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恐怖は 見えないことから始まる。しかし、見てしまったら 戻れなくなる。落合正幸 映画監督/脚本家

落合正幸映像作家

恐怖の図鑑「見えない恐怖と見てしまう恐怖」

「人が怖いと感じるのは、どのようなことなのか。どのような状況に陥った時、人は怖いと感じるのか。恐怖心とは、何に対して湧き出る感情なのか」
『奇妙な出来事』、『世にも奇妙な物語』に始まり、『パラサイト・イヴ(1997 年)』、『催眠(1999 年)』など、ホラーに分類される映画を何本か撮らせて頂きましたが、その際、必ず、上記のような自己問答が付いて回ります。
固唾(かたず)を飲んで、スクリーンに目を貼り付ける観客の姿を想い描きながら恐怖場面を想定し、スタッフと共に試行錯誤の準備を進めます。劇場に悲鳴が上がれば、それは最高の瞬間と言えます。しかし、容易ではありません。成功した例もありましたが、恐怖を待ち構えていた客を失望させてしまった、申し訳ない失敗も多くありました。
もし、「怖い」の正体を把握する事が出来たなら、完璧な恐怖映画を造ることができるでしょう。そして、映画館には、「怖い」を求める観客の行列が出来るでしょう。それは、恐怖映画の監督としての夢です。

ここでは、そんな「怖い」の正体に近づきたいとの想いから、怪異小説や恐怖局面を例に、文芸評論家・東雅夫さんと共に、探ってみたいと思います。東さんは、怪談の蒐集、編集を長年なさって来られた、数多くの「怖い」に精通した方。貴重な恐怖の解読をして下さりました。
初回は、初歩的な恐怖局面を例に、「怖い」の心理をまとめてみました。
「見えないと怖い」でも、「見てしまうのも怖い」。人は目の動物ですから、目視によって、生じた不安を解消しようとします。例えば、暗い部屋の電気をつけて室内を確認する。背後で不気味な音がすれば、即座に振り返って見る。でも、目視のタイミングを逸してしまうと、見ること自体が恐怖となる。例えば、背後から近づく人影、あなたを追い越す影を見ると、頭から角が突き出ていた。振り返って確認することのハードルは高くなり、あなたは目視を諦め、走って逃げるでしょう。しかし、それで、あなたは逃げおおせたでしょうか。見なかったことが負の妄想を膨ませ、あなたの脳は幻影を作り上げる。寝室に、角の生えた怪物が立つかもしれません。
「人は、何を最も恐れるのか」、それを、東雅夫さんは、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の言葉をあげて解説してくれました。
「見ただけ、聴いただけなら、それは、幻覚、幻聴かもしれないと、自身に言い聞かすことができる。しかし、もし、それ・・に触れられてしまったら、人の常識は覆り、途方もない恐怖を感じる」。つまり、自身で築いて来た自分までもが崩壊してしまう、という事です。「見てしまうのも恐怖」に留まらず、次の次元の恐怖が待ち構えている。だから、超常的なものに接した時、それを確かめたい衝動に駆られても、決して確かめてはいけないのです。
それにしても、人は、これほど恐いことを厭いながら、何故、お金を払ってまで怪談や
ホラー映画を読んだり観たりしたがるのでしょうか。その不思議な心理にも触れています。

映像作家

日常に潜む不安を扱った、『世にも奇妙な物語』など、テレビ・映画で、恐怖を追求する作品を多く演出。アメリカ映画、『シャッター』を監督した折、固有の文化と歴史による恐怖感覚の違いを実感する。

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