ショートフィルム

マツタケ「高級志向」が生育減の一因か 日本の“秋の味覚”支える米国産、2つの危機

Nancy Dionne

ドキュメンタリー監督/フォトジャーナリスト

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 「全部、やられてしまった。もう生えてこないかもしれない」。米国西海岸の山林で毎年のように起きる山火事が、日本の“秋の味覚”のひとつを脅かしている。マツタケだ。日本国内の消費量の9割は輸入されている。米国西海岸・オレゴン州ではマツタケが“発見”された90年代以降、毎年秋に数百トンを日本向けに輸出。高価で売れることから、現地は当時から「白いゴールドラッシュ」とも呼べるマツタケブームに沸いた。しかし近年、西海岸で毎年のように起きる山火事で多くのマツタケの群生地が失われ、一部の採取者たちが危機感を訴えている。各地で続く森林破壊を受け、今年7月にはマツタケが絶滅危惧種に加えられた。さらに専門家は、日本で好まれる高級なマツタケの採取が、「持続可能な収穫方法」ではないとも指摘している。どういうことなのか。危機に見舞われるオレゴン州のマツタケ群生地を取材した。

■「日本で不幸があったから産業を持てた」オレゴンでマツタケ収穫が始まった理由

 「今日の打率はゼロかしら」。取材を始めた2017年秋、同行を特別に許可してくれたオレゴン州在住のデビー・ハリス(66)と夫ロイ(68)が、山林の中でマツタケを探し歩きながらそうつぶやいた。ハリス夫妻はマツタケなどのきのこの採取や、ジャムづくりをして暮らしている。オレゴン産マツタケは真っ白で身が締まり、深い香りを持つことから、「世界一」とされる京都・丹波地方産に次ぐ品質といわれる。ただ、その歴史は決して長くはない。デビーは「日本の(マツタケに)不幸があったからこそ、私たちはここに産業を持てた」と説明する。どういうことなのか。2人の話からオレゴン産マツタケの歴史を紐解きたい。
 話は40年以上前にさかのぼる。マツ科樹木に感染する「マツ材線虫病」が日本国内で拡大し、マツタケの「菌糸体」の生長と生存を促す比較的樹齢の高い松までもが相次いで枯死した。当時、森林管理が不十分だったこともあり、マツタケの収穫不足が危惧されたという。そこで専門家らが集結し、秋にマツタケが採取できそうな環境のある松林を世界中から探し始めた。そうして90年代に発見されたのが、米国のマツタケ生育の中心地・オレゴン州の太平洋岸に広がるロッジポールマツの山林だったという。
 ハリス夫妻は日本からやって来た一行に「収穫者」となる手ほどきを受けた「最初のアメリカ人」だと話す。マツタケを見つけるコツや、適切に摘み取って箱詰めし、出荷する方法を教わり、2人はマツタケのピッカーやバイヤーとしても働き始めた。以来、多くのオレゴン産マツタケが日本に輸出されている。さまざまな経路が存在すると考えられるため総量は不明だが、数百トンに上るとみられている。
 それまでデビーはウエイトレス、ロイは木こりとして働いていた。以前デビーは時給2ドル程度だったが、マツタケの収穫では1日2000ドル稼ぐこともあったという。「当初は道路わきがマツタケで真っ白になるほど豊富にあった」と思い返す。

■「白いゴールドラッシュ」に沸いたオレゴン 縄張り争いも

 収穫に適しているのは毎年9、10月ごろの約2カ月間だ。ハリス夫妻によると、採取者たちは幹線道路沿いのキャンプを張り、一定期間滞在してそれぞれの「秘密の場所」でマツタケの収集にあたる。
 マツタケは品質によって格付けされており、傘が開いておらず、傘の下部にある膜に穴が開いていな状態のものは良質とされ、グレード1に分類される。傘が開いて膜の半分程度に穴が開くとグレード2となり、さらに傘が開いていくにつれグレードは下がる。日本の市場で好まれるのは、グレード1や2の「高級」マツタケだ。
 集めたマツタケはその日ごとに買い取り所を回り、等級ごとに分けて売りさばく。当初から、カンボジアやラオス、ベトナム、中国の出身者が採取に集まっており、それぞれのグループはキャンプで「食事エリア」を飾り立て、「お国料理」を作っていたという。他方で群生地の「縄張り争い」が多かったとも伝えられている。
 この「白いゴールドラッシュ」が、いつまでも続いたわけではない。90年代後半に中国南西部の雲南省の山間部で見つかったマツタケが市場になだれ込み、価格が「キロあたり1000ドルから一気に2ドルまで暴落した」という。ロイはこの時に採取者たちがマツタケを道路わきに山積みに捨てていく様子を見たと言い、デビーは「涙が止まらなかった。恐ろしい日だった」と振り返る。現在マツタケは、中国をはじめブータンやカナダなどでも採取されるようになった。ただオレゴン産のマツタケはグレードが高く、デビーによれば近年はキロあたり40ドル前後という。2019年も日本向けの輸出量は数百トンを維持している。
 ただ、2019年の収穫量は「例外的な豊作だった」との見方もある。オレゴン産のマツタケはここ数年、新たな危機に見舞われつつあるからだ。

■栽培方法のないマツタケ オレゴンの群生地を襲う危機

 その危機とは、山火事の頻発だ。オレゴンやカリフォルニアなど西海岸沿いの各州では、記録的な高温などにより毎年のように山火事が発生し、多くの山林が失われている。2020年もすでにカリフォルニア州では東京都2個分に匹敵する面積の森林が山火事で焼失したと報じられている。
 オレゴン州のマツタケ群生地も、山火事と無関係ではない。2017年8月には樹齢70年を超えるロッジポールマツも生息していたオレゴン州の山林、451,863エーカー(およそ1830平方キロメートル)が焼け、多くのマツタケ群生地が失われた。連邦法では原生地域では消火活動ができず、米国森林局は民家などへの被害が出るまで山火事には対処しないという。デビーは「完全にやられてしまった。これからずっと(同じ状態)かもしれない。火事や過度の伐採の後、マツタケはもう生えてこなくなる傾向があるからね」と話す。
 実際、マツタケは人の手で栽培できないと考えられている。有機キノコの栽培・流通・マーケティングを手がけるFar West Fungi社の農業部門マネージャーで、菌類学者でもあるカイル・ガローネは、「日本の研究機関が巨額を投じてマツタケ栽培の実現に取り組んできたが、成功にはほど遠い」と説明する。松の成木とマツタケの特異な関係は、現在も謎が多いという。
 カイルによると、地中に張り巡らされた「菌糸体」のネットワークは、水分やミネラルを吸収して樹木に与え、その見返りに樹木は、菌糸体の成長やキノコの発生を助ける。樹木の下に構築された菌糸体は、住宅1軒分に匹敵する大きさに成長する可能性があり、地面を通過する人間や動物の足どりも察知するという。松とマツタケが均等に助け合い、「ネットワーク全体で生きている」のだという。
 しかし止まらない森林破壊などの影響を受け、IUCN(国際自然保護連合)は今年7月に公表した「レッドリスト」で、絶滅危惧種の中でひっ迫度が3番目に深刻な段階にマツタケを追加した。生育量が過去50年で3割以上減少したとしている。

■もう一つの危機 日本の「高級志向」が生育減の遠因?

 山火事などの他にも、マツタケの生育量の減少に拍車をかけているとみられる事情がある。日本の市場で好まれる、グレード1などの「高級」なマツタケが採取されることによる影響だ。カイルは「グレード1は傘が開いていないので、まだ胞子を放出できなかったことを意味します。繁殖できていない状態です」と指摘する。グレード1の状態で収穫することは、マツタケの持続可能な繁殖に悪影響を与える可能性がある。カイルは「グレード2や3を収穫するほうが、より持続可能な収穫方法でしょう」とし、胞子を飛散させた後のマツタケ収穫を提言している。傘が開いている状態のため、見た目ではグレードの1に劣るものの、カイルは「キノコも年を重ねると味が濃くなる。見た目が重視されているのは残念」と話す。西海岸のカリフォルニア州・サンフランシスコでは、グレード3や4の方がより強い香りがすることや種の維持につながることを強調する飲食店も出始めているという。
 マツタケの採取を巡って米国では、▽特定の道具を採取に使用してはいけない▽一定以上の長さのものしか採取できない▽許可証を購入しないと採取できない――など、地域ごとにマツタケ保全のためのルールが定められている。ハリス夫妻はマツタケの生息地を守るため、地域ごとの正しい採取法の普及に取り組み、原生地域の管理に関する法律の変更を訴えている。
 デビーは今、危機感を強めている。「私たちの森は、守る価値がある。マツタケと松は一緒でないと生きていけない。もしマツタケを失えば、松に何が起きるか。私たちが失うものは、計り知れない」と。環境保全への動きが熱を帯びる今、どんな行動を取るのかという私たちの選択が、かつてないほど重要性を持ってきている。

クレジット

Original title: "The Future is Rotten"
Director: Nancy Dionne

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