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我が子との最初で最後の別れ 死産の赤ちゃんを包む「エンジェルドレス」制作の想い

中島昌彦ビデオグラファー

「抱っこしますか?」。助産師は、子供を産んだ母親にはまず、こう尋ねる。自身も母親であり、助産師として佐賀大学医学部付属病院(佐賀市)で働く渡辺直子さん(53)は、これまで数えきれない出産に立ち会い、母親たちに寄り添ってきた。そして、いくつもの救えなかった命にも向き合ってきた。死産した母親は自分を責め、「ごめんなさい」と涙を流し続ける。そんな場面に立ち会うたびに、渡辺さんは「赤ちゃんがここにいたことを大切に思ってほしい」と願い、母親に前に進んでもらうためにも「この赤ちゃんを母親に抱っこさせたい」と考えてきた。その気持ちが形になったのが、死産の赤ちゃんを包む「エンジェルドレス」だ。小さな衣装に込められた制作者の思いを聞いた。

●日本の死産の現状
厚生労働省によると、2021年に届けられた死産の数(妊娠満12 週以後の死児の出産数)は1万6277。新生児1000人に対して19.7人の割合だ。突然の死に母親はぼうぜんとなり、自分を責めてしまう。分娩を終え、助産師がいない場所でひっそりと泣く母親を、渡辺さんは何度も見てきた。

●母親と死産で生まれてきた子どもとの対面
助産師として20年以上現場に立ち続けている渡辺さんがこの仕事を始めた頃は、死産で生まれてきた赤ちゃんを膿盆(のうぼん)と呼ばれる銀色のトレーにのせ、母親に対面させていた。

渡辺さんの経験では、出産した母親はまず自分の子供を抱っこするのに対し、死産した母親はまず「ごめんなさい」と謝るという。「死産ってすごく悪く捉えられるんです。もちろん悲しいことだけど、赤ちゃんとお母さんが頑張ったことは事実」。だからこそ、母親には生まれてきた赤ちゃんをせめて抱っこさせてあげたいと願ってきた。

未熟な状態で生まれてきた赤ちゃんはとても繊細だ。タオルで包んでも母親は抱っこできず、赤ちゃんをただ「見る」ことしかできない。「ちゃんとお別れをしないと、お母さんも赤ちゃんもなかなか次に進めない」という渡辺さんは、出産を終えても次に進む手伝いをするところまでが助産師の仕事だと考えている。

●エンジェルドレスの開発
死産を体験した母親のグループが、2014年12月から佐賀市を拠点に死産の赤ちゃん向けの洋服をボランティアで制作している。母親自身のグリーフケアの一環で、洋服を作ることで自分たちも悲しみを乗り越え、同じ経験した母親の力に少しでもなりたいという思いからだ。

佐賀大学病院では、グループから提供された服を死産の子に着せている。渡辺さんは「とてもかわいいお洋服なんです」というが、赤ちゃんの状態によってはしっかり着せることができなかったり、そっと掛けることはできても抱っこをするのは難しかったりと、もどかしさを感じていた。そこで考えたのが、どんな赤ちゃんでも抱っこができる洋服を自分たちで開発するという構想だ。母親グループの活動は継続してもらいながら、洋服を通した母親へのケアがボランティアベースではなく、途切れずに継続できるようにする狙いがあった。

●母親の悲しみに少しでも寄り添いたい
渡辺さんがそのために声をかけたのが、熊本市で障害者向け衣服の開発に携わる山本智恵子さん(45)。看護師の経験を生かし、寝たままや車椅子に乗ったままでも着やすい服を作る「スペシャルニーズ縫製士」だ。これまで600点以上の服を、障害を持つ患者に提供してきた。渡辺さんは「同じ看護師としての心を持ち、障害者向けの洋服も作っていらっしゃるので、山本さんしかいないと思った」という。

渡辺さんは、かわいいと思える服、そしてなによりもどんな赤ちゃんでも抱っこができる服作りを山本さんに依頼した。だが、山本さんはそのオーダーに最初は少し戸惑いを覚えた。「死産で生まれてきた赤ちゃんの洋服と聞いて、縫い子さんが自分の子供と重ねてしまい、辛くなっていくのではないか」。死産用の服を作ることで変な噂が立つかもしれないとの心配もあった。ところが周りにこの話をしてみると、「実は私も死産を経験したことがある」と打ち明ける人が想像以上に多いことに驚いた。それが、母親にとって死産の経験は人に言えない悲しみであることを再確認するきっかけとなった。

「死産になったことで、お母さんは誰よりも自分のことを責めていると思うんですね。そういった時にお母さん自身がしてあげられることって何だろうって、きっと考えていると思うので、そこに何かしてあげられることの選択肢を準備できればいいかなって思うんです」

●「エンジェルドレス」の開発がスタート
どんな赤ちゃんでも抱っこできるようにするには、どうすればいいか。ゆりかごのような形にするのか、ベビーベッドのような感じがいいのか。山本さんは、まずは助産師から詳しく話を聞くことから開発を始めた。素材を生成りにしたり、ひもを自分たちで染めたりすることで、渡辺さんが求める「かわいさ」を追求した。衣服の中に柔らかい「背板」を入れることで、どんな赤ちゃんでも優しく包むことができる「エンジェルドレス」の試作品にたどり着いた。

●エンジェルドレスを通して 我が子との面会
佐賀大学病院で、試作品を初めて赤ちゃんに着せる機会が訪れた。赤ちゃんの顔や体を保湿して、エンジェルドレスを着せてみる。すると、本当に安らかに眠っているような感じに見えて、「これならば大丈夫」という感触が得られた。そして、母親との対面。その瞬間、母親は愛おしそうに子供を見つめ、「可愛くなったね」といいながら涙を流した。

エンジェルドレスは、佐賀大学病院で正式に採用された。すると、それまでひっそりと泣いていた母親たちに、変化が感じられるようになったという。「死産で生まれてきた赤ちゃんに対して、会った瞬間に『かわいい』と、ほんのりですけどほほ笑まれることが増えたと思います。そして自然に、母親の手が赤ちゃんの方にいって、そっと触る動作が増えた気がします」と渡辺さんは話す。

●一歩を踏み出すための支援
渡辺さんは、エンジェルドレスを着せることで、母親がひとりで背負っていた死産の悲しみを、家族で共有できるようになったのではないかという。赤ちゃんの兄弟になるはずだった子供たちが面会をしたときに、自然と赤ちゃんの顔をなでたりする場面が見られたからだ。渡辺さんは「旅立ちまでの短い時間ですが、赤ちゃんとお母さんを含めた御家族に穏やかな看取りの時間が流れるようになったと思います。家族がこうして一歩を踏み出すための支援をさせていただくところまでが看護だと思う。そこを目指せるようになりたい」と語る。

●もっと死産を社会で受け止める世の中に
エンジェルドレスを手掛ける山本さんのもとには、死産を経験した女性の家族から問い合わせが寄せられるようになった。ただ山本さんは、こうした要望に個別に応じるのではなく、全国の病院に当たり前にケアがあり、常に母親に寄り添える環境を整える必要があると考えている。「当事者のお母様であったり、ご兄弟であったり、その当事者のご家族からの注文は何件か来るんですが、それだけ当事者が悲しみに打ちひしがれているのだと思うんです。だからこそ、死産を取り扱う病院に常に準備されていることが大事だと思います」

山本さんはエンジェルドレスの制作にあたり、これまで2回クラウドファンディングを呼びかけた。1回目は全国の病院にエンジェルドレスを導入してもらうため。2回目はエンジェルドレスを知ってもらうための講演活動の資金を集めるためだ。

「このエンジェルドレスが、まずきっかけになることですね。そういった小さな命が、この世の光を見る前に亡くなってしまう命があるということをまず知ってもらい、そこにすごく悲しむ人間がいるんだということを、いろんな方に知っていただきたいですね。完全に悲しみが癒えてしまうわけでもないけれども、母親へのケアが、もっと当たり前になっていってほしいなと思います」

クレジット

監督・撮影・編集 中島 昌彦
プロデューサー  高橋 樹里
アドバイザー   庄 輝士 
記事監修     国分 高史 中原 望

ビデオグラファー

熊本県阿蘇市生まれ。カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 映画学部卒。テレビディレクターを経て、2016年よりビデオグラファーとして活動している。

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