タイトル画像

【寝屋川市】香里園の歴史と変遷。京阪本線連続立体交差事業に伴いJA香里支店新店舗の建設工事進む。

neyamon

地域ニュースサイト号外NETライター(寝屋川市)

QRコード

スマホ版Yahoo! JAPANのフォローで最新情報をチェックしてみよう

香里園の周辺が開かれたのは、応神・仁徳天皇の頃と言われており、友呂岐神社には応神天皇が祭られています。

友呂岐神社
友呂岐神社

このように古い歴史を持つ「香里園」という地名の由来は、明治43年に第1回菊人形が開催される会場の名前を決める際に、香櫨園(こうろえん)を真似し、当時、友呂岐村大字郡(こおり)であったことから「香里園」にしようということで決まったと言われています。この菊人形会場は、大正元年にひらかたパークに場所を変更、皆さんもご存知の通り、ひらかたパークでの菊人形も平成17年に終了しています。

成田山大阪別院明王院(大阪成田山不動尊)
成田山大阪別院明王院(大阪成田山不動尊)

また千葉県成田山新勝寺の別院が開かれるに当たっては、古くより大阪方面から「鬼門」に当たるという事で開発の遅れていた香里の地が選定されました。
京都の鬼門に当たる比叡山に延暦寺があるように、大阪の表鬼門であり京都の裏鬼門となる香里の地に、守護神として霊験あらたかなる成田山の不動明王をお祀りする事で、この地の発展も祈念する事になったそうです。

そして、昭和9年(1934年)京阪電気鉄道株式会社から広大な境内地と堂宇が寄進され、成田山大阪別院明王院(大阪成田山不動尊)が誕生したそうです。

香里園駅前
香里園駅前

このような由来の中で、現在、京阪本線やその鉄道と併走する府道八尾枚方線を境にそれぞれ特色のある市街地が形成されています。

香里園駅周辺の踏切は開かずの踏切と言われ、長年にわたり、立体交差の必要性が検討されてきましたが、立ち退きや移転の調整に時間を要し、ここに来てようやく立体交差事業に向けての動きが目に見えてきたと言えます。

連続立体交差事業により、踏切を一斉に撤去し、事故や慢性的な渋滞を無くし、高架化を進めます。

香里園駅前のシンボル的な建物だったJA香里支店もいよいよ移転先の新店舗の建設が始まっています。実は寝屋川市の高架事業課もこのJA香里支店ビルの中にあります。

これが移転先のJA香里支店の新店舗の建設現場です。

建設現場から香里園駅方向をみるとこんな感じです。

少しずつ駅周辺の建物が、解体され、更地になっています。
同時に、日に日にJA香里支店の新店舗の建物の建設が進んでいますね。

こうして目の前を電車が通り過ぎる風景もやがて過去の景色となっていくのですね。

シェア

いいね

コンテンツへの感想