが求められるフットボールを通じて、社会参加・回復を目指すというものだ。うつ病や統合失調症などの選手たちも、まずは練習や試合会場に来ることが社会参加への一歩となる。

小林はその後、22歳でスペインに1カ月のフットサル留学、24歳でソーシャルフットボールの日本代表に選出された。翌2018年5月にはイタリアで開催されたワールドカップに出場。大会後はフィールドプレーヤーからゴレイロ(フットサルのゴールキーパー)に転向し、同年9月にはスペインで1年間プレーするため渡欧。体調を崩し2カ月で帰国したが、国内では健常者のチームでもプレーしている。フットサルを通じて、多くの経験を積んだ。

「そこで出会う人たちがよかった。そういう人たちが真剣に僕に向き合ってくれたから今の自分がある」。こう振り返る小林は、「自分だけよかったらいいのか」「何も還元せんというのは論外」という思いを抱き、子どもたちのフットサルスクールにつなげていく。

■自身にも障害があるからこそ、出来ることがある

うつ、自閉症スペクトラム症、境界知能、学習障害、PTSD。2019年、小林が26歳の時に受けた診断名である。この時、「ほっとした」と小林はいう。「自分ができひんのは、自分だけのせいやないんや」と。

空気が読めなかったり、コミュニケーションが一方的だったりと、自閉スペクトラム症に通じるものは以前より感じていた。計算が苦手で、例えば何分後に集合と言われても計算出来ず、何時何分を指すのかわからなかったりした。これが学習障害と診断されたおかげで「周りに説明しやすくなった」とも感じた。境界知能とは知的障害者と健常者の境で、IQでいえば70~85未満の者を指す。

こうした障害の当事者でもある小林は、特例子会社での就労、障害者の生活介護支援員を経て、現在は神戸市の就労継続支援A型事業所でPC作業に従事しながら、複数のフットサルスクールを開いている。そのうちのひとつには、障害児とその兄弟を含めた9人の子どもたちと親が集まってくる。

発達障害の子どもたちにもわかりやすいように、イラストで「しっぽとり」「まとあて」「まるになってパス」「しあい」といったプログラムを説明し、みんなでボールを蹴る。

ただ、自閉症のりょうま君は、プログラムにはほとんど参加できない。小林は無理に参加を促すことなく、ボールを投げさせては「ナイス、ナイス」と誉めあげ、「大丈夫、大丈夫」と、りょうま君に寄り添っていく。的にするカラーコーンをなぎ倒しても「全部倒せ、全部倒せ」と決して否定しない。りょうま君の母は「否定しないとか、抽象的な言い方でものをいわないとか、すごいわかってはるんで通いやすい」と小林に信頼を寄せる。

りょうま君がほかの子どもに平手打ちしてしまったこともあるが、それも「場があるからこそ」と小林はいう。何度か回数を重ねることで、りょうま君は家族としかできなかったキャッチボールを、小林ともするようになった。こうした姿を見て、両親も「コーチに対しても前ほど壁がないような感じ」で「警戒心がとれた」と感じている。りょうま君は当初、会場から出ていってしまうことも多かったが、それもなくなってきた。

「りょうまがおれへんかったら知らん事だらけ。いろんなことを見れるという視線を教えてもらってます」とりょうま君の母はいう。

人との関係性が得意ではない他の子どもたちも、「誰が来るの?休むの?」といろいろと気にして質問してくるようになったり、「みんなで一緒にスーパーに行きたい」というように「みんな」を意識するようになったりするなどの変化があったという。

「彼らはあそこに来ているだけでだいぶストレスあるから、あれでいいんですよ、ぶっちゃけ。別に俺、サッカーさせたいだけじゃないから。人の縁とか居場所とか、そういうことが目的でやっているスクールなんで」

小林は自らのプレーヤーとしての質を上げると同時に、これからも子どもたちのよき理解者として全力で寄り添っていくつもりだ。

(一部敬称略)

(注1)「ソーシャルフットボール」は、イタリア語のCalciosociale(カルチョソチアーレ)に由来する。Calciosocialeは、年齢・性別・人種・貧困・家庭環境・障害など、あらゆる違いを超えて社会連帯を目指すもので、その理念に敬意を表した日本ソーシャルフットボール協会が英訳して使っている。イタリアは精神科病院を解体し、地域精神保健センターによる在宅ケアへと舵を切った国である。

〈参考〉
NPO法人日本ソーシャルフットボール協会HP https://jsfa-official.jp/
一般社団法人日本障がい者サッカー連盟HP  https://www.jiff.football/

クレジット

撮影・編集・監督 中村和彦

プロデューサー 細村舞衣

撮影協力
特定非営利活動法人 日本ソーシャルフットボール協会
株式会社 ジルベルト
京都府フットサル連盟
YARIMASSE大阪
HAMBRE FC

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